★飛び込み記事です★
■五ノ膳
■猪の生ハム、鹿・熊・猪のパテ、猪の頬と脛の煮凝り、荏胡麻(えごま)のソース
おぉう、熟成した生ハムを見慣れた目には、赤の違いがわかります。これは人に管理された色ではありません(ニッコリ)。
されど、どれもが、ハムやパテの香りをたてて、誘惑します(笑)。
写真中央にあるのが、猪の生ハム、腿とバラです。
左手が、鹿・熊・猪のパテです。
右手が、猪の煮凝りです。野生肉由来の煮凝りを、はじめて私は見ました!
写真手前が、荏胡麻のソースです。
私が食した順番は、生ハム→パテ→煮凝り→パテ(笑)、でした。
どれも野趣はあれど、丁寧に仕事をすれば、こんなに豊かな旨さとコクを引き出せるのかと、驚かされました。
食した順番通りに、写真があるわけではありませんが(笑)、なるべく、跡をたどってみます。
■右手:猪の生ハム・腿肉、熟成
(左はパテです)
きめ細かい筋肉の大きさを意識する生ハムでした。
肉質が甘い! 脂が香る!
これは無花果を食べていた時期の猪とのこと。
以前に、山口で、栗を食べている時期の猪は最高級だと聞いた話を、私がすると、里で雑食になると食べられなくなりますと、奥さまに教わりました。
■右手:猪の生ハム・バラ肉、熟成
(左は生ハム・腿の一部)
脂に力が加わり、腿とは違う魅力がありました。ここに、ほんのり熱をかけてみたら…と、妄想がムクムクする(笑)風味でした。
■左手:鹿・熊・猪のパテ
それぞれのお肉をひいて、実山椒、鮎の魚醤等と、パテにしているときき、ドキドキしました。
これが! 圧巻のパテでした。食感は繊維を感じさせながら、ほぐれていきます。山椒の深さが最初に、ついで醤のコクが、さらに鉄の味がきて、咀嚼するなかで、肉のパテだと、くっきり見えてきました。
どの生き物も、おろそかに扱われず、丁寧に肉に変えられていったからこそ、このパテは出来たのだと、信じました。
生き物の匂いが、食べ物の匂いに息づく調理は、素晴らしい!
パテは私の気に入りの調理法で、仕事の正しさ、知識の深さ、集中力が見える方法と思っています。
この日のパテは、今まで出会わなかった、新しい学びでした。
■右手:猪の頬と脛の煮凝り、柚皮と
煮凝りといえば、魚の煮汁が、冬の朝に固まる風景として、ちびの頃から、馴染みがありました(ニッコリ)。
鰈、河豚、穴子、鯨、鮟鱇(茨城)、うつぼ(土佐)、えい(北海道)、すっぽん…郷土料理として、様々にあることが、魚喰い日本(笑)を意識させたものです。
それに比べて、お肉の煮凝りは意識的に、料理として知ったように思います。小籠包に詰めるジュレや、九州や沖縄の豚足料理のふるふる。ゼラチンを溶いてブイヨンやコンソメを固めるアスピック、等です。
食べてみなくては!
猪の頬と脛と紹介にありました。パクっ、ムチューウと歯が肉に食い込み、とろんっとゼラチン質が口に拡がりました。咀嚼しているうちに、噛むことで肉を食する煮凝りという、新しいジャンルについて、考えが拡がりました。
頭の中で、ページをめくります(笑)。
猪は皮や骨回りからゼラチン質がよく上がると、中華のテキストにでていました(笑)。猪の頬肉はもっとも美味しい部位と、京都府の猟師の方の書籍にありました。その知恵の組み合わせが、ここに形を為しているのではないかと、思いました。
鹿、熊、猪。山と里に別れて暮らしていければ、たまに里山で出会うだけの生き物であったはずでした。貴重な恵みになった時代もあったことでしょう。
里どころか街に現れて、雑食を覚えて、人を襲って、害獣と呼ばれてしまう時代になって……彼らに意味がわかっているのだろうか、と、チクリっと胸を射す気持ちもあります。
ですが、私は知っています。ここに在るものは人が狩った命であることを。
食材として出会ったものは、全うすべきです(ニッコリ)。
野菜も、魚も、肉も。私達が生きるなかで、その命をいただいていることを感謝するのです。
二つの食の選手権に参加しています。一日一回、クリック応援していただくと、更新の励みになります。ありがとうございます。
グルメブログ 今日食べたものへ">
■五ノ膳
■猪の生ハム、鹿・熊・猪のパテ、猪の頬と脛の煮凝り、荏胡麻(えごま)のソース
おぉう、熟成した生ハムを見慣れた目には、赤の違いがわかります。これは人に管理された色ではありません(ニッコリ)。
されど、どれもが、ハムやパテの香りをたてて、誘惑します(笑)。
写真中央にあるのが、猪の生ハム、腿とバラです。
左手が、鹿・熊・猪のパテです。
右手が、猪の煮凝りです。野生肉由来の煮凝りを、はじめて私は見ました!
写真手前が、荏胡麻のソースです。
私が食した順番は、生ハム→パテ→煮凝り→パテ(笑)、でした。
どれも野趣はあれど、丁寧に仕事をすれば、こんなに豊かな旨さとコクを引き出せるのかと、驚かされました。
食した順番通りに、写真があるわけではありませんが(笑)、なるべく、跡をたどってみます。
■右手:猪の生ハム・腿肉、熟成
(左はパテです)
きめ細かい筋肉の大きさを意識する生ハムでした。
肉質が甘い! 脂が香る!
これは無花果を食べていた時期の猪とのこと。
以前に、山口で、栗を食べている時期の猪は最高級だと聞いた話を、私がすると、里で雑食になると食べられなくなりますと、奥さまに教わりました。
■右手:猪の生ハム・バラ肉、熟成
(左は生ハム・腿の一部)
脂に力が加わり、腿とは違う魅力がありました。ここに、ほんのり熱をかけてみたら…と、妄想がムクムクする(笑)風味でした。
■左手:鹿・熊・猪のパテ
それぞれのお肉をひいて、実山椒、鮎の魚醤等と、パテにしているときき、ドキドキしました。
これが! 圧巻のパテでした。食感は繊維を感じさせながら、ほぐれていきます。山椒の深さが最初に、ついで醤のコクが、さらに鉄の味がきて、咀嚼するなかで、肉のパテだと、くっきり見えてきました。
どの生き物も、おろそかに扱われず、丁寧に肉に変えられていったからこそ、このパテは出来たのだと、信じました。
生き物の匂いが、食べ物の匂いに息づく調理は、素晴らしい!
パテは私の気に入りの調理法で、仕事の正しさ、知識の深さ、集中力が見える方法と思っています。
この日のパテは、今まで出会わなかった、新しい学びでした。
■右手:猪の頬と脛の煮凝り、柚皮と
煮凝りといえば、魚の煮汁が、冬の朝に固まる風景として、ちびの頃から、馴染みがありました(ニッコリ)。
鰈、河豚、穴子、鯨、鮟鱇(茨城)、うつぼ(土佐)、えい(北海道)、すっぽん…郷土料理として、様々にあることが、魚喰い日本(笑)を意識させたものです。
それに比べて、お肉の煮凝りは意識的に、料理として知ったように思います。小籠包に詰めるジュレや、九州や沖縄の豚足料理のふるふる。ゼラチンを溶いてブイヨンやコンソメを固めるアスピック、等です。
食べてみなくては!
猪の頬と脛と紹介にありました。パクっ、ムチューウと歯が肉に食い込み、とろんっとゼラチン質が口に拡がりました。咀嚼しているうちに、噛むことで肉を食する煮凝りという、新しいジャンルについて、考えが拡がりました。
頭の中で、ページをめくります(笑)。
猪は皮や骨回りからゼラチン質がよく上がると、中華のテキストにでていました(笑)。猪の頬肉はもっとも美味しい部位と、京都府の猟師の方の書籍にありました。その知恵の組み合わせが、ここに形を為しているのではないかと、思いました。
鹿、熊、猪。山と里に別れて暮らしていければ、たまに里山で出会うだけの生き物であったはずでした。貴重な恵みになった時代もあったことでしょう。
里どころか街に現れて、雑食を覚えて、人を襲って、害獣と呼ばれてしまう時代になって……彼らに意味がわかっているのだろうか、と、チクリっと胸を射す気持ちもあります。
ですが、私は知っています。ここに在るものは人が狩った命であることを。
食材として出会ったものは、全うすべきです(ニッコリ)。
野菜も、魚も、肉も。私達が生きるなかで、その命をいただいていることを感謝するのです。
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