串カツ子の旅日記

美しい国、日本。まだまだ見たい所がいっぱい。
温泉、宿屋、食べ物、紅葉、桜、街並み・・・興味の対象は尽きません。

隠岐への旅-11(国賀荘)

2015年07月29日 | 宿-中国・四国

元は町営の国民宿舎だったらしいが、今は民間経営に変わっている国賀荘。

同じ写真だわ。

この玄関やフロントは2階にあたる。 

部屋は3階の6畳間で広縁はない。

狭い感じはいなめないが、大きな窓の下に物を置けるスペースがあり使いやすい。

窓からは海が見えるが、反対側の部屋からの眺めの方がよいかもしれない。

空の冷蔵庫、電気ポット、テレビ・・・狭い部屋だけど、コンパクトにまとめられ使いやすい。

部屋の入り口を入った所にユニットバス&ウォシュレットのトイレ。

古い建物でエレベーターはなく、階段使用が多いのは辛い。

風呂は1階なので、部屋からは2階分上り下りしなくちゃいけない。

しかし、この風呂、温泉ではないが、何か凄く気に入ってしまって、何度か階段上り下りして風呂へ行った。

湯の浴感は、真水を沸かしたものと何か違い柔らかい感じがする。

聞けば麦飯石を入れていると言われた。

湯船から湯があふれ出し、循環してないように思えた。

カランは5ケ所有り、リンスインシャンプー、ボディシャンプー、それに真新しい石鹸が置かれていた。

風呂は23:00まで、朝は5:30~。

久しぶりな宴会スタイルの夕食。

盛りだくさんの料理が所狭しと並んでいた。

ほとんど一気出しで、お吸い物とお餅のみ熱々が運ばれた。

料理長からの差し入れで鯛の刺身がふるまわれた。

 

 

この量でも持て余す刺身なのに、この上に鯛の刺身が・・・。

岩ガキも出て、好きな人にはたまらないだろうが、苦手な私は食べられない。

朝食はいたってシンプル。

アラメの煮物、金時豆の煮もの、これはおいしいと思った。

食事は精一杯のもてなしをしてもらっていると思うが、そう魚好きではない私、おいしい!と思うものは少なかった。

夜の冷水はなく、自販機でお茶を買うが普通160円ぐらいで売られているのが200円と割高。

土産物コーナーに赤ハゲ山の土で染めたスカーフが売られていて、薄いべんがら色でとても良かった。

買おうか迷ったが5000円近いので、これは諦めたが、今思えば買って帰れば良かった。

素朴な感じの経営者、スタッフ・・・ほのぼのとした気持ちにさせてくれる宿で、隠岐に来る事があれば、もう一度泊まってみたい宿だった。

 

 


隠岐への旅-10(国賀海岸)

2015年07月28日 | 旅-中国・四国

 隠岐を続けます。

ホテル知夫里の里での昼食を終え、来居港へ。

隠岐一番のハイライト国賀海岸をチャーター船でクルーズ

 まずは上から眺めた赤壁を海から眺めます。

 

 

 

 以上5枚は赤壁。

 クルーズ船は知夫里島を後にし、国賀海岸のある西ノ島へ。

乗り合いの 国賀めぐり観光船とすれ違い。

 こちらは私達のチャーター船。

すれ違った観光船より船体の幅が狭いのです。

この幅は重大な意味を持ちます。

旗を持っているのは、添乗員の植波さん。

休暇村蒜山高原のスタッフですが、何度もこのツアーに添乗されているのでしょう、実に手際よい案内で快適な旅を楽しめました。

 

 明暗(あけくれ)の岩屋が見えて来て、今日は波も荒くなく、船の幅も狭いので、この明暗の岩屋に入れるようです。

 入りました。

 船体の幅ぎりぎりの岩屋、あの観光船の大きさでは、ここへ入るのは無理との事。

それでもゴツンゴツンとアチコチに当たりながら船はゆっくり進んで行きます。

ここに入れない事も多いので、今日は非常にラッキ~だったと、添乗員さんも嬉しそう。

 出て来ました。

 

 

 

 

 次から次へと色の違う地層、洞窟、断崖が現れ、目を楽しませてくれます。

 一番高い摩天崖にさしかかりました。

 通天橋ですが、今は下をくぐる事は出来ないようです。

 

 

 

船を下りて赤尾展望所から通天橋を眺めます。

この通天橋をバックに写真を撮る撮影スポット。

 

 上3枚赤尾展望所。

 珍しい白い岩礁を眺めながら、国賀海岸とはお別れ。

 船引運河を通り別府港で下船。

約3時間のクルーズ、楽しませてくれた船長さん、有難う。

 隠岐に配流された後醍醐天皇が隠岐を脱出するまでの1年余りを過ごした行在所と伝えられている黒木御所跡

 

はぁ、今日も長い1日でした。

18:00前、宿の送迎車で今宵の宿、国賀荘に到着。


誕生

2015年07月27日 | 非分類

27日18:30頃、庭の一画でセミががんばっています。

 

 

ゴメン!フラッシュたいちゃって。

羽根の色、なんともいえない美しさ。

短い命、輝かせて!


湯元館の風呂

2015年07月27日 | 宿-東海

 風呂は24時間入浴可能

男女別に内湯と露天があり、時間によって男女入れ替わる事はない。

広過ぎない館内はきれいで、移動も楽。

突き当り右手が女性用、左手男性用の浴室。

浴室への入り口。

ドライヤーは部屋にはなくて、この洗面所にしかない。

湯上り後のアメニティは要らないと思う程並んでいたが、化粧落としやクレンジングがない。

無料のマッサージ機。

床、湯船の石は・・・?

よく出来たタイルでした。

開け放した露天風呂への戸口からアブが侵入。

高所なのでアブはいないだろうと思っていたが、アブの数は少ないもののやはりいた。

 源泉は、濁河温泉の町営泉源で、この時期は加水されているかもしれないが源泉掛け流し

かすかな硫黄臭と鉄臭がし、つるつる感ありの良い湯です。

ちょっと熱いかな?と、思うぐらいの温度。

アメニティはこれだけ。

シャンプー後、髪がごわごわすると思ったら、リンスインシャンプーではなかった。

コンディショナーを持参しなくちゃいけない。

 

同じ源泉なのに、露天風呂の方は笹濁り色をしている。

内湯よりは湯温が低く、長湯してられる。

 秋には紅葉露天が楽しめるのだろうか?

高地なので、トウヒなどの針葉樹が多いこの辺り、果たして紅葉は?

露天の湯船は鉄平石との事。

どんどこ入る湯は・・・。

惜しげもなく流れ出て行く。

こちらは男性用内湯で、造りは女性用と同じ。

  •  源泉名:濁河温泉町営泉源
  • 温度:52.8度 湧出量:600L/M  成分総計:2527.6mg/Kg  泉質:Na・Ca・Mg-硫酸塩・炭酸水素塩泉
  • Na=329.5  Mg=75.4  Ca=156.4  Cl=153.6  SO4=635.2  HCO3=738.3


男性用の露天風呂の向うは2階の客室。

仁王立ちでもしようものなら、廊下から上半身は丸見え。

廊下の窓を網戸にし、部屋の戸を開けておくと、上品な硫黄臭が部屋に漂ってきた。

 

 男性用化粧品もさまざま置かれていた。

宿泊料金は@12420(税込)+150(入湯税)で12500円程とリーズナブル。

食事はおいしく、温泉もよく、部屋や館内もきれいで申し分ない宿だった。

欲を言えば、夜の冷水が用意されてないし、コンディショナーも置いて欲しい。

朝食時に布団をあげに来られるので、要注意。

そして、車にはうっすら火山灰が被っていた

こう暑い毎日が続いていると、すぐにでも行きたくなる衝動にかられて困ってしまう宿でした。

 


湯元館の食事

2015年07月26日 | 宿-東海

湯元館の風呂も良いが、おいしかった食事から。

調理は女将さんが作っておられるが、その繊細な仕上がりと上手な味付けに大満足。

夕食は18:00と18:30から選べる。

昼の鰻で満腹だったので、いつもより少し遅らせ18:30~。

2階の広間が食事場所。

衝立で仕切られ、足は下ろせない畳なので私には少々辛い。

お品書きはない。

お嬢さんが運んで来て、簡単に料理の説明をされる。

前菜は鴨ロース、筍湯葉巻の揚げ物、ぜんまいの煮つけ、イカの酢の物、それに小芋。

どれも味が良くておいしい。

 

分厚いお肉、私はよく焼くので少々固くなってしまった。

煮物も薄味でおいしい。

刺身は甘エビ、イカ、それに牛たたき。

大根のケンは、せん切りではなく5ミリほどの輪切りで、みずみずしくてこれもいいなぁ。

よもぎうどん

岩魚の塩焼き。

内臓はきれいに掃除され、身はふっくらで身離れ良く、あまり好きではない私でも、これはおいしい。

夏野菜の天ぷら。

具たくさんの茶わん蒸しも薄味で、宿で食べた茶わん蒸しの中でも一番おいしいのでは・・・と、思った。

デザートの抹茶ババロアも丁度良い甘味でおいしいと思った。



朝食は7:30、8:00~で、いつも一番早い時間に頂く。

ナスの揚げ浸し、抜群。モロッコ豆の味噌和えもしつこくなくおいしい。

鮎の一夜干しは、ほんのり甘いみりん干し。

棒葉味噌は2人前。

味噌が塩辛くなくて、ご飯がすすむ。

出し巻と卵焼きの中間かな?おいしくてパクパク頂く。

残念ながら食後のコーヒーはない。

料理は実においしかった。

私でも同じようなモノは作れるが、残念ながらこんなに見栄え良く、おいしく出来ない。

料理もセンスと持って生まれた天性に拠るものだと痛感。

季節を変えて又食べに行きたい。

 


濁河温泉 湯元館

2015年07月26日 | 宿-東海

暑い毎日が続いています。

隠岐はちょっと休憩して、避暑にもってこいかもしれない濁河温泉湯元館を。

7月24日、下呂温泉側から濁河温泉へアクセスするので、下呂温泉で蕎麦の昼食をと考えていた。

しかし、蕎麦屋の開店まで30分も待たなくてはいけない。

待てない大阪人、途中で駐車場に車が何台も停まっている和食店発見。

そうだった!今日は土用の丑の日

迷わず車を駐車場へ入れ店内へ。

うな重@3100を注文。

二段重の下段にはたっぷりのご飯。たっぷり過ぎて持て余したが。

上段には一匹半の鰻。

ランチという事で海鮮サラダも付き、肝吸いもいい味をしていた。

鰻、そう好きではないので、土用の丑でなかったら、きっと食べてはいないと思う。

下呂温泉側からのアクセスは厳しい。

狭いクネクネ道が延々と続き、「よく酔わなかったね」と、宿の人に言われるぐらいの山道だった。

以前にも一度走ってるハズなのに、覚えていなかった。

宿は温泉街の最奥に位置し、少し行くと御嶽山の飛騨側の登山口がある。

翌朝、宿越しに御嶽山の一部が見えた。

フロントとロビーは2階。

左手に2階の部屋が4部屋、フロントから右へ曲がると風呂と食堂。

2階の客室なら階段は全く使用しないので移動は楽ちん。

この奥に部屋が4室。

1階にも同じような部屋が4室、3階は5部屋かな。

10畳間の部屋で、入り口を入ると右手にウォシュレットのトイレと洗面所がある。

 

使いやすくまとめられ、テレビはBSも受信可能。

広縁の奥に空の冷蔵庫がある。

網戸にし、入り口の戸も開けっ放しておくと涼しい風が通る。

広縁から眺めた夕空。

たくさんの星が見えるのでは・・・と、期待したが、あいにくの曇り空でそれは叶わなかった。

こちらは明け方の眺め。

広縁側から入り口方面を撮った写真で、右中央に見える空調は暖房のみ。

標高1800mに位置する濁河温泉、クーラーは不要との事で設備はない。

夜、寒ければ毛布を・・・と、言われたが、結構暑くて窓を網戸にして寝た。

お迎え菓子のとちの実饅頭、結構おいしかった。

部屋におんたけクーポンが4枚置かれていて、頂いて帰る。

う~ん、残念!下呂市でしか使えない。

明日、下って行く長野県側ではこれは使えない。

旅館御嶽では使えるという事なので、翌日、御嶽でそう欲しくもないお土産を買った。

 


濁河温泉 湯元館

2015年07月25日 | 宿-東海

隠岐は、一番のハイライト国賀海岸にさしかかりましたが、ちょっとお休みで、避暑を兼ねて濁河温泉へ行って来ました。

以前、旅館 御嶽に泊まった事がありましたが、今回は湯元館

評価が良いのもさることながら、この内湯のたたずまいに魅せられて、この宿に泊まりたかった。

露天風呂も良かった~。

詳しくは後日アップしますが、御嶽山の6合目、標高1800mに位置する濁河温泉、涼しかったです。

用事がなければもう1泊したいと思った程、湯良し、味良し、コスパ良し、申し分ない宿でした。

 


隠岐への旅-9(知夫里島へ)

2015年07月23日 | 旅-中国・四国

隠岐プラザホテルのマイクロバスで西郷港へ。

8:30発のフェリーしらしまで知夫里島の来居港へ向けて船旅。

このフェリーは、中ノ島の菱浦港、西ノ島の別府港へ寄って知夫里島の来居港へと、いわば各駅停車のような船便。

中ノ島の三郎岩が見え、菱浦港へ入港。

西ノ島の別府港。

本土への帰りはこの港から乗船。

目玉親父に見送られ西ノ島を出港。

10:50知夫里島(ちぶり)来居(くりい)港へ到着。

なびかさんという方が運転する小さなバスで赤ハゲ山へ。

道はほとんど一車線と細い。

慣れた運転でズンズン上って行く。

赤ハゲ山とは山全体が赤土で覆われ木が生えないから赤ハゲと名がついたとか。

あいにくの天候だが、雲が西ノ島を覆いそれなりに美しい。

島前の3つの島、元々は一つの島だったが、焼火山の噴火によって出来たカルデラに海水が入り込み3島に分かれてしまった。

眺めている海はカルデラ海・・・か?

牛が放牧されている。

湧き水が豊富な島でアチコチに牛の水飲み場があり、年中放牧している。

夏の暑さをしのぐ屋根付きスペースも何か所か設けられていて、暑くなると牛牛詰になるらしい。

 

 

 

仔牛は草むらで休憩中。

キジ発見。

狩猟目的で放されたキジが野生化したもの。

タヌキも多い。

夜行性なのに昼間から現れるのは、まだ子供タヌキらしい。

人口は600人以下の知夫里島に、牛は600頭、タヌキは2000匹もいる。

知夫里島は湧き水が豊富、タヌキも住みやすいんだろうか。

赤壁(せきへき)へやって来た。

断崖に柵のようなモノはない。

添乗員さんが、崖のそばへは近寄らないで・・・と。

ホントに赤土だ。

 

 

車を停め5分ほど歩いて赤壁へ行くのだが、この遊歩道には牛糞の被害に遭わないよう柵が設けられている。

それでも何か所か危険な所はあったが。

 

この日の昼食はホテル知夫の里神葉寿司

神葉(じんば)とは海藻のホンダワラの事。

もずく、あらめ、ひじきの海藻ずくし。

ぶ厚く切られた刺身は量が多くて持て余す。


隠岐への旅-8(隠岐プラザホテル)

2015年07月22日 | 宿-中国・四国

16:30頃、今宵の宿隠岐プラザホテルにチェックイン。

忙しい、でも 充実した1日だった。

西郷港からも近く、宿の前には釣り船が係留されている。

 

夕方出て行った船、朝に戻って来た。

部屋の窓から眺める。

広々としたロビーだが、朝のチェックアウト時には、いくつものツアー客でごった返していた。

部屋はツインベッドと6畳程の和室の和洋室。

コンパクトにまとめられた快適な部屋だが、残念ながら電気ポットではない。

冷蔵庫は中身入りで、うっかりしていたら翌朝鍵がかかってしまってて、フロントに電話して開錠してもらった。

 

部屋からの眺め。

風呂は温泉ではなく、23:00までと朝は6:00~。

脱衣所に浴用タオルは山積みになっているが、バスタオルは部屋から持参。

女性用のこの風呂の方が男性用より大きく、奥半分はジャグジーになっていた。

浴槽には、隠岐ジオパークの代表的な岩石で、2憶5千年前に出来た隠岐片麻岩が使われている。

 

こちらは男性用。

翌朝、男女で風呂が入れ替わっていた。

アメニティはこれだけ。

湯上り処。

 食事は最上階(10階)のレストランで。

 

7種盛りの刺身で、好きな人は嬉しいだろうが、そう好きではない私には量が多過ぎて持て余す。

島根牛のカルパッチョ風。

バイ貝、イカ、タコなどの山海の味噌焼きだが、おいしいとは思わない。

赤もくという初めて食べる海藻の汁だが、赤もくはコシがあっておいしい。

買って帰ろうと思い、アチコチの土産物売り場で探したがなかなか見つからない。

最後の別府港のJF直売所とびっこでやっと見つけ、生も売られていたが生は無理なので乾燥品を買って帰った。

沖カサゴの煮つけ。

私の煮魚と違い甘味はほとんど感じない。

新鮮な魚ならこんな味付けで良いのだろう。

〆は焼き飯茶漬け。

焼き飯・・・と、聞いて、関西人はチャーハンを連想するようで、同行ツアー客の多くが???説明を求めていた。

お茶漬け苦手な私は普通の白ご飯所望。

朝食の方が夕食より良かったと思う。

少量ながらイカ刺も付き、イカ足やエンペラの煮つけもおいしい。

ご飯はもずく雑炊。 

食後のコーヒーなどない。

せっかくの新鮮な魚介類を生かしきれてない料理にちょっと不満。

今日も忙しい1日が始まります。

 


隠岐への旅-7(水若酢神社にて)

2015年07月21日 | おいしい旅

玉若酢命神社~国分寺~水若酢神社と神社仏閣の連続で、あきるんじゃないかと心配だったが、歴史は好きな方なので
説明を聞くと、なるほど・・・と、興味深いものがあった。

 

ここ水若酢神社は平安時代に作られた全国神社一覧にも名前が見える隠岐一宮で歴史は古い。

純隠岐造りの本殿は国指定重要文化財。

 茅葺の屋根は20年に一度葺き替えられ、その際に古典相撲が開催される。

瓦屋根の鬼瓦にあたるのが鬼板で、そこには直径33センチの菊の紋章がはまっている。

以前の鬼板が展示されていた。

昭和天皇をはじめ皇族方が訪れ、記念植樹をされているが、ほとんどが榊(サカキ)

その榊が小さい花をいっぱいつけていた。

榊ってこんな可愛い花をつけるなんて、初めて知った。

 

隠岐の古典相撲の土俵が作られていた。

優勝者には樹齢60年ほどの真っ直ぐな杉の木が景品として与えられ、それを持ち帰り家の軒につるしておくらしい。

バスで移動の際、軒に吊るされた民家を何軒か見かけた。

ちなみに大相撲の力士隠岐の海は、この島の出身。

隠岐の海関が古典相撲で活躍したかどうかは不明。

五箇創生館に古典相撲の土俵があった。

古典相撲のビデオ上映があり、これが興味深くて見入ってしまい、バスの集合時間に遅れてしまった。

古典相撲には大量の塩が撒かれるらしい。

それがこのビデオを見てよく分かった。実に愉快。

YouTubeでも見れますよ。

明治に建てられた洋風建築の建物は、隠岐郷土館になっている。

同じ敷地内にあるお土産コーナーで、海藻のあらめが売られているのを発見し、好物なのでたくさん買ったが、
この後、隠岐島内各地であらめは土産物として売られているのを見た。

これも紫陽花? 

これで1日目の予定は終了し、今宵の宿隠岐プラザホテルへ向かう。 

朝7:00前から行動開始し、長い1日だった。

個人ではとれもこれだけの予定はこなせないだろう。


隠岐への旅-6(国分寺にて)

2015年07月20日 | 旅-中国・四国

玉若酢命神社の後、国分寺へ。 

 国分寺は奈良時代、聖武天皇が全国に68ケ寺作ったものだが、明治2年の廃仏毀釈で隠岐にあった寺98ケ寺全て焼き払われた。

平成19年2月、本堂は火災で全焼。

新しい本堂が出来上がっているが、ご本尊がまだ鎮座されてないという事。

大きな看板が立ち、ちょっと誇らしくなる単純な大阪人。

鐘楼は焼けたままの姿を残して痛ましい。 

礎石が残る後醍醐天皇の行在所跡、という事だが、後醍醐天皇の行在所については二説有り、皇族方はここへは来られないとガイドさんの話。

しかし、国分寺のパンフには「皇族お成り経緯」が印刷されている。

国分寺の横にモーモードームがあり、観光牛突きを見学。

配流になった後鳥羽上皇を慰める牛突きが始まりらしく、800年の伝統を誇る日本最古の歴史を持つ闘牛。

年に4回開催される本場所では、どちらかが逃げ出すまで勝負が続くらしいが、観光用なので勝敗がつくところまでは闘わない。

長い勝負では1時間というのもあるが、1時間43分かかったのが最長記録。

普通10分ぐらいまでで2頭を離すらしいが、この日は離すタイミングが難しくて、少し長い目の興行となった。

 普段はもち米、麦、大豆などを食べている牛だが、大会前にはマムシの粉末、にんにく、生卵などで精をつける。

夕方、犬の散歩のように牛を散歩させる姿も。

牛の体重は750キロ~800キロぐらいで、横綱ともなれば1トン以上。

 隠岐の牛は黒いのが多い。

3歳ぐらいから試合に出て、出なくなった牛の老後は?

筋肉がついているので固くて食用にはならず、調教しなおして闘牛が行われている宇和島へ売られて行く場合が多い。

以上、バスガイドさんの説明。

  

 

 隠岐の牛突きは綱をつけて行い、この綱を持つ綱取り男が勝敗の行方を握るらしい。

 

 

サービスで観客の所まで来てくれた。

ごくろうさん。

相方はこのツアーの中で一番楽しみにしていた牛突きで、それなりに楽しんだようだが、私はそれどころではなかった。

観戦途中でコンデジがない事に気づき、国分寺のトイレに忘れた!と、大慌てし添乗員さんも走らせたが、コンデジはバスの中に置いていた。

お粗末。 

 


隠岐への旅-5(玉若酢命神社にて)

2015年07月19日 | 旅-中国・四国

昼ご飯の後は西郷港方面に戻り、玉若酢命(たまわかすみこと)神社へ。

ここの見どころは、境内にある八百杉、宮司の億岐家住宅、それに全国で2つしか現存しない駅鈴(えきれい)。

 

ますは茅葺屋根の億岐(おき)家住宅から。

隠岐国造の末裔で代々玉若酢命神社の宮司を努め、現当主は47代目の億岐氏の住宅。

身分によって違う入り口が3ケ所設けられている隠岐造りという独特の建築物。

住まいなので、内部は見る事が出来ない。

興味のある方は読んで下さい。

カエデの横に竹藪があり、ちょっと変わった竹が生えていた。

孟宗竹の突然変異でできたもので、隠岐ではこの辺りにしか生えていないらしい。

よく似た竹を大阪の城北公園菖蒲園で見た覚えがあるのだが・・・。

全国に2つしか残っていない駅鈴が、ここ隠岐に2つ共ある。

1300年程前の奈良時代に制定された駅制度。

租税運搬や官吏の通行に使われていた馬を休憩、あるいは交換の為に20キロ毎に駅を置き、駅に近づくとこの鈴を鳴らし知らせ、次の使者にこの鈴を引き継いだとか。 

駅伝は、今、鈴の代わりにタスキが使われている。

隠岐にしか残ってないのは、億岐家が大事に守ってこられたからでしょう。

アチコチで紫陽花がきれいに咲いていた。

玉若酢命神社の拝殿。 

随神門を入った所に国の天然記念物八百杉がそびえる。

根の回りは20m、高さ38m、樹齢約2000年。

前に立つ人物で大きさが分かるなぁ。

そしてこの支えの立派な事に驚く。

この支えがないと建ってられないらしい。  


隠岐への旅-4(佐々木家住宅)

2015年07月17日 | 旅-中国・四国

 休暇村出発は7:00と早く、朝食はお弁当。

休暇村で作ったお弁当かな?と、思っていたら、近くの弁当屋に寄って弁当積み込み。

ほとんどの人がバスの車内で食べ始めたので、我々も食べよう。

これがいい味でなかなかおいしい。

弁当屋の弁当・・・って、少々バカにしていたが、私が作るものよりおいしいかもしれない。

隠岐へは七類港からフェリーで島後の西郷港を目指す。

9:00出港で西郷の到着は11:25。

約80キロの距離、2時間25分かかるんだ。

11:10頃、船内に隠岐の民謡(しらしま節?)が流れ、下船準備を促す。

どんよりした天気だが海はベタ凪で、揺れる事もなく西郷港に到着。

ほとんどの時間を船室内で、寝たりテレビを見て過ごした相方、ず~っとデッキに居た私。

西郷港で待っていた観光バスに乗り、まずは隠岐最古の木造住宅佐々木家住宅へ。

30代目の方が昭和50年ごろまでは住んでおられたが、今は町で管理されている。

 

石置き屋根が特徴の一つで、630個もの石は近くの海岸の石。

屋根に整然と並べられた石、美しい。

平成10年に約3億4千万円をかけ、解体、修理。

杉皮葺きの傾斜のゆるい屋根で、以前は10年毎に葺き替えられていたらしい。

今年、1000万円をかけ、葺き替えられる(葺き替えられた?)。

建坪70坪のうち、土間部分は30坪、住まい部分は40坪で、その住まいの内部は、建具はもちろん、柱、梁から敷居、かもいに至るまで全て漆塗り。

漆を塗ってないのは、天井板と壁ぐらい。

 

ガラス戸は大正時代のもの。

一通りの説明を聞いた後、昼食となった。

隠岐の郷土料理の数々。

煮しめにはタコ、椎茸、タケノコ、蕗、こんにゃく、それに沢庵も。

吸い物はカメの手で、いい出しが出ている。

岩もずくの酢の物に冷やし素麺。

やや甘いめの花型お寿司と炊き込みご飯の海苔巻。

サザエの出しで炊いた炊き込みご飯には、サザエの身もちらほら。

年配者がほとんどなので、せっかくのお寿司や海苔巻はかなり残ってしまったようで、なんだか申し訳ない。

郷土料理といっても、祝い事や祭り、何かの行事の折りに作られる特別料理らしい。

こんな珍しいものを食べられるなんて、いいツアーだ事。

早々に食べ終わったが、まだ食べておられる人もいる。

何をするにも一番早い私を相方は渋い顔でたしなめる。

バスに戻る石段で大きなカタツムリ発見。

カタツムリを見るなんて、随分久しぶり。

 


隠岐への旅-3(休暇村蒜山高原)

2015年07月16日 | 宿-中国・四国

休暇村蒜山高原主催の隠岐ツアーは、休暇村蒜山高原にチェックインするところから始まる。

休暇村へ全員集合し、翌日は休暇村出発の隠岐ツアーとなる。

部屋は東館10畳の和室。

広縁には空の冷蔵庫があり、テレビはBSも見れる。

ウォシュレット、電気ポット、冷水・・・必要なものは全て揃っていた。

窓の外には蒜山三座が一望。

手前には牧草地が広がり、冬にこの場所はそりのゲレンデとなる。

子供は楽しいでしょう。

さすが休暇村、レンタサイクルやグランドゴルフなど、滞在中楽しめるような設備有り。

全ての部屋からこの光景が眺められる横長の建物になっているが、風呂やレストランから部屋までが遠くて大変。

パブリックスペースは建物の真ん中にあればまだマシなのに、変な設計だとぼやく事しきり。

3階建てで各階20室の計60室あるが、エレベーターに近いのは〇〇1号室で一番遠いのは〇20号室。

次回泊まるような事があれば、〇〇1号室希望としたい。

翌朝の日の出前。

上蒜山と皆ケ岳の間から陽が昇るようだが、この後曇ってしまい、ご来光は望めなかった。

 

風呂は温泉。

広い脱衣室にキー付ロッカー。

風呂からも眺めが良い。

夜は24:00まで、朝は5:30~9:00までで、浴室は男女入れ替わる事はない。

泉質はラドン泉で循環。

夕方には感じなかったが、朝一番の風呂場には塩素臭が漂う。

シャンプー類は馬油、洗顔も売店で売られているものが置かれていた。

写真は撮ってないが、夕食は17:30~のバイキング。

品数多く、好物の天ぷらも揚げたてが食べられる。

野菜料理が多く、ご飯は白ご飯と蒜山おこわ、味噌汁の具は貧弱。

夕食後、明日からの隠岐ツアーの説明会があり、参加者23名自己紹介から始まった。

平日の3泊4日の旅、参加者全員がリタイア組だった。

 


隠岐への旅-2(淀江の湧水)

2015年07月14日 | 旅-中国・四国

次の湧水スポットは淀江町の本宮の泉へ。

水量は15000トン/日もあり、鳥取県でも随一の湧水量を誇る。

湧水は小さな池に流れ込み、ここには大きなニジマスが泳いでいた。

梅花藻の花がいっぱい。

湧水口の上には大きなモミジがあり、紅葉の頃はさぞ美しい事でしょう。

 

 

本宮の泉の湧水は、少し離れた大山道路沿いにある淀江どんぐり村へ引かれていて、ペットボトルをたくさん持って2組ほどが水を汲みに来ていた。

淀江どんぐり村の直売所で売られている珍しいプリン餅を買ってみた。

お餅も数種類あり、どれも1個60円と安い。

カラメルの香り、味がして中身はカスタードクリームで、なかなかおいしい。

本宮の泉から細い道を走り天の真名井へ。

駐車場に水が引かれているが、水源はここから300m程歩いた所にある。

畑や民家の脇を通って行くと、凄い量の水が流れ落ちていた。

風流な!水車小屋。

水車小屋から少し上に水源があった。

環境庁に指定された名水100選の一つで山陰を代表する名水らしい。

やはり横の池にはニジマスが泳いでいた。

 

そしてもう1ケ所。

大山寺からから桝水方面へ2キロ程行った所にある清浄泉

看板がないので、果たしてここ?と迷ったが「清浄」の文字が見えた。

三輪平太の墓のそばにあり、清浄泉より目立っている。

水はちょろちょろとしか出ていないが、旅する人が足を停め、喉をうるおした大山のオアシス的な存在らしい。

苔むし、お地蔵さんが祀ってある光景を見ていたら、かつてはそんなオアシスだったんだと納得。

秋には紅葉のトンネルになる一の沢、二の沢、三の沢を通り、鍵掛峠にやって来た。

ここから眺める大山南壁は雄大で、紅葉の頃はそれは素晴らしい。

どれが一の沢、二の沢・・・分からないが。

今宵の宿、休暇村蒜山高原に到着。

夕食後、翌日からの隠岐ツアーの説明会がある。