ゆらゆらと揺れる自分の影を見ながら歩いていた
その記憶はある―
随分小さな子供の頃の事なのか・・・
それともいつか見た夢の記憶なのか・・・
移動を車椅子に頼る身だ
わたしの記憶は失われた
長い間のホテル住まい
育った家は燃えたと教えられた
影のように生きる女性がいる
その女性がわたしを守ってくれている
いつまでもホテル暮らしも落ち着かないからと 売りに出ていた別荘をバリアフリ―に改造したのもその女性
わたしとは遠縁になるのだと言う
あの日 病院で「覚えていませんか? あなたの名は 香原静枝 (かはら しずえ)
火事にあったせいでしょう
焦らなくても記憶は戻ります」
それからずっと傍にいてくれている
電動の車椅子 敷地内なら人の手を借りず動ける
町で物見高く人から見られるのは苦痛だが 自分の意志で動く 何処かへ行く
せめて敷地内では動きたかった
たとえ車椅子に乗ってでも
そんな午後 塀越しに声をかけられた
「君は誰?」
そして魔法はとける
「彼女から離れて!」 猟銃を構えて いつもとは別人となっていた
―あたし?あたしは緒方怜子 あなたの記憶が戻るまで 一緒に暮らしましょう―
いつもひっそりとただいる怜子さんが随分厳しい表情と声
「生きていたんだ やっぱり生きていた 君は一体何をしている?」
背の高い男は怜子さんに向かって話していた
「貴方を殺そうとしているわ」
怜子さんはわたしを庇うように前に立った
「何の事だ? どうして君は姿を消した?」
「あなたはどうして どうして おじいさまを殺したの?」
「何を言ってる?」
「あたしは温室の下の道にいたの
おじいさまの悲鳴がした
頭から血を流して倒れたおじいさま
―うまくいったわ―と イトコがあなたに話しかけていた・・・
あたしも殺されると思ったわ
姉妹みたいに育った香代子
あなた
家を出て 次の日に火事で全焼したって」
「だから姿を消したと」
「いつかは 殺しに来るって思ってた
遺産相続の問題もあるし」
男は頭を抱えた 「なんでこうなるんだ」
声を張り上げる「だからって この茶番は何なんだ 君にそっくりの君の名を名乗る車椅子の女性
この人は誰だ」
「良い考えに思えたのよ
死ぬつもりで行った砂丘で倒れてた彼女を見た時 自分と同じ顔で
あたし自分の人生を捨てようーと思ったわ
だけど見つかってしまった」
怜子ーと名乗っていた女性はわたしを見た「ごめんね あなたの記憶が戻るまで一緒に暮らせればーと思ったの」
そうして男に向けて猟銃を構える彼女の腕はぶるぶる震えていた
撃ちたくないのだ 彼女はこの男を愛しているのだ
「ダメよ ダメ・・・・人殺しになってはダメ」
彼女を人殺しにしてはいけない どんな事情があるにせよ 彼女はわたしを保護してくれた 恩人なのだ
あの優しさは嘘じゃない
わたしは必死だった
「足!」
わたし・・立ってた・・・・わたし わたし
そうして どっと寄せるものに呑まれ・・・・わたしの意識は飛んだ
夜の砂丘を日本海に向かって歩いていたのだ 死を考えていた
死に憧れていた
会社は潰れるし 家族はいない いっそ死んでしまおうと・・・・・・
仕事も見つからず・・・貯金もなく
このままではホームレス 住むところも失って
そう わたしの本当の名前は
「気分はどう?」気がつけば病室 彼女が微笑んでいた
姉妹のようにわたしと似ている女性
「あなたの足ね 大丈夫らしいわ 少しリハビリすれば歩けるようになるって 精神的なものが大きかったみたいね
嘘ついててごめんね 他の人間のフリさせて」
「いいえ・・・わたし 思い出しました 自分のこと」
「名前は日向美穂子さん 」
「え?」
わたしが自分を取り戻すまでに・・・あの男と話した内容を 彼女は教えてくれた
「全ての原因は香代子なの 彼女は本当のあたしのイトコじゃなかった
とりかえられた子供だったの それが分かった つまり遺産の相続権が無い
でね 病院で20数年前に間違えられたのは美穂子さん あなたなの
だから香代子はおじいさまを殺した
不思議なものね 同じように死ぬつもりだったあたしが 死のうとしてたあなたに出会って
はた迷惑なバカなことを思いついて
彼は香代子に呼び出されたの 香代子も彼を愛していた
言うことをきかないと殺人犯にする 彼がおじいさまを殺すのを見たと言うと・・・・・・・
犯行の証拠を誤魔化すために・・・火をつけた
そんなことで警察がごまかせるはずもない 香代子は捕まって
彼は あたしを心配して捜してくれていた
はじめまして イトコさん」
くるくると運命の目が変わる
姉のようなイトコができて ひどくおおらかな兄代わりの人もできた
猟銃を向けられ殺されそうになったにもかかわらず 彼女にベタ惚れの男性は
「あの早とちりなところが可愛くてさ 」
と ひどく暢気なのだった
思い返せば 砂丘で倒れてるわたしを 静枝さんが見つけたのを点とすれば 彼女とわたしは姿もだけど 運命も鏡で写したように似ていたのかもしれない
わたしは今 もっと技術を身につける為にパソコン教室に通っている
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迎えにきた死神に老人は願った 非業の死は受け入れる
ただ愛する孫娘達の幸せ 本来あるべき姿に
孫娘達が それぞれに良い男性とめぐり合い 財産に頼ることなく生きていく人生
砂丘で二人の娘を出会わせる{偶然}を作ること
姿を消した女性を 男に見つけさせること
死神は 約束を守った
老人は 「美穂子は・・・」と言い掛ける
美しい死神は 内緒でこっそり教えた イトコの結婚式で美穂子に一目ぼれしている男性がいることを
「そうか あれも心配ないか すまなんだな 死神さん 手間かけさせて」
「安心して死んでいただくのが モットーですから」
美人死神は微笑む
「死神にもモットーがあるんやなあ」感心したように老人は言い その姿はやがてぼやけ光に溶けた