「われわれは、道を間違えているのではないか!?」
…眼下に広がる雪渓の急斜面、そしてさらに急になる頭上の雪渓が、その考えを確定してくれた。
このままでは、われわれには滑り落ちる運命が待っている。
「道を間違えたらしいぞ。」
妻に言った。
妻は、驚きながらも、その事実を認めた。
「やがて右に折れる道が現れるはずだと思っていたけど、なかなかないのでおかしいと思っていた。でも、どこで間違えたのだろう?」
と、答えた。
まずは、この急斜面の雪渓から脱出するしかない。
倒木の多いやや傾斜が緩やかな場所を見つけ、必死に木にしがみついて、雪渓から脱出、やぶの中に入っていった。
生えている低いやぶの木々の隙間をぬうようにして、つかまりながら、尾根と思われる場所にたどり着いた。
道があるかと思ったが、林の中に道はなかった。
下りていけば道があるのではないか、と考え、雪渓とは反対側に下りていくことにした。
ところが、いくら下りて行っても、道は、ない。
見えたのは、新たな雪渓だけ。
ここで、完全に道に迷ったことが判明した。
ひと口ずつ水を飲み、山頂を目指すどころではなく、無事に下山することを第一の目的にすることを確認し合った。
「まずは、沢に下りていくよりも、尾根伝いに行こう。まずは、さっきの尾根まで登ろう。」
疲れてきた足腰だが、懸命に高い木々の立つ尾根まで登って行った。
尾根と思われるところを歩き始めたが、何せそこは道ではない。
生えている低木をかき分けかき分け、歩いて行く。
そして、少しずつ下って行く。
何度もすべって転びながらも、前へ進んだ。
…ところが―。
途中で、下り方が急になっていき、なんとか歩いて下って行ったものの、尾根がなくなってしまった。
あるのは、雪渓と低木のやぶばかり。
途方に暮れた。
「おにぎりを少し食べて栄養補給しよう。」
妻の話に合意し、曲がって生えた幹に座り、仮の昼食をとることにした。
「お茶ちょうだい。」
そう言われて、リュックの横に差しておいた水筒を出そうとしたら、…ない!
転んだり、やぶの中を通ってきたりした時に、落としてきたに違いない。
ペットボトルはまだ2本あるが、それまで飲んでいた水筒をどこかに落としてきてしまったようだ。
もう戻ることはできない。
仕方なくあきらめることにした。
おにぎりを食べながら、持ってきた簡単なガイドブックで、方角を確認した。
今、ちょうどお昼時だから、太陽があるのは南。
われわれの背後に太陽があるから、今見ているのは、北。
上越・直江津の港が見える。
思ったより西に来ているようだ。
目指すべき方向は、もっと東、つまり右へ右へと行く必要がある。
そういう結論を出し、再び歩き始めた。
やぶの中には、いくつもいくつも雪渓が残っていた。
しかし知っている、あの間違って歩いたあの長い雪渓ではない。
雪のとけ残った小雪渓ばかりだ。
斜面に生えるやぶとまだ残る雪渓を、滑ったり転んだりしながら、やぶに生えている笹やアジサイの類の茎を頼りに、必死でつかまって、右へ右へ、東へ東へと進んで行った。
時折見つけるシラネアオイや
サンカヨウ、
ヤマツツジに、「何も、こんな誰も見ていないところで咲かなくてもいいじゃないか。」と思いながら…、
ある場所(何せ位置がわからないからこう言うしかない)では、下の方から、ガサゴソ音がして、パキポキッと枝の折れるような音がした。
声を出してみたが、反応がない。
リュックに付けていた「牛追いの熊鈴」(カウベル)を、いっそう鳴らしながら進むことにした。
それなのに、鳴らしたばかりの鈴が、無くなっていたのに気づいたのは、その数分後だった。
鈴をつなげていた、革製のように見えたひもが、劣化して切れていた。
思わず、妻と顔を見合わせた。
熊よけの鈴までも無くしてしまうとは…。
…眼下に広がる雪渓の急斜面、そしてさらに急になる頭上の雪渓が、その考えを確定してくれた。
このままでは、われわれには滑り落ちる運命が待っている。
「道を間違えたらしいぞ。」
妻に言った。
妻は、驚きながらも、その事実を認めた。
「やがて右に折れる道が現れるはずだと思っていたけど、なかなかないのでおかしいと思っていた。でも、どこで間違えたのだろう?」
と、答えた。
まずは、この急斜面の雪渓から脱出するしかない。
倒木の多いやや傾斜が緩やかな場所を見つけ、必死に木にしがみついて、雪渓から脱出、やぶの中に入っていった。
生えている低いやぶの木々の隙間をぬうようにして、つかまりながら、尾根と思われる場所にたどり着いた。
道があるかと思ったが、林の中に道はなかった。
下りていけば道があるのではないか、と考え、雪渓とは反対側に下りていくことにした。
ところが、いくら下りて行っても、道は、ない。
見えたのは、新たな雪渓だけ。
ここで、完全に道に迷ったことが判明した。
ひと口ずつ水を飲み、山頂を目指すどころではなく、無事に下山することを第一の目的にすることを確認し合った。
「まずは、沢に下りていくよりも、尾根伝いに行こう。まずは、さっきの尾根まで登ろう。」
疲れてきた足腰だが、懸命に高い木々の立つ尾根まで登って行った。
尾根と思われるところを歩き始めたが、何せそこは道ではない。
生えている低木をかき分けかき分け、歩いて行く。
そして、少しずつ下って行く。
何度もすべって転びながらも、前へ進んだ。
…ところが―。
途中で、下り方が急になっていき、なんとか歩いて下って行ったものの、尾根がなくなってしまった。
あるのは、雪渓と低木のやぶばかり。
途方に暮れた。
「おにぎりを少し食べて栄養補給しよう。」
妻の話に合意し、曲がって生えた幹に座り、仮の昼食をとることにした。
「お茶ちょうだい。」
そう言われて、リュックの横に差しておいた水筒を出そうとしたら、…ない!
転んだり、やぶの中を通ってきたりした時に、落としてきたに違いない。
ペットボトルはまだ2本あるが、それまで飲んでいた水筒をどこかに落としてきてしまったようだ。
もう戻ることはできない。
仕方なくあきらめることにした。
おにぎりを食べながら、持ってきた簡単なガイドブックで、方角を確認した。
今、ちょうどお昼時だから、太陽があるのは南。
われわれの背後に太陽があるから、今見ているのは、北。
上越・直江津の港が見える。
思ったより西に来ているようだ。
目指すべき方向は、もっと東、つまり右へ右へと行く必要がある。
そういう結論を出し、再び歩き始めた。
やぶの中には、いくつもいくつも雪渓が残っていた。
しかし知っている、あの間違って歩いたあの長い雪渓ではない。
雪のとけ残った小雪渓ばかりだ。
斜面に生えるやぶとまだ残る雪渓を、滑ったり転んだりしながら、やぶに生えている笹やアジサイの類の茎を頼りに、必死でつかまって、右へ右へ、東へ東へと進んで行った。
時折見つけるシラネアオイや
サンカヨウ、
ヤマツツジに、「何も、こんな誰も見ていないところで咲かなくてもいいじゃないか。」と思いながら…、
ある場所(何せ位置がわからないからこう言うしかない)では、下の方から、ガサゴソ音がして、パキポキッと枝の折れるような音がした。
声を出してみたが、反応がない。
リュックに付けていた「牛追いの熊鈴」(カウベル)を、いっそう鳴らしながら進むことにした。
それなのに、鳴らしたばかりの鈴が、無くなっていたのに気づいたのは、その数分後だった。
鈴をつなげていた、革製のように見えたひもが、劣化して切れていた。
思わず、妻と顔を見合わせた。
熊よけの鈴までも無くしてしまうとは…。