不忍池
不忍池(ボート池)
名前だけは知ってましたが、訪れるのは初めて。
とにかく、東京は苦手というか、関西人独特のライバル意識というか、
嫌い、なんて言うてましたが、初めてひとりっきりで行ったのが、
松山千春のコンサート、東京厚生年金会館閉館に伴う
2010.3.29 「ファイナルファイナリスト」
その時東京駅は大規模な工事中でしたが、親切な案内表示に
この方向音痴な私が、すいすいと動けたことに感激!
「なんや、梅田より分かりやすいやん」
と気を良くしたことから、東京を見てみたい!
が始まりました
不忍池の蓮
日中なので、つぼみでした。
はちすも沢山、生ってました。
六角形の屋根のお堂が弁天堂
琵琶湖の竹生島を模してあるそうですが、憧れだったのかなあ?、竹生島。
雀の群れ、こんなん始めて見ました。
不忍池の蓮は江戸時代の浮世絵にも描かれ、有名だったそうです。
戦後の食糧難で、畑になったらしいですが、今ではまた立派な蓮池に戻っています。
また、2000年の時を超えて発掘された種から開花に成功した
「大賀蓮」も育っているそうです。
分からなかった…
この辺り上野といえば、
「ああ上野駅」という歌謡曲がありました。
遠くから集団就職で東京へ来た子供達は、まずこの上野駅に降り立つ。
そして、いっしょに来た同級生達は四方八方へ別れて行く。
その後、上野駅に来て列車を見ては、
故郷から東京へ来た日のことを思う。
”上野はおいらの心の駅だ”
親元を離れて働いた経験のない私が聴いても胸を打つ歌でした。
今は陸路も空路も発達して、簡単に帰れるけれど、
その頃は、そう易々と行き来出来なかったですものね。
今では、団塊の世代とか、後期高齢者とか呼ばれるけど
集団就職の子供達はかつて「金の卵」と呼ばれていたんですよね。
映画「三丁目の夕日」のろくちゃん(星野六子)みたいに…
やっぱり、スカイツリーより東京タワーがいいなあ~
私の心の駅はどこやろ?