前から樂しみにしてゐた、大田區立郷土博物館の冩真展「せんべい屋店主、大田を撮る!」を觀に行く。
大田區羽田に生まれ、飛行機に憧れて育ち、當地で四代續くせんべい屋を營んでゐた故•橫山宗一郎氏が趣味として、また使命として撮り續けた昭和四十年代初め頃の大田區は、前年の東京オリンピックを境に大変貌を遂げやうとしてゐた時代であり、その過渡期に生きた地元の人々の“いつも通りな生活”を見事撮らへてゐるところに、深い価値を見る。
工業地帯化が進む河口の淺瀬で、昔ながらに貝を拾ってゐると思しき人の後ろ姿を撮らへた一枚は、“ふるさと”とはだういふものかを、強く訴へかけるものがある。
(※現在は埋め立てられて公園となってゐる旧北前堀跡。かつては淺草海苔の一大産地だった)
(※東糀谷に遺る旧北前堀の堤防)
(※現在は緑道公園となってゐる旧呑川跡)
博物館の入口には、真言宗智山派の寺院が加持祈祷した「疫病退散」の護符が、自由にお持ち帰へり下さいと澤山用意されてゐたので、ありがたく一枚分けていただく。
“オミクロン株”なる新種の感染者が當然ながら國内でも續々と發見され、この頃では電車内で普通に咳をする“ゲホちゃん”も増殖中で、結局はニンゲンがいちばんの病原菌であることを今さらながら痛感させられる。
ヒトに何かを期待したり、信じやうなどとしてゐる間は、この人災疫病が終熄することは決して無いだらう。
博物館では、嬉しいものと御縁があった。