僕が図書館で調べた地元新聞の縮刷版によると、火元は社務所、折からの風に煽られて社殿に燃え移り、さらに敷地内に隣接する宮司宅にまで延焼して明け方にようやく鎮火、社務所、社殿、宮司宅は全焼―
社務所の焼け跡からは、隣接する宮司宅に住む“日本舞踊師匠”嵐昇菊氏の遺体が発見されたが、検死の結果、首に縄で絞められた跡のあったことから、出火は死亡後と考えられる―
なお、死因については自殺と他殺の両面で捜査中―
なお、このとき宮司は所用でたまたま不在、同居する娘と孫娘、つまり金澤あかりの母と当人も、友人宅を訪れていたため、無事だった―
「結果的に死因は、首吊り自殺と判明しました」
つまり、社務所に火を放ってから首を……。
僕はつくづく、嵐昇菊という歌舞伎役者の、不遇な人生を思わずにはいられなかった。
没落した家柄に生まれたがために歌舞伎役者としての大成も叶わず廃業、田舎芝居の振付師に転向してようやく“家族”というものを得たが、舅の思惑によって得たその家族は、実はワケありだった……。
それを思いもよらない形で知ることとなった彼は絶望し―
偽りと、裏切り―
「この事件から間もなく、もともとが弱っとった宮司さんも亡くならはって、あかりちゃんは母親と、この町から去って行きました。
……ただあの子は、ほんまの父親について、なにも知りまへん。
いまも、嵐昇菊の娘と信じているはずです。
いや、あの子は間違いなく、嵐師匠の娘です。
『助六』の稽古のときの、師匠とあの子の姿は、ほんまの父娘以外の、何ものでもあらへんかった……」
「下鶴さん……」
「近江さん。私が金澤あかりの、ほんまの父です」
下鶴昌之は、やっと肩の重荷を下ろしたような、晴れやかな表情だった。
僕は黙って、微笑んだ。
「とっくにお気付きやったのと、ちゃいますか?」
「金澤あかりさんの話しになると、とても優し目になるので……」
と下鶴昌之は照れたように、はははと、頭の後ろへ手をやった。
「私は、いまでこそ田舎の旅館のしがないオヤジですが、昔は恥ずかしながら、村一番の問題児やったですわ……」
「本当ですか!?」
現在の姿からはとても想像できないだけに、僕は本気で驚いた。
「町の年寄りは、みんな知ってますわ」
下鶴昌之は笑って、
「宮司の娘も、いわゆる不良娘でしてな……。“類は友を呼ぶ”とはよう言うたもんで、私と彼女は、まぁ、今の言葉で言うところの、デキとったわけです」
「ああ……」
やはり、宮司の娘はとても神職を継げる器でなかった、とはこのことだったか……。
「私と彼女は、毎晩この山で、逢い引きをしとったんです。
宮司さんは、娘とこの旅館屋のチンピラ息子とを、なんとか引き離してしまいたかった。
嵐昇菊師匠を娘婿にとったのも、実はそのためでもあったんですわ。
せやけど彼女の腹には、すでに胤が宿っとった……」
続
社務所の焼け跡からは、隣接する宮司宅に住む“日本舞踊師匠”嵐昇菊氏の遺体が発見されたが、検死の結果、首に縄で絞められた跡のあったことから、出火は死亡後と考えられる―
なお、死因については自殺と他殺の両面で捜査中―
なお、このとき宮司は所用でたまたま不在、同居する娘と孫娘、つまり金澤あかりの母と当人も、友人宅を訪れていたため、無事だった―
「結果的に死因は、首吊り自殺と判明しました」
つまり、社務所に火を放ってから首を……。
僕はつくづく、嵐昇菊という歌舞伎役者の、不遇な人生を思わずにはいられなかった。
没落した家柄に生まれたがために歌舞伎役者としての大成も叶わず廃業、田舎芝居の振付師に転向してようやく“家族”というものを得たが、舅の思惑によって得たその家族は、実はワケありだった……。
それを思いもよらない形で知ることとなった彼は絶望し―
偽りと、裏切り―
「この事件から間もなく、もともとが弱っとった宮司さんも亡くならはって、あかりちゃんは母親と、この町から去って行きました。
……ただあの子は、ほんまの父親について、なにも知りまへん。
いまも、嵐昇菊の娘と信じているはずです。
いや、あの子は間違いなく、嵐師匠の娘です。
『助六』の稽古のときの、師匠とあの子の姿は、ほんまの父娘以外の、何ものでもあらへんかった……」
「下鶴さん……」
「近江さん。私が金澤あかりの、ほんまの父です」
下鶴昌之は、やっと肩の重荷を下ろしたような、晴れやかな表情だった。
僕は黙って、微笑んだ。
「とっくにお気付きやったのと、ちゃいますか?」
「金澤あかりさんの話しになると、とても優し目になるので……」
と下鶴昌之は照れたように、はははと、頭の後ろへ手をやった。
「私は、いまでこそ田舎の旅館のしがないオヤジですが、昔は恥ずかしながら、村一番の問題児やったですわ……」
「本当ですか!?」
現在の姿からはとても想像できないだけに、僕は本気で驚いた。
「町の年寄りは、みんな知ってますわ」
下鶴昌之は笑って、
「宮司の娘も、いわゆる不良娘でしてな……。“類は友を呼ぶ”とはよう言うたもんで、私と彼女は、まぁ、今の言葉で言うところの、デキとったわけです」
「ああ……」
やはり、宮司の娘はとても神職を継げる器でなかった、とはこのことだったか……。
「私と彼女は、毎晩この山で、逢い引きをしとったんです。
宮司さんは、娘とこの旅館屋のチンピラ息子とを、なんとか引き離してしまいたかった。
嵐昇菊師匠を娘婿にとったのも、実はそのためでもあったんですわ。
せやけど彼女の腹には、すでに胤が宿っとった……」
続