迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

ごゑんきゃうげん22

2017-04-09 09:35:33 | 戯作
「しかし、そんな宮司さんに、朗報が舞い込んできました。

日本舞踊を習っている氏子の一人が、嵐昇菊先生を紹介したのです。

もと歌舞伎役者の日舞師匠、しかもまだ若いという点が気に入って、ちょうど今までお願いしていた振付の師匠が、老齢を理由に引退したがっておったのを幸い、宮司さんは保存会長の熊橋さんを通して、嵐師匠に後任を依頼したのです。

―もちろんこの時すでに、娘婿にする腹積もりやったのでしょう。三番叟を、自分のところに取り返すためにも……」

なかなかの執念だ―

僕は会ったこともない宮司に、神に仕える者らしからぬ“俗臭”を感じはじめてた。

「結果的に、嵐昇菊先生は宮司さんの娘婿になりました。もちろん、神職を継がせることはできまへん。三番叟を教える人を、こちらに確保するためやさかい……」

ようするに金澤あかりの父は、ただ三番叟云々のために“利用”された、と考えることも出来る。

僕は、執念に取り憑かれた人間の怖さ、というより、愚かさを感じた。

「やがて夫婦には女の子が一人、生まれしましたが……」

それが、金澤あかりだ。

「しかし、夫婦仲は初めから醒めていました。そもそも、宮司さんが娘の意志などお構いなしに、が押し進めた結婚やったさかい……」

子の結婚を親が独断で決める―そんな大昔の因習が、この田舎ではまだ生きていたわけか……。

「そして、ついに夫婦の破局……、というか、宮司一家に破滅が訪れます。それが、八年前の八幡宮全焼です」

「ああ……」

僕は、ここからでは見えない八幡宮の方を見た。

「あの年の奉納歌舞伎の芸題は、『助六双葉初若桜(すけろくふたばのはなすがた)』―要は歌舞伎十八番の『助六』のパロディーですわ」

僕は、図書館で見つけた新聞記事を思い出した。

花川戸助六が、傾城に化けた兄と共に、吉原で家宝の刀を探し求める云々……。

「その時、主役の助六を誰の子がやるかで、揉めたんですわ」

ああ、よくあるやつだ……。

僕はつい、ため息をつきそうになった。

「この時代、朝妻町は少子高齢化と過疎化のダブルパンチで、息も絶え絶え―朝妻歌舞伎に出る子どもを探すのも困難になっていました。

そこで、大きな“改革”が必要になってきたのです」

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