「そうなんですか……」
僕はもとの宮司家のことを、いかにさりげなく訊き出すかを考えた。
ところが下鶴昌之は、妙なことを言い出した。
「近江さん、姫哭山のてっぺんまで、ハイキングしませんか」
「え?」
またあの、悪天候の山に……?
下鶴昌之は、僕のそんな心中を察したように山を見上て、
「ああ……。いまは、頂上の天気は落ち着いてますわ」
と、笑った。「あの山は、ほんまに頂上だけが、コロコロと天気が変わりよる」
「はあ……」
僕も山を見上げた。
たしかに、頂上にもいつの間にか、青空が広がっていた。
僕は下鶴氏と、再び姫哭山へ登った。
果たして頂上は、さきほどの荒天が信じられないほどの、爽やかな晴天だった。
「これは……」
僕がポカンとして空を見ると、下鶴昌之は笑って、
「この山の天気がコロコロ変わるのは、戦国時代に滅ぼされた葛原一族の、怨念のなせる業や、なんて古老たちは言うてましたがね……」
「なるほど」
いかにも、昔の人が言いそうなことだ。
僕は下鶴昌之と共に、強い日射しですっかり乾いた草の上へ、腰を下ろした。
「……で近江さん、あの八幡宮の宮司さんのことですがね、その八年前の火事いらい、すっかり気落ちしはりましてな。高齢で、しかも昔から病気勝ちやったさかい、それから一ヶ月も経たんうちに、亡くならはりました」
「跡継ぎは、いらっしゃらなかったのですか?」
「いちおう娘が一人、おったんですが……」
下鶴昌之は、なにやら意味ありげな笑みを、口許に浮かべた。
その娘こそが、金澤あかりの母親だ。
「その娘(こ)は、とても神職を継げるような、そんな性格やなかったんです……」
どんな性格だったのか、それは口許に浮かべた笑みが、暗に示していた。
僕はなんとなく察して、「ああ……」と小さく頷くに留めた。
「せやから将来的には、いま京都に住んではる遠縁の人が、掛け持ちで受け継ぐことに決まっていたようです。ただ……」
「ただ?」
「秋のお祭りで、朝妻歌舞伎を奉納する前に舞われる三番叟だけは、どうしても宮司さんは自分が生きている間に、溝渕さんから取り戻しておきたかったんですわ……」
図書館で調べたことが、頭にパッと思い出された。
が、下鶴昌之の前では「?」という顔をした。
下鶴昌之は、僕が図書館で調べたことと同じような説明してから、
「……昔、宮司が夏に肺炎で、入院したことがあるんです。そのために、秋祭りの三番叟を、子どもに教えられる人がおらんようになった。その時にしゃしゃり出……、はは、いや、ピンチヒッターを名乗り出たのが、溝淵さんやったんです」
前々任の師匠に嫌われて助手を“解任”されて以来、しばらく鳴りを潜めていた溝淵静男は、“返り咲き”のチャンスを虎視眈々と狙っていたわけだ。
「普通やったら、決してあり得へんし、許されんことです。が、ほんらい代行するべき娘は、とてもそんな器やない。結局、そのとき限りの“特例”として、任せざるを得なかった。……溝淵さんとしては、目論見通りいうところでしょう」
下鶴昌之の皮肉を含んだ口ぶりに、溝淵静男への本音が滲み出でいた。
「その後、宮司さんは幸い退院して、日常生活に支障のないまでには回復しはったんですが、三番叟を人に教えるといった、体に負担のかかるようなことは、出来んようになってしまった。結局、そのまま溝淵さんが、引き続き代行することになって、現在に至っておるのです」
ようするに、なし崩しにまんまとかっさらった―
下鶴昌之はそう言いたげにも見えた。
続
僕はもとの宮司家のことを、いかにさりげなく訊き出すかを考えた。
ところが下鶴昌之は、妙なことを言い出した。
「近江さん、姫哭山のてっぺんまで、ハイキングしませんか」
「え?」
またあの、悪天候の山に……?
下鶴昌之は、僕のそんな心中を察したように山を見上て、
「ああ……。いまは、頂上の天気は落ち着いてますわ」
と、笑った。「あの山は、ほんまに頂上だけが、コロコロと天気が変わりよる」
「はあ……」
僕も山を見上げた。
たしかに、頂上にもいつの間にか、青空が広がっていた。
僕は下鶴氏と、再び姫哭山へ登った。
果たして頂上は、さきほどの荒天が信じられないほどの、爽やかな晴天だった。
「これは……」
僕がポカンとして空を見ると、下鶴昌之は笑って、
「この山の天気がコロコロ変わるのは、戦国時代に滅ぼされた葛原一族の、怨念のなせる業や、なんて古老たちは言うてましたがね……」
「なるほど」
いかにも、昔の人が言いそうなことだ。
僕は下鶴昌之と共に、強い日射しですっかり乾いた草の上へ、腰を下ろした。
「……で近江さん、あの八幡宮の宮司さんのことですがね、その八年前の火事いらい、すっかり気落ちしはりましてな。高齢で、しかも昔から病気勝ちやったさかい、それから一ヶ月も経たんうちに、亡くならはりました」
「跡継ぎは、いらっしゃらなかったのですか?」
「いちおう娘が一人、おったんですが……」
下鶴昌之は、なにやら意味ありげな笑みを、口許に浮かべた。
その娘こそが、金澤あかりの母親だ。
「その娘(こ)は、とても神職を継げるような、そんな性格やなかったんです……」
どんな性格だったのか、それは口許に浮かべた笑みが、暗に示していた。
僕はなんとなく察して、「ああ……」と小さく頷くに留めた。
「せやから将来的には、いま京都に住んではる遠縁の人が、掛け持ちで受け継ぐことに決まっていたようです。ただ……」
「ただ?」
「秋のお祭りで、朝妻歌舞伎を奉納する前に舞われる三番叟だけは、どうしても宮司さんは自分が生きている間に、溝渕さんから取り戻しておきたかったんですわ……」
図書館で調べたことが、頭にパッと思い出された。
が、下鶴昌之の前では「?」という顔をした。
下鶴昌之は、僕が図書館で調べたことと同じような説明してから、
「……昔、宮司が夏に肺炎で、入院したことがあるんです。そのために、秋祭りの三番叟を、子どもに教えられる人がおらんようになった。その時にしゃしゃり出……、はは、いや、ピンチヒッターを名乗り出たのが、溝淵さんやったんです」
前々任の師匠に嫌われて助手を“解任”されて以来、しばらく鳴りを潜めていた溝淵静男は、“返り咲き”のチャンスを虎視眈々と狙っていたわけだ。
「普通やったら、決してあり得へんし、許されんことです。が、ほんらい代行するべき娘は、とてもそんな器やない。結局、そのとき限りの“特例”として、任せざるを得なかった。……溝淵さんとしては、目論見通りいうところでしょう」
下鶴昌之の皮肉を含んだ口ぶりに、溝淵静男への本音が滲み出でいた。
「その後、宮司さんは幸い退院して、日常生活に支障のないまでには回復しはったんですが、三番叟を人に教えるといった、体に負担のかかるようなことは、出来んようになってしまった。結局、そのまま溝淵さんが、引き続き代行することになって、現在に至っておるのです」
ようするに、なし崩しにまんまとかっさらった―
下鶴昌之はそう言いたげにも見えた。
続