ラジオ放送で、和泉流狂言「無布施経」を聴く。
十疋のお布施をうっかり忘れてゐる壇家になんとかそれを思ひ出してもらわうと、あの手この手の苦しい説法を繰り廣げる凡僧の悲哀劇。
この狂言に登場する僧は決して強欲張りなのではなく、ひと月くらゐならば生活に困らないがしかし慣習(前例)になっては差し障るしょせん市井人、と云ったところがミソだ。
そもそも演者じたいに愛嬌がなければ、僧がただのさもしい坊主にしか見えなくなる難しい狂言だが、かつてTV中継で觀た故人四世茂山千作のやうに、やることがいちいち過剰でも却ってイヤミになる。
今回出演した和泉流の演者は、舞臺はさっぱり面白くない人だが、音聲のみであることが幸ひ、情景は自分の頭でつくり、十疋を賭けた哀しい駆け引きを笑って同情できた、朝のひととき。