八月三十一日。
朝八時に西新宿の現地へ赴いてみると、大型トラックの後ろにマイクロバスが停まっていて、なかから杏子さんが出てくるなり、「あ、こっちこっち」と手招きするのでそちらへ走って行くと、「さ、早く」とわたしの腕を掴んで、引きずり込むようにしてバスに乗せました。
バスは直ぐに走り出したので、どうやらわたし待ちだったようです。
バスには劇団員と思しき男女が数人乗っていて、みんな既に居眠りをしていました。
「昨日はどうも。いきなりでゴメンね。ま、空いてる席に適当に座って」
と、杏子さんはいきなりバスに引っ張り込まれて訳が分からないでいる私を席に座らせると、運転手の傍へ行って、
「あのコが、今度来たコです。えっと…」
とわたしを振り返って、「ねぇ、あなたの名前、なんだっけ?」
と苦笑いをしました。
「高島陽也、です」
わたしは自分の名前がちゃんと認識されていなかったことに、軽いショックを覚えました。
「あ、そうそう。高島陽也さん、です。男のコみたにな名前だけど、れっきとした女の子なんですよ。本名なのよ、ね?」
「はい」
運転席の男性は「ふ~ん」といった、あまり興味のなさそうな目で、チラッとバックミラー越しにわたしを見ました。
この人が、わたしの名前に「!?」な反応を示さなかった、自分の記憶のなかでは最初の人でした。
「それで高島さん、向こうに着いたらちゃんと紹介するけれど、いま運転しているこの人が、ウチの座長の飛鳥武流(あすかたける)さんね」
あら、この人が…。
「高島陽也と言います。この度はお世話になります」
わたしが慌てて立ち上がると、座長サンはやはりバックミラー越しにわたしをチラッと見て、「よろしく」とだけ返しました。
ミラー越しに見る容貌の第一印象は、「若い」―と言っても三十代後半くらいですけど―ってことでした。
劇団座長と聞いて、もっとオッサンをイメージしていたので…。
「このコ、まだ十九歳なんですって」
杏子さんの言葉に、座長は今度は初めて、「ほう」と関心のある目を向けました。
やっぱ年齢(とし)を気にするか…、と思っていると、杏子さんはすかさずこう続けました。
「ちょっと座長、“おサケは二十歳になってから”、ですからね…」
と、最後の一言をやけに含みのある言い方をしたことに、わたしの心はザワザワっときました。
そして生田杏子という中年女性に対して、なんて言うのかしら、なんかこう、品がないっていうか、イヤーなものを感じました。
すると座長は、ハンドルを握って前を向いたまま、
「あのさ、くだらねぇこと言ってねぇで席に座ってろよ。危ねぇからさ」
と、イラッとした口調で杏子さんを制しました。
口をへの字にして肩をすくめながら最後部の席へ戻る杏子さんを見て、わたしはこの人のキャラがだんだんと見えてきた気がするのと同時に、座長の飛鳥武流さんに対しては、おっかない感じの人、という印象を抱くようになりました。
〈続〉
朝八時に西新宿の現地へ赴いてみると、大型トラックの後ろにマイクロバスが停まっていて、なかから杏子さんが出てくるなり、「あ、こっちこっち」と手招きするのでそちらへ走って行くと、「さ、早く」とわたしの腕を掴んで、引きずり込むようにしてバスに乗せました。
バスは直ぐに走り出したので、どうやらわたし待ちだったようです。
バスには劇団員と思しき男女が数人乗っていて、みんな既に居眠りをしていました。
「昨日はどうも。いきなりでゴメンね。ま、空いてる席に適当に座って」
と、杏子さんはいきなりバスに引っ張り込まれて訳が分からないでいる私を席に座らせると、運転手の傍へ行って、
「あのコが、今度来たコです。えっと…」
とわたしを振り返って、「ねぇ、あなたの名前、なんだっけ?」
と苦笑いをしました。
「高島陽也、です」
わたしは自分の名前がちゃんと認識されていなかったことに、軽いショックを覚えました。
「あ、そうそう。高島陽也さん、です。男のコみたにな名前だけど、れっきとした女の子なんですよ。本名なのよ、ね?」
「はい」
運転席の男性は「ふ~ん」といった、あまり興味のなさそうな目で、チラッとバックミラー越しにわたしを見ました。
この人が、わたしの名前に「!?」な反応を示さなかった、自分の記憶のなかでは最初の人でした。
「それで高島さん、向こうに着いたらちゃんと紹介するけれど、いま運転しているこの人が、ウチの座長の飛鳥武流(あすかたける)さんね」
あら、この人が…。
「高島陽也と言います。この度はお世話になります」
わたしが慌てて立ち上がると、座長サンはやはりバックミラー越しにわたしをチラッと見て、「よろしく」とだけ返しました。
ミラー越しに見る容貌の第一印象は、「若い」―と言っても三十代後半くらいですけど―ってことでした。
劇団座長と聞いて、もっとオッサンをイメージしていたので…。
「このコ、まだ十九歳なんですって」
杏子さんの言葉に、座長は今度は初めて、「ほう」と関心のある目を向けました。
やっぱ年齢(とし)を気にするか…、と思っていると、杏子さんはすかさずこう続けました。
「ちょっと座長、“おサケは二十歳になってから”、ですからね…」
と、最後の一言をやけに含みのある言い方をしたことに、わたしの心はザワザワっときました。
そして生田杏子という中年女性に対して、なんて言うのかしら、なんかこう、品がないっていうか、イヤーなものを感じました。
すると座長は、ハンドルを握って前を向いたまま、
「あのさ、くだらねぇこと言ってねぇで席に座ってろよ。危ねぇからさ」
と、イラッとした口調で杏子さんを制しました。
口をへの字にして肩をすくめながら最後部の席へ戻る杏子さんを見て、わたしはこの人のキャラがだんだんと見えてきた気がするのと同時に、座長の飛鳥武流さんに対しては、おっかない感じの人、という印象を抱くようになりました。
〈続〉