「黒蜥蜴」で思い出すのは、明智小五郎が謎解きをする江戸川乱歩の探偵小説。
年配の演劇好きだったら、三島由紀夫の戯曲「黒蜥蜴」を、三輪明宏が演じた妖艶な姿。
今回の「黒蜥蜴」は、劇団SPACが演じる舞台演劇で、演出は宮城 聡、黒蜥蜴を演じる女優は たきいみき。
写真は静岡グランシップ・設計は磯崎新氏、船の形をしている巨大な建造物でこの中に静岡芸術劇場もある
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美しき怪盗・黒蜥蜴と、名探偵・明智小五郎の息をのむ対決! 敵意はやがて奇妙な愛へと変わる・・・。
お話のストーリーはおよそ見出しのキャッチコピーのようなもの。
SPACの俳優さんたちはよく訓練されていて、セりフの一語一語が歯切れよく鮮明で、言葉で描かれた黒蜥蜴の世界を、とても判りやすく表現していると思った。
空間をシンプルに切り取った舞台も、無駄がなく舞台に陰影を創りだすことに成功していた。
限られた空間の中で、限られた言葉を使い、限られた時間の中で、見る人にストーリーではなくストーリーを超えた何か
(ここでは三島由紀夫の言葉で語られる三島由紀夫の美の世界)
を伝えるということ,それが大変なエネルギーを要するとてつもなく難しい仕事だということを改めて思った。
例えば言葉(セリフ)について宮城聡氏はこう言います
言葉というツールを使って一つ一つのレゴブロックを積んでゆくように語る明智小五郎のセリフと、占い師のように何かがハッキリ見えてしまって見えたものを描写するように語る黒蜥蜴のセリフと、三島由紀夫という人は、ある時は言葉を思考の手段とし、ある時は見えているものを描写する手段として使って、その思考の形を明智と黒蜥蜴の二人の人物に分けたのでしょう。その意味では二人は三島の分身なのです。その二つの形態が明智と黒蜥蜴との出会いによって、正反対の語りにかわることによって黒蜥蜴の揺らいでゆく様子を表現しています。
そして、最後、「黒蜥蜴」は美しく死ぬのですが
僕が思うのは、三島由紀夫は自分の人生そのものを一つの作品としてとらえていて、その作品のフィナーレをどうするか考えた末に、いちばんにいい結末だと思えた終わり方を選んだのではないかと言うことです。自衛隊総監室での切腹というのは、最高に格好いい終わり方ではないけれど、もう「かっこいい終わり方」というのは存在しないと考えていたと思います。かっこういいどころかむしろ滑稽な終わり方であることを自覚していて、しかし、そのように滑稽に終わることこその時代においては「本質的」(表面的なきれいごとではない深いインパクトがある)と彼には思えたのではないでしょうか。
(宮城 聡演出ノート、「三島由紀夫と黒蜥蜴」)から抜粋
家に帰ってパンフレットにあった文章を読みながら、なるほど三島由紀夫の自決をこんな風に読んで、こんな風に「黒蜥蜴」と重ねるのか、とみょうに納得。自分の「美意識」をどう考え、どう形にするのかは、もの創りを仕事とする身にとっては、一番気になる一番むづかしいところ。感慨深い舞台であった。
こんな素敵な芝居が静岡で見れるなんて嬉しいことだ。
黒蜥蜴役のたきいみきさん。いつか家に遊びに来られて一緒に食事をした人とは思えない妖艶な姿に感動!