蝋梅や小鳥のこえの散るはやさ
ご無沙汰しました。あっという間に1月も終わりに近づききました。
去年の暮、私は東京にいました。すでにコロナは拡大しつつありましたが、まだ go to トラベルも行われていた時期です。でも新幹線はがら空きで一車両に乗客は数人しかおらず、三人掛け座席を独りで独占して東京駅に着きました。あえて、東京駅日本橋口の近くにと選んだ最後車両から改札口まで、ほとんど人と接触することもなく一時間余りで東京に到着しました。日本橋口のロータリーには娘の車が迎えに来てくれていて、自宅からほとんど他人と接触することなく東京の家まで付くことができました。
それでも、「東京は危険だ」という観念が強くあって、何とはなしの罪悪感を感じながらの東京でした。地方の人が感じている東京という大都市の無限の闇の、その恐ろしさとでもいいましょうか、漠然とした不安です。でも東京も思ったより静かで、それでもコロナ対策をしながらの年の瀬の東京でした。
お正月は静岡の家でという私の気持ちもあって、娘たちの家族と、大晦日の午後の東名を走り帰省しました。いつもの年末なら一日がかりの東京~静岡間がノンストップの2時間半という速さでした。それでも「みんなが自粛しているんだな」ということへの後めたさがありました。
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「後ろめたさ」が「責任の重さ」に変わったのは、みんなが帰った後からでした。「もし私がコロナにかかっていたら・・・」という不安。最も危険とされる高齢者は私です。私が感染したらみんなが共犯者になってしまう、そんな無言の強迫感に襲わました。冬の寒い日が続いたこともあって、それから後の2週間はほとんど「家籠り」。その間にも各地で感染者が増加し、事態は悪化して再び緊急宣言が出されるまでになりました。
それから2週間、大寒を過ぎて春の気配がしてきました。
家族はみんな元気です。もちろん私も元気です。それは当たり前のことなのに、何故かそれが当たり前でないような日常、それが今の私たちの不条理な現実です。
それでも、自然は当たり前に巡って、我が家の庭の樹々も静かに大きく深呼吸を始めたようです。
いつもの我が家の春一番、白いクリスマスローズが一斉に咲き始めました。
春の初釜を飾る 侘助 も、今年はいつになく満開の華やかさです。
谷津山から遠くに見えるのは雪のアルプスです。
山の樹々もモゾモゾと動き始めたような感じです。
そして早くコロナが終焉しますように!