旅の宿を「ホテル」としないで「宿屋」としたのには、少々分けがある。
午前中に名古屋から飛行機に乗り、そのまま機内で一夜を明かし、フランス・ドゴール空港に到着したのは次の日のお昼過ぎ、そこからさらに飛行機を乗り継いでランクフルトへ。そしてさらにそこからドイツ鉄道でデュッセルフドルフにいき、さらにそこから車で30分あまり走って、ようやくクレーフェルトに着いた時には、夜もかなり更けていた。
私はひとり宿の前で車を降ろされた。
宿の入り口は閉まっている。渡されたカギで玄関を開け、中に入ったが誰も出てこない。カギを頼りに狭くて薄暗い階段を、トランクを持って3階まで上がった。部屋はかなり広いツイン部屋で、シャワーもついている。疲れていたのでその日はそのまま眠ってしまった。
ここはいったい何処なのか、手続きはどうなっているのか、皆目分らない。
恐る恐る昨夜の階段を下りて1階のドアを開けると、そこは昔ながらのドイツ風の装飾のダイニング。年配のおじさんがひとりカウンターに座って新聞を読んでいる。
私は、たどたどしい英語で名乗り、ここに3日ほど泊めて欲しいこと、どう手続きをするのかをきいてみた。ところが、全く通じない。いろいろやってみたがどうしてもダメ。(後でドイツ語しか通じないことが分ったのだが)
一人旅には慣れているつもりだったし、大概のことは何とかなるとたかをくくっていたが、この時はかなりあせった。ここからどうやって次の行動を起こせばよいのか分からない。
それでも、朝食はいわゆるコンチネンタルのセルフサービスだから困らない。
お客は私ひとりきり。
ゆっくりとコーヒーを飲んでいると、今度は年配のおばさんがやってきて何だかしゃべっている。何のことかさっぱり分らない。ハムやソーセージについて言っているようなので、黙っておばさんについていった。何のことはない、冷蔵庫にしまってもいいか、ということだった。ここの朝食は9時半まで、それを過ぎていたから片付けるということだったのだ。
ここは、日本風に言えばいわゆる田舎の「宿屋」。年配の夫婦がのんびりと経営し、ベットとブレックファウストを提供する。お客は、家と部屋の鍵を渡され、いつでも自由にこに出入りすることができるが、家のドアはいつでも閉まっていて、夫婦も朝しか顔を出さない。いたって簡便な仕組みの「宿屋」である。
ちなみに一泊の値段は60ユーロで、ホテルの半分だ。
私はここに3日間滞在し、何とかおじさんとコミュニケーションがとれるようになったが、3日間持ち歩いたあのどっしりと重たい、クラフト作品みたいな鐘の形をした立派な玄関鍵の写真を撮るのを忘れたのが、いかにも残念だ。
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