バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

内なる葛藤

2006年04月14日 | 障害児の親
告知されてからバンビが退院するまでの3ヶ月近い日々は
家事の合間に搾乳して、毎日NICUに面会に行くという生活で
割と時間に余裕があったので、ネットや本でPWSのことを調べまくっていた。
そのことは先日も書いたとおり。
いろんなことに想いを巡らして 毎日泣かない日はなかったと思う。

障害児だからって、何故悲しいのだろう? 待ち望んだ我が子の誕生なのに。

”普通に生きられないのでは? 将来いじめられるのでは? ちゃんと産んであげられなくてごめんね。・・・”
障害児として生まれたわが子に感じるどうしようもない劣等感?と負い目は
言い換えれば私の中にある障害者への差別意識(無意識の偏見)に違いなかった。
そういうことに気づいて また何とも言えない自己嫌悪に苦しんだ。

当時、SMAPの「世界に1つだけの花」が流行っていて
私も好きで、NICUでよくバンビに小声で歌って聞かせていたのだけど。

-比べることに意味はない-
わかっていても、どうしても”普通じゃない”バンビを ”普通の子”と比べて考えることをやめられない自分がいて
自分がダメな人間のようで苦しかった...。

何で私なの? 何でバンビなの? この質問にほんとは答なんてないのに。

でも、これもまた障害児の親の多くが通る道なんだって、後になって知ったのだった。
今では何で(誰に)紹介されたのかもう覚えてないけれど
その頃読んだ本に そんなようなことが(曖昧ですみません)書いてあった。

今どき、しょうがい児の母親物語

ぶどう社

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今、改めてこの本を読んでみたら 当時は理解できなかったことが実感としてわかるようになっているかもしれないな。
私もたった3年だけど、障害児の母親として毎日一生懸命子育てしてる仲間のひとりだと 今は自分で言えるから。