バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

声を上げること

2016年09月21日 | 障害児の親
先日、区による障害福祉団体へのヒアリングというのに、私も初めて参加させてもらった。
いろんな団体にヒアリングをして、その結果が平成30年度からの障害者福祉施策の計画策定の基礎資料になるんだって。


「できる(いつできる、どこまでできる)、できないはともかく 言ってもらわないとわからないから、何でも言ってください。」という声に背中を押され
日頃の想いをぶつけて参りましたとさー。

それがこのシート ↓




ちなみに、うちの区の平成27~29年の障害者福祉計画がこれ → 総数86ページの巻物みたいなヤツ


いちばんの問題は、子どもが生まれてから生涯を通じてトータルに支援を考え面倒みてくれるところがない ってことなんだと思ってる。

最初は 子育て支援(これは障害有るなしに関わらず)で
療育手帳取って福祉サービス受ける辺りから 障害福祉管轄になって
で、学校に関しては 教育委員会。

この3つが連動・連携して機能してない。


最近でこそ、子育て支援の部分が多少充実してきて、障害を告知された後フォローが入って療育までにはつながるようになったらしいけど
私の時にはそれさえなくて、誰に・何を・どう聞いたらいいかもまったくわからず、途方に暮れたもんね。
絶望するしかなかった。

でも、いまでも公的療育は就学の時点で”あとは学校で”と言われて なくなってしまう。
学校の先生は 特別支援教育に携わる教師であっても、教育のプロかもしれないけど、福祉のこと知らないし
卒業後の子どもの生活がどんなものかもわかってない。

小学校なら6年間の、中学なら3年間の(進学という観点で高校くらいまでは何とか かもしれないけど)ことしか
まぁ責任もないからね。関心もないのかも。


子育て支援とか教育委員会とか そりゃ責任の範囲があって、役割分担は必要なのかもしれないけど
それは役所の都合であって
子どもの育ちという視点で考えたら、流れは1つなんだもん。関係ないのにね。

教育と福祉が連動してないから
就学相談で特別支援教育の流れに入れられても、療育手帳が取得できなくて支援が受けられずに
生きづらさを抱えたまま苦労する人はたくさんいる。

今回は 福祉に関するヒアリングだったから教育の話はあんまりプッシュしなかったけど
特別支援の名の下に、育ちに遅れや偏りのある子をどんどん普通級から分離していく施策は本当に有効なんだろうか?

一度分離されたら、違う流れの中に生きる存在と認識されて、二度と合流は叶わない。
学校はそうやって分離していくけど、卒業後に出ていく社会は 分離されていないし、されるべきものでもない。
なぜ、学校だけがそういう施策を取るのか...。



あと、本人支援は児童発達支援とか放課後等デイサービスとかで充実してきてるんだろうけど
家族支援 という視点での事業が不足していることは 先日の記事にも書いたとおり。
ペアレントメンターのことも改めて言っておいた。


そして、障害者理解という観点からの地域の関わりに関する取り組みがほとんどない。
(これも結局 学校の分離施策が大きいと思ってるけどね。)
相模原のあんな事件があって、今こそ 障害者理解とか共生という観点での提言なり施策が必要なはずなんだけどなー。


てなことを 熱く語って参った次第...。



86ページの巻物に書いてある障害福祉施策って、実はどれも区民である私達の身近な生活に直結している。
まずは関心を持つことが大切。でも、普段はやっぱり他人事感があるよね。


そしてやっぱり、声を上げるって大切なこと。
子どものために 少しでも現状を良くしたい と思うなら、声を上げて伝えていかないと。

でも、個人で声を上げても届きにくい。
やっぱりこういう団体であるからこそ、お役所がヒアリングして意見を吸い上げてくれるんだよね。

組織であることの意味は そこにあるんだろう。
親の会に入る意味がわからない っていう声はよく聞くけど、そこを理解してくれよ と思う。
大きい(人数が多い)組織の声は 役所も無視できないんだよ。

だから、手をつなぐ親の会とか、PWSの親の会とか 幽霊会員でもいいからとにかく入ってくれたらいいのになぁ と思う。
その会費で会が活動することで、あなたの子どもにも恩恵がもたらされる(かもしれない)のだから。



バンビが赤ちゃんの頃は ほんとに支援がなかった(少なかった というのが正確かな。あるにはあったけど届かなかった。)から
私はとてもハングリーだと思う。

誰に・何を・どう聞いたらいいかわからなかったら、誰にでも・どんなことでも聞きに行った。
我が子のために 少しでも何かないか、どうにかならないか。
そのうち どこにどうやって聞いたら何が得られるか わかるようになってきた。
人脈も増えて、口コミ情報も入るようになった。
自分の想いをどうやって伝えたらいいかもわかるようになった。

そうやって13年続けて、今の私がある。
私の経験値が上がって、スキルが高まった。そんなカンジ?(ゲームのキャラクターか!)


日本の福祉は申請主義だから、申請しに来た人にだけサービスを使わせてくれる。
使わないと それで足りてるとみなすから、量や時間やお金を増やしてはくれない。

今 子育て支援の段階が充実してきて、誰でもファーストステップでは支援とつながるようになった。
それ自体はとても喜ばしいことだと思う。
でも、次(福祉の段階)は自分でつかみにいかないと 誰も手を差し伸べてくれないっていう
そこの切り替えが かえってできにくくなってるのではないかという懸念もある。

特に就学してから以降は そういう情報がある人に、動いた人だけに サービスがもたらされる。
親に 情報と、体力的・精神的・時間的・経済的余裕があるかないかで 子どもを取り巻く環境の充実度に差がつく。

この辺も課題。



こういうことを どんどん伝えていかなくちゃ。
手を携えて、前に進んでいかなくちゃ。
そんな想いを新たにしたので、これからも頑張ろっと。 
まずは地元の仲間づくり。増やしていかないとね。
Go!Go! 私

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com

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