他人の話をよく聞けるといいのだが

 

  古代遺跡の検証を現在の国家的な立場にとらわれないでする事の大切さを日韓双方の歴史学者が延べているのをNHKが伝えていた。

   その意義の説明に幾度も(世界のグローバル化)の言葉を用いていた。

   きっとその学者は従来やって来た一つの遺跡(事実)を1方向から検証するのではなく、地域やグローバルに検証する事の大切さを伝えたかったのだろうと聞いていた。

   古代遺跡に関わらず、それは近現代史の出来事や時事問題も同じだろうし 政策決定などの今後を想定する場合も同じではないかと思う。 

  一方的な見方や解釈は従来の考古学や歴史学だけでなく現在の政治や経済の検証においても同じようだ。

   広く視座をとって無数の彼我の関係で物事を捉えようとすれば、 対話では否が応でも他人の話を傾聴しなければならない。

   自分を含めそんな人がどれだけいるだろう?

    残りもあまりないが、少しでもそんな人に近づけたらいいと思う。

 

 

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  見守ろう

 

     幸せを求める2人が協力すれば幸せになる可能性はあるが 二人が力を競い争っていては二人とも幸せになるのは難しいだろう。

    それは地上の70億の人間の願いも同じで、現在のように弱肉強食とまで言われる競争社会にあっては 世界全体が平和で繁栄するのはより難しいことになる。

それどころか、地球環境を破壊し、自らの存否すら危うくしているのが現実。

    次代の準備の整わない現在は 混迷し時代末期の退廃的な文化(政治・経済・教育・文化)が 支配し世相をなしているようだ。

   しかし、次代の準備は整ってはおらず理念や生み出す力も弱いが 確実に新しい小さな芽は吹きだし育ってはいるようだから、静かに見守りたい。

    

   

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