アフターコロナへの期待

      アフターオリンピック アフターコロナが待たれる。

  経済再建の声が聞こえるが、実際はそう容易くは行かないだろうと思う。

   むしろ混乱は続き公が喧伝する旗を裏切るような危機が増えるのではないだろうか。

   しかし,市民による世界の持続可能性に繋がる新たな動きが増幅し、人々は希望を見い出すのではないかと 期待している。

    これが 私の両アフターへの期待であって 喧伝されてるものとは真逆なり。そんなトンネルの抜け方をするんだと考えている。

 

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船長のいない船

  自然界に目をやる世界のリーダーが見当たらない。

 地球号には船長が居ないに等しい。 自然界は大荒れなのに 船員は お客を放ったらかし二手に分かれて仲間争いに明け暮れる。

   波風が強まり氷山が近づいても 知らせる船長が居ない。

   

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命の宿らぬ言葉

自然界が大異変している時に 自然抜きで世界や社会を語る政治家や専門家 その音頭を取るジャーナリストやメディアはプラスチックで出来た箱庭のようだ。チョット目には綺麗なんだけど命は宿らず。

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謙虚に成れる資質

 万能なリーダーや専門家はいない。

 結局 リーダーや専門家の資質は他者に耳を傾けられる謙虚さではないだろうか。

 謙虚さを感じさせるリーダーや専門家少ない。 しかし謙虚になれる資質は誰もが持っている ここにいる 私だって‥

 

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仮の人工衛星に乗って

仮に

 一日に4周出来るような人工衛星に乗って地球を観察する。気候の異常さやコロナ禍は2~3日もすれば気が付くだろう。

  どうしたって人間がどう動いているかに目は行く。(ここでは かなり性能の良い電子望遠鏡が必要か?)

   当然一定の仕組みの中で動いていることに気が付く。

   その仕組みは 資本主義 民主主義 独裁政治 社会主義 色々ありそうだけど どれも自然を離れた根の無いイズムであり、周りの環境の変化にあまり気を配っていない所は共通している。 観察し始めた 気候の異常さやコロナ禍に対して しっかりした対応になっていない。今、地上で人類は何を考えどうしようとしているんだろう?

  (仮の人工衛星に乗って地球を見た感想)

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リーダーに求められる資質

 家の細々したことは家の中に居なくては分からない。しかし家全体の事は家から一歩離れて外から見ないと分からない。

 各界のリーダーも同じだろう。例えば 政界の細々した事を語るリーダーは多いが 社会の全景を語るリーダーはあまり見られない。

 オリンピックが良い例で、先々上手く行く筈がない  何故なら 先を予測していないのだから。

 辺りを見ずに運転し続けては 今日のようになるのも仕方ない。そろそろ気が付く頃だとは思うが‥ ここまで来るとリーダーの問題と言うより

 本当に気が付かないのは それに乗っている我々市民であって 私たちは自分に問いかけるべきだ。

 

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何処から見るか?

   私にとっての大発見。

 見ている位置によって 見えるものと見えない物がある。

  家の形は 家の中に居ては見えず、外へ出て見る他ない。

  国の形を見たければ 国から離れて見る他ない。

  世界の現状を見たければ 地球から離れないと見られない。

   この社会は完全に自然の中に浮かんでる。

   温暖化 コロナ禍‥ の世界を語る時  それがG7であれ 米ロの問題であれ オリンピックであれ どうして自然を抜きに語れよう。

   あらゆる時事問題は 自然抜きに語れようか。

      例えば 教育問題は 自然との関係で語られているだろうか。 

      例えば  経済 政治 芸術‥ が

が‥

  

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