<月曜はお勧めなおはなし>
東京のJR山手線北口からすぐのところにある田端文士村記念館へ行って来ました!
入館無料です。
![1img_6961 1img_6961](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/de/00e5067e511909328cf0ae607189e116.jpg)
↑田端文士村記念館の外観
東京のJR山手線の北方面にある田端の辺りは、明治中期までは閑静な農村で、まさに「田畑」=「田端」だったようです。
ところが、明治22年に上野に東京美術学校(現在の東京芸術大学)が開校されると、上野とは台地続きで便が良かったことなどから、東京美術学校を目指し、学び、巣立った若者たちが田端に住むようになったようです。
明治33年には小杉放庵(洋画家・歌人)、明治36年には板谷波山(陶芸家)、明治40年には吉田三郎(彫刻家)、明治42年には香取秀真(鋳金家・歌人)など芸術家たちが続々と移り住み、画家を中心とした「ポプラ倶楽部」も誕生するなど、田端は芸術家村となったようです。
そして、大正3年には当時学生だった芥川龍之介(小説家)、大正5年には室生犀星(詩人・小説家)が田端に移り住み、競うように作品を発表・名声を高め、やがてこの二人を中心に菊池寛(小説家・劇作家)、堀辰雄(小説家)、萩原朔太郎(詩人)、土屋文明(歌人)らも田端に移り住み、大正から昭和の初期にかけて田端は「文士芸術家村」となったようです。
文士とは、小説や詩を書くことを職業にしている人のことです。
そのほか、童謡の野口雨情(七つの子、十五夜お月さん等)、サトウハチロー(小さい秋みつけた、リンゴの唄など)も田端に住んでいたようです。
![2img_6971 2img_6971](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/72/663f8ecf41528f65b23275ab550d3cd2.jpg)
↑田端文士芸術家村の年表
![3img_6969 3img_6969](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/c9/29a1c0c036eaf0d41551c1531339067e.jpg)
↑田端文士芸術家たち
この「田端文士村記念館」は、その文士芸術家たちの絵画・彫刻・陶芸・原稿・書簡・初版本等を紹介した施設です。
私が訪れた時には、以下の展示がありました。
特に(1)の関東大震災時の揺れや避難等の記述や、東北地方向けの電車が田端駅始発になったなど興味深かったですね。
(1)関東大震災と田端文士芸術家村
災害と田端文士たちとの関わりを示す作品、写真などを展示
(2)田端で花開いた女流文学
田端に在住した女流作家の作品・書簡・著書などを紹介
(3)女流作家 著書コーナー
女流作家の著書を一堂に展示
(4)田端の大衆文学作家と挿絵画家
田端に在住した大衆文学作家・挿絵画家たちの原稿・書簡・挿絵原画などを紹介
(5)岩田専太郎コーナー
挿絵画家として知られる岩田専太郎の作品を紹介
(6)田端の芸術家たち
田端に在住した芸術家たちの作品を紹介
(7)田端文士コーナー
芥川龍之介、室生犀星ら田端文士の原稿・初版本・色紙などを展示
またビデオコーナーもあり、以下の4つを視聴できました。
各約13分の映像です。
・田端文士芸術家村
・芥川龍之介
・板谷波山
・室生犀星
そのほか以下のパンフレットをもらうことができました。
①田端文士村記念館(上記の写真等)
②田端文士芸術家村しおり(文士芸術家それぞれの説明や年表・当時の地図・ゆかりの建物の説明など)
③田端文士村ガイド&マップ(子供向け)
特に「①田端文士村記念館」パンフレットには、以下の写真のように
散策マップがあり、文士芸術家が住んでいた場所を散策することができます。
これは文士芸術家ファンには堪りませんね!
![4img_6970 4img_6970](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/c3/892681566a93a6c7b0a51b4b21e5bab9.jpg)
↑散策マップ
「田端文士村記念館」は入館無料ですし、田端の文士・芸術家やその歴史等の勉強にもなり、とてもオススメです!
<田端文士村記念館>
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 :月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日と水曜日)
祝日の翌日(祝日の翌日が土日の場合は翌週火曜日)
年末年始(12月29日~1月3日)
入館料 :無料
アクセス:JR山手線田端駅北口から徒歩約1分
住 所 :東京都北区田端6-1-2
お勧めなお話(2012年下半期)
自動車保険を安く!
<今日の独り言>
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入館無料です。
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↑田端文士村記念館の外観
東京のJR山手線の北方面にある田端の辺りは、明治中期までは閑静な農村で、まさに「田畑」=「田端」だったようです。
ところが、明治22年に上野に東京美術学校(現在の東京芸術大学)が開校されると、上野とは台地続きで便が良かったことなどから、東京美術学校を目指し、学び、巣立った若者たちが田端に住むようになったようです。
明治33年には小杉放庵(洋画家・歌人)、明治36年には板谷波山(陶芸家)、明治40年には吉田三郎(彫刻家)、明治42年には香取秀真(鋳金家・歌人)など芸術家たちが続々と移り住み、画家を中心とした「ポプラ倶楽部」も誕生するなど、田端は芸術家村となったようです。
そして、大正3年には当時学生だった芥川龍之介(小説家)、大正5年には室生犀星(詩人・小説家)が田端に移り住み、競うように作品を発表・名声を高め、やがてこの二人を中心に菊池寛(小説家・劇作家)、堀辰雄(小説家)、萩原朔太郎(詩人)、土屋文明(歌人)らも田端に移り住み、大正から昭和の初期にかけて田端は「文士芸術家村」となったようです。
文士とは、小説や詩を書くことを職業にしている人のことです。
そのほか、童謡の野口雨情(七つの子、十五夜お月さん等)、サトウハチロー(小さい秋みつけた、リンゴの唄など)も田端に住んでいたようです。
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↑田端文士芸術家村の年表
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↑田端文士芸術家たち
この「田端文士村記念館」は、その文士芸術家たちの絵画・彫刻・陶芸・原稿・書簡・初版本等を紹介した施設です。
私が訪れた時には、以下の展示がありました。
特に(1)の関東大震災時の揺れや避難等の記述や、東北地方向けの電車が田端駅始発になったなど興味深かったですね。
(1)関東大震災と田端文士芸術家村
災害と田端文士たちとの関わりを示す作品、写真などを展示
(2)田端で花開いた女流文学
田端に在住した女流作家の作品・書簡・著書などを紹介
(3)女流作家 著書コーナー
女流作家の著書を一堂に展示
(4)田端の大衆文学作家と挿絵画家
田端に在住した大衆文学作家・挿絵画家たちの原稿・書簡・挿絵原画などを紹介
(5)岩田専太郎コーナー
挿絵画家として知られる岩田専太郎の作品を紹介
(6)田端の芸術家たち
田端に在住した芸術家たちの作品を紹介
(7)田端文士コーナー
芥川龍之介、室生犀星ら田端文士の原稿・初版本・色紙などを展示
またビデオコーナーもあり、以下の4つを視聴できました。
各約13分の映像です。
・田端文士芸術家村
・芥川龍之介
・板谷波山
・室生犀星
そのほか以下のパンフレットをもらうことができました。
①田端文士村記念館(上記の写真等)
②田端文士芸術家村しおり(文士芸術家それぞれの説明や年表・当時の地図・ゆかりの建物の説明など)
③田端文士村ガイド&マップ(子供向け)
特に「①田端文士村記念館」パンフレットには、以下の写真のように
散策マップがあり、文士芸術家が住んでいた場所を散策することができます。
これは文士芸術家ファンには堪りませんね!
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↑散策マップ
「田端文士村記念館」は入館無料ですし、田端の文士・芸術家やその歴史等の勉強にもなり、とてもオススメです!
<田端文士村記念館>
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 :月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日と水曜日)
祝日の翌日(祝日の翌日が土日の場合は翌週火曜日)
年末年始(12月29日~1月3日)
入館料 :無料
アクセス:JR山手線田端駅北口から徒歩約1分
住 所 :東京都北区田端6-1-2
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