学生に教えはするけど・・・・
この本を読んで、
認知症の人のことが覆った。
認知症の初期の人は
正常な時と認知機能が低下している時があり、
非常に混乱して苦しんでいると、
デイサービスで働いた経験から思ってはいた。
しかし、どこかでは、
何もかもわからなくなっているていで接していたような。
今でも、そのように接しているように思う。
幻視や見当識障害、記憶障害、段取障害、
自律神経の異常によって起こる全身の不調etcと
思った以上に、大変な混乱の中で生活している。
しかし、それをきちんと認識しており、
(だから混乱、苦しんでいるだと今思った。)
補おうと頑張っているんだと。
来年は※団塊の世代の人達全員が
75歳以上の後期高齢者になる年。
国民の4人に1人が75歳以上で、
高齢者(65歳以上)の5人に1人が
認知症になり、要介護者が増える見通しだ。
夫は後期高齢者、私は高齢者、
他人ごとではない。
この本に出合えてよかった。
認知症になったら、この本を参考に、
認知症をしっかり生きるぞ。
また、介護する側になったら、
認知症を正しく理解して、
いい介護をしたいと思った。
看護教育の場で働いている私、
この教育の場で学生に、
認知症の人のことを正しく理解して、
関われるよう教えて行こう。
※団塊の世代
第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年の
第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた人を言う。
樋口直美さんのホームページ
Naomi Higuchi official web site (peraichi.com)
NHKの大河ドラマを見ているので、
興味があって、
買って、読んだ。
紫式部は父為時の同僚で、
父と同年配の藤原宣孝と30歳前後で結婚。
一人娘賢子を産み、数年で夫とは死別している。
母親の紫式部は何事も慎重で、
感情を表に出さないタイプだったと。
娘の賢子は明るく、情熱的で、
細かいことにこだわらない性格だったよう。
賢子、紫式部の母親を殺した道兼の息子の
兼高と結婚をしている。
ありえんと思ったけど、
ドラマの方が脚色で、史実は違うんだろうなと。
兼高と結婚し、計画的に妊娠をし、出産と同時に、
後朱雀天皇の第一皇子・親仁親王(のちの後冷泉天皇)の
乳母(めのと)になっている。
この小説の中では、兼高と夫婦関係にあるうちに
高階成章と婚姻関係をもち、
20年間、連れ添った。
最後は大宰府の長官として成章は赴任し、
賢子は大弐三位という典侍だったため、
夫には同行できず、死別するまで、
別居生活を送っていたよう。
高齢になってからも歌人として活躍し、
平和な生活を送りながら、
80歳以上まで長生きしたそう。
女性の自立が難しい時代に、
冷静にしたたかに生き抜いた
素敵な女性だなと思った。
紫式部があまりにも有名で、
娘の賢子のことは全く知らなかったけど、
源氏物語の光源氏の死後を描く最後の「宇治十帖」、
及び光源氏について描かれた部分と
宇治十帖の間の42~44帖は、
作者が紫式部ではない、
もしくは誰かがあとから補筆したと言われ、
そのうちの宇治十帖の部分を手がけたのが、
賢子ではないかと。
また、小倉百人一首には、
「有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする」
という歌が掲載されている。
歌にも長けていたようだ。
是非是非、本を見つけたら、読んでみてください。
今じゃ知らない人のいない、夏井先生。
俳句を広めるために、いろいろご苦労なさったんだなぁと。
俳句は自分を慰めたり、喜ばせたり、
笑わせたり、ホロリとさせたり。
さまざまな感情とともに
心明るく生きていくための杖となれると。
また、誰かの言葉がそのまま俳句になると、
おしゃべり俳句を勧めておられ、
例えば、
子規の、「毎年よ彼岸の入りに寒いのは」
これは、母、八重さんの言葉がそのまま
俳句になっているのだそう。
もう一つ、
「初蝶来何色と問ふ黄と答ふ」は
虚子の俳句で、会話が
そのまま俳句になっている。
おしゃべりの一部が、
五七あるいは七五になっていることに
気づいたら、それを書きとめ、
なんとなく似合っていると思える季語を取り合わせれば、
「おしゃべり俳句」が完成するのだそう。
「おしゃべり俳句」なら、
なんとなく作れそうかも。
しかし、この本の中で、
「やかん」と「あがく」を漢字で、
「薬缶」、「足掻く」と書くのを知って、(・_・;)
今まで知らなくて、チョッと恥ずかしい。
「掬う」という字も読めなかった。
しかし、「薬缶」は何んとなく分かるけど、
「あがく」や「すくう」が
なぜこの漢字なんだろう・・・・・・。
いつだったか、書店で目に留まり、
買ってたこの池田晶子さんの本読んだ。
2007年に46歳でがんで亡くなり、
故人ではあるんだけど、著者本人にも興味がって
色々調べてみた。
とっても美人で若いときは
モデルもされていたようだけど、
そんな華やかさとは裏腹な
文筆生活をされていたらしい。
結婚されてるけど
子どもは作らないという条件だったらしい。
慶応大の哲学科を出られて、
考えることはどういうことかを
日常の言葉で語る「哲学エッセイ」を
数多く執筆されている。
とにかく「考える」ことだと。
「考える」ことは「本当のことを知る」ためだと。
職業柄、以前も今も、
考えたり、考えることを教える仕事をしている私は
口癖のように夫や子ども、学生に
「考えて」とよく言う。
自分は人に言うほどには考えないし、
どっちかというと自分を納得させるために考える。
それって考えた内に入らない???(・_・;)
そんなわけで、
池田さんの本爆買いして、
読んでみることに。