長野県立図書館にいったついでに、象山地下壕に行った。市営の無料駐車場に車をおいて、佐久間象山関係の史跡には目を向けず、地下壕入り口をめざした。入り口でヘルメット着用を命じられ、地下壕に入っていったが、何とまあその広さ。きれいに掘ってあった。すべて頑強な岩、大本営や天皇をここに移そうとした気持ちもわかるが、ここにこもって戦いをつづけようと考えた当時の支配層の無謀さにあきれた。
この地下壕を守るためでもあったろう、米軍が上陸してくる可能性がある遠州灘にも本土防衛のための軍隊が置かれていた。三方原という台地上に部隊は配置された。しかし、三方原の南方には平野が広がり、たくさんの庶民がそこで生きていた。庶民は、銃剣術ならぬ竹槍訓練に励んでいた。上陸する米軍を竹槍で迎え撃ちなさいというわけだ。そうした庶民を守るためではなく、台地上に兵士はいた。
ここでも、軍隊は国民を守らないところに置かれた。
司馬遼太郎が書いた文が思い出される。司馬は北関東の戦車部隊にいた。米軍が上陸してきたら南下して戦うことになっていたそうだ。司馬は上官に尋ねた。米軍が上陸するとたくさんの国民が北上してきます、そうなると戦車を南下させることはできません、そうしたらよいでしょうか。上官は答えた、ひき殺していけ。
軍隊は国民を守らない。軍隊は、国家権力を担う集団だけを守るのだ。もちろんそれは日本軍だけではない。
さて、その集団が最後の隠れ場所が象山地下壕である。その地下壕を掘ったのは、朝鮮人であった。
象山地下壕については、入り口付近にいる係の方が配布する簡単なパンフレットに書いてあるが、入り口近くにある「もう一つの歴史館・松代」という民間の歴史館に詳しい展示がある。
http://www.matsushiro.org/
この地下壕は、必見である。地下壕は無料である。
この地下壕を守るためでもあったろう、米軍が上陸してくる可能性がある遠州灘にも本土防衛のための軍隊が置かれていた。三方原という台地上に部隊は配置された。しかし、三方原の南方には平野が広がり、たくさんの庶民がそこで生きていた。庶民は、銃剣術ならぬ竹槍訓練に励んでいた。上陸する米軍を竹槍で迎え撃ちなさいというわけだ。そうした庶民を守るためではなく、台地上に兵士はいた。
ここでも、軍隊は国民を守らないところに置かれた。
司馬遼太郎が書いた文が思い出される。司馬は北関東の戦車部隊にいた。米軍が上陸してきたら南下して戦うことになっていたそうだ。司馬は上官に尋ねた。米軍が上陸するとたくさんの国民が北上してきます、そうなると戦車を南下させることはできません、そうしたらよいでしょうか。上官は答えた、ひき殺していけ。
軍隊は国民を守らない。軍隊は、国家権力を担う集団だけを守るのだ。もちろんそれは日本軍だけではない。
さて、その集団が最後の隠れ場所が象山地下壕である。その地下壕を掘ったのは、朝鮮人であった。
象山地下壕については、入り口付近にいる係の方が配布する簡単なパンフレットに書いてあるが、入り口近くにある「もう一つの歴史館・松代」という民間の歴史館に詳しい展示がある。
http://www.matsushiro.org/
この地下壕は、必見である。地下壕は無料である。