浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

物販

2017-04-13 21:58:02 | その他
 労働組合運動が盛んだった頃、労働組合は労働者の生活と権利を守るため、様々な闘いを繰り広げていた。そうした闘いを押しつぶそうと、会社側は様々な抑圧を加えてきた。しかし全国の労働者たちは、抑圧を受けながら闘っていた労働組合に、支援の手をさしのべた。

 闘う労働組合が入手した様々な商品を、全国の労働者が購入して、労働者たちの生活や闘いを支えたのだ。物販・・私も支援の輪に加わっていた。とくに国鉄が分割民営化の嵐に呑まれようとしているとき、国鉄労働組合(国労)の支部の闘いを支えるために、あるいは不当にもJRに採用されなかった国労組合員たちの生活を支えるために、私は飲めないビール(キプロスビール)をはじめ、キャラメルなどを購入し、物販に協力した。

 しかし、国鉄労働組合は、国鉄の分割民営化の嵐の中で、組合委員数を減らしていった。JRに採用されなかった組合員たちは、みずから商品をつくって販売し、生活の糧を得た。

 今年は「国鉄解体30年」。今日届いた『週刊金曜日』の特集が「国鉄解体30年」である。そのなかに、国労音威子府闘争団の記事があった。生活を守るために、彼らは羊羹や味噌をつくって販売していた。そして今も販売を続けているというのだ。

 NPOecoおといねっぷ

 NPO法人として、今は過疎が進む地域の雇用の受け皿になろうと頑張って、羊羹や味噌をつくっている。

 味噌は「安全/安心な味噌」として好評で、羊羹は「世界にも通用する究極のお土産」に認定されているという。

 私は今、羊羹と味噌を注文した。

 以下が、そのホームページのアドレスである。

 http://www.otoineppu.com/

 労働者の美徳とは、支えあう、ということだ。今は「支えあう」こともなくなり、すべてカネで解決しようという資本主義的競争が蔓延している。だが、「支えあう」ことは、いつの時代でも大切なことだ。

  
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人間をみる

2017-04-13 20:23:18 | その他
 浜松市にある小羊学園。心身の発達にハンディキャップを持つ子どもたちの生きる場所である。今ではこの小羊学園の施設は、浜松市だけではなく静岡市にもある。

 その小羊学園が発行している「つのぶえ」を毎月読んでいる。理事長の稲松さんの奮闘ぶりだけではなく、そこで働いている方々の気持ちや動向なども記されている。そのなかで教えられることがある。

 私は、どのような人間観を持つことも自由ではあるが、その人間観には、ハンディキャップを持ったいかなる人をも包摂するものでなければならないと思っている。

 さて2月号のそれには、自閉傾向のあるSさんのことが記されていた。

 Sさんは、ほぼ毎日一定のパターンで暮らしているそうだ。そのなかに、枯葉がぱらぱらと落ちていくさまを眺めること、玄関先で枯葉をちぎることがあり、それを専らの楽しみにしているのだという。

 Sさんにとって、それは重要な意味あることなのだろう。

 時間に追われ、カネを稼がなければならないと動き回っている人には、まったく理解できないことだろう。しかし、私たちは、Sさんのそういう生き方をも包容するような人間観を持たなければならないと思う。こうしないと価値がない、という人間観ではなく、ただ「ある」ことに価値をみつけること、それが根底になければならないと思う。

 「つのぶえ」では、「リフレーミング」という聞き慣れないことばの説明が記されていた。「肯定的な意味づけ」というのだそうだ。「ある事象をネガティブに捉えるのではなく、肯定的に捉えポジティブな支援につなげていく、良いところみつけの手法」。

 「つのぶえ」には、「小さい者の一人が滅びることは天にいますあなたがたの父のみ心ではない」と、いつも記載されている。いい言葉だと思う。別にキリスト者だからというものではなく、ただ「ある」ということに価値を見つける、そういう哲学的な思考がみられる。

 何者をも切り捨てない、生まれてきた者は、その生をおもいきり生ききること、どのようなハンディキャップをもっていようとも、生ききる権利を持つ。

 「つのぶえ」には、そういう豊かな精神が詰まっている。


 
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公務員の削減

2017-04-13 09:40:26 | その他
 世界主要国でもっとも公務員の数が少ない日本で、公務員を減らす「改革」が進んでいる。「行政改革」である。本来地方公共団体など公的セクターが担うべき業務を、自治体や国は、次々と「民営化」している。「民営化」、すなわち利益追求を本質とする民間企業にカネ儲けの場を提供しているのだ。

 浜松市では、1078人を減らしたと豪語している。

本市では、平成17年7月の12市町村合併以降、市民生活に直結する業務には必要な増員を図るとともに、事務事業の見直しやアウトソーシング※の活用などに積極的に取り組み、その結果、平成27年4月までに職員定数1,078人削減しました。
今後も、限られた財源のなかで多様化・高度化する市民ニーズに的確に対応していくために、更なる職員定数の見直しを進めてまいります。

※アウトソーシング…民間の専門性やノウハウの活用により、市民サービスの向上や行財政運営の効率化などを図ることです。


https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/houmu/gyoukei/dayori2.html


 しかしおそらく1078人を減らしながら、非正規雇用は増やしているのだろう。それでないと業務をこなしていくことは不可能だ。

 しかし「新自由主義」の政策の本質は、民間企業や支配層による「公」の取り込みである。それは公的なカネだけではなく、公務員を「私的」に使うことも入る。その典型が、わが日本で行われている。

 安倍昭恵の付き人は、すべて国家公務員であり、彼女は私的な行動に彼らを使っている。
 以下は、『日刊ゲンダイ』の記事。

 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/203361

 「公」のものは「公」に取り戻すことが必要なのだ。
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