浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

触発

2017-04-05 21:47:50 | その他
 鶴見の『身ぶりとしての抵抗』は、考えさせられるし、知らなかったことを教えてくれるし、知的刺激にあふれた本だ。

 他の本と並行して読んでいるので読み終わらないという側面もあるが、読み進むのをやめて考え込むということもある。

 今私は、「朝鮮人の登場する小説」という項目を読み終えたところだ。そのなかに「洋行小説」に言及したところがある。

 典型的な洋行小説と、その正統からはずれた外国風俗小説の中で、朝鮮を舞台にした小説がないことは、日本文学史上の事実である。日本にもっとも近い外国が朝鮮であることを思う時、朝鮮を舞台にした小説が、明治・大正・昭和にわたって、敗戦まであらわれていないということは、日本の近代文学の性格にかかわる一つの重大な出来事と言ってよい。(351)

 この指摘に、私は、ここでも佇んでしまった。何と言うことだ。近代日本が朝鮮に対して差別と偏見をもって臨んだことはここで指摘するまでもないことだが、しかし日本の文学者のなかでそういう差別と偏見から自由であった者がひとりもいなかった、という事実に、私は愕然とする。

 日本は、ほんとうに取り返しのつかない歴史をもっているのだということを思う。

 鶴見は、文学史を専門に研究しているわけでもないのに、この「朝鮮人の登場する小説」の項目は、全編私の感性を鷲づかみにする。

 アリランという歌の様々なバージョンにこめられた朝鮮民衆の思いに、ここでも私は深く深く心を動かされる。

 アリラン、アリラン、アラリヨ、
 わたしの肉体、ゴムでない。
 そんなにいくつもぬきさしすれば、
 燃えます、溶けます、腰が腐る。


 このバージョンは、誰によってうたわれたか想像できると思う。

 ふるさと、ふるさと、夢にみるアリラン峠よ。
 空は青く雲は白いが、
 一度なくした自由はもどらぬ。
 地上にみえるは日本の鎖につながれた
 朝鮮人ばかり。
 いつの日かわれら、アリラン峠に帰り、
 鎖のない同胞に逢えるであろうか。


 植民地支配下に置かれた民衆の哀しみがうたわれている。こういう事実を、わたしは知っていなかった。
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自己責任

2017-04-05 21:36:01 | その他
 復興大臣が、傲慢な反応をしたそうだ。

 自主避難者に対して、避難は「自己責任」だと言明した。東電には、そういうことは言わないのか。事故を起こしたのは東電だから、被害者への賠償金、廃炉についての費用もすべて自己責任で処理しなさいと、なぜ言わないのか。

 東電には莫大なカネを投下しておいて、まったく責任のない人々には「自己責任」で何とかしなさい?何てことを。

 原発事故で責任があるのは、東電と政府である。

 これが日本政府の本質である。本来責任をとらなければならないところが責任をとらず、責任がまったくない人々に「自己責任」を強いる。

 なお復興大臣の傲慢さを露呈させたのは、フリーの記者である。新聞社やテレビ局、雑誌記者など給料をもらっている方々は、こういう厳しい質問はしないのだろうなあ。
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ロシア革命100年

2017-04-05 16:51:37 | その他
 今年はロシア革命100年であるが、それに関して雑誌などが特集としてとりあげているという情報を、私はもっていない。

 昨日、『神奈川大学評論』86号が送られてきた。特集は、「ロシア・東欧の100年」である。最初が、歴史学者の和田春樹、文学者の亀山郁夫、法律学者の小森田秋夫の座談会である。そのほか、8人による評論が並ぶ。執筆者名を挙げることはしないが、錚々たるメンバーである。

 ロシア革命は、現代においても振り返るべき歴史である。近代世界に対し、根本からの批判を加えていた人々が、社会主義、コミュニズムを掲げて闘っていた以上、どこの国においてもロシア革命の影響は必ず受けているはずである。過去におきた大きな事件は、学問的にも検討すべきものである。

 同誌は、創刊以来、評判の高い。大学が発行している学術誌のなかでもトップクラスである。私も創刊号から長い間購読していたが、購読雑誌を整理したときにやめてしまった。しかし時に魅力ある課題が特集に取り上げているときは、購入している。

 本号は、実は読んでいない。明日から読み始めようと思う。
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たばこ

2017-04-05 00:04:20 | その他
 私はとても敏感である、たばこの煙に。

 JRの駅のホ-ムの隅に喫煙場所があった頃、遙か遠くであっても、私の鼻にはその煙が到達していた。駅の外で、たばこを吸う人がいる。私は息を止めて足早に去る。

 ラーメン屋に入ると、時々喫煙している人に出くわす。煙が漂ってくる。早く食べて、すぐに出ようという気になる。

 ジョイフルという店がある。一応禁煙席と喫煙席とが分離されている。しかし、その間は低い衝立があるだけなので、煙を感じる。最近は行くのをやめた。

 たばこの煙は吸いたくはない。

 自民党には愛煙家がたくさんいて、「受動喫煙対策法」を骨抜きにしようとしているそうだ。

http://diamond.jp/articles/-/123485?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

 骨抜きにしても良いと私は思う。ただし、自分が出した煙はすべて回収していただきたい。あるいは、袋を被って喫煙していただきたい。非喫煙者に煙が漂っていかないように。

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