浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

天竜川上流・長野県宮田村に放射性物質含む最終処分場建設の動き

2017-04-09 21:17:28 | その他
 今日の『中日新聞』東海本社版の第一社会面には、この問題が大きく取り上げられていた。浜松市に住む者は、天竜川の水を飲料水や農業用水としてしようしている。

 宮田村は、天竜川の上流、伊那谷にある。

 私たちも、反対の声をあげよう!

http://miyadakankyo.officialblog.jp/archives/507664.html

http://www.vill.nakagawa.nagano.jp/index.php?f=hp&&ci=10117&i=12120
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【本】三木卓『ほろびた国の旅』(講談社)

2017-04-09 16:13:20 | その他
 これは、三木卓が30代の頃に書いた、児童向けの物語だ。

 朝鮮戦争の頃の三木卓が、突然戦時下の「満州」に入りこむ。そこは、三木が少年時代を過ごしたところである。彼は、航空兵になろうと、その頃は思っていた。だが、彼は、「満洲国」がその後どうなったのか、そして日本がどうなったのかを知っている。その三木が、植民地支配下の「満州」へやってくる。

 「満州」に入りこむといっても、その子どもの世界へと入りこむ。子どもの世界も、日本人を頂点とした階層構造があり、日本人の子どもはそれ以外の民族の子どもたちを差別し、蔑視し、あるときは暴力をふるっていた。

 だが表向きは、「五族協和」という名の下に、「平等」がうたわれていたが、それは真っ赤な嘘であった。その嘘を、三木は赤裸々に綴る。

 私は、この本を読みながら、最近の「教育勅語」復活の動きを思い浮かべていた。その時代は、憲兵が大きな力を持っていた。子どもたちも憲兵を畏怖していた。その姿も描かれるが、「教育勅語」が権威を持っていた時代は、憲兵の暴力、民族差別、戦争・・・そういうものが混じり合っていた時代だ。「教育勅語」だけがあったわけではない。それらはセットとしてあったのだ。

 三木卓にとって、優遇されていた「満州」における日本人は、否定されるべき存在として描かれる。他民族への差別は、あってはならないこととして描かれる。憲兵の暴力的な動きも、否定的だ。

 「教育勅語」が呼吸していた時、どんな世界であったのかを指し示すことが必要だと、この本を読んで思った。三木は、そういう世界を、「ほろびた国」として描いたのだ。

 私たちも、「ほろびた国」、それは「満州国」だけではない、「大日本帝国」もほろびたのだということを知らしめなければならない。そのための手がかりを、この本は示してくれるはずだ。

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小さき人々の声を求めて

2017-04-09 13:53:32 | その他
 ロシアについて、『神奈川大学評論』に掲載された文の中には、私の心を動かすような記述はなかった。

 しかし今日、私はロシアのノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチの語りを聞く機会を得た。そこには深い深い思考があった。彼女が話す一言一言の背後に、深い思考、そこには絶望や希望が折り重なった思考、それがあることを、私は感じた。

 それはNHKのテレビ番組である。

http://www4.nhk.or.jp/kokoro/x/2017-04-09/31/14236/2008273/

 私はその録画を見たのだが、私は画面を凝視し続け、彼女のことばを追い続けた。「抵抗の文化」、「人間であり続けること」・・・・・様々な語が、後から後から彼女の口から出されるのだが、しかし私はそのことばについていけなかった。それほどことばに深さや重みがあり、それらを消化していく作業に私はより多くの時間をかけなければならなかったからだ。


 苦難を生きる、生きた人々。彼らは名もなき庶民だ。彼らは、有名人や権力者、経営者など大きな物語を語る人々ではない。しかし、彼らは自分自身が生きてきたこと、そして苦難を強いられたこと、それを何とか残さなければならないと思う。それは土俵際に追い込まれた庶民が、そこに追い込まれたからこそ語らなければならない、小さな物語。

 彼女は、そうした声に耳を傾ける。それを書き続ける。その中で、国家とは何であるのか、を考える。あるいは、国家がさしのべてくる手を、庶民が受容していく姿をみる。

 彼女が耳を傾ける人々が語るそのなかに、生きるとは何か、国家とは何か、人間とは何か・・様々な思考の回路が重なる。

 私は、この録画をくり返しみて、彼女のことばを考えようと思う。


 今まで、私は彼女の書いた本を一冊も読んだことがなかった。しかし、この番組を見て、私自身の人生にとって、彼女の思考の軌跡をたどることは必要だと思った。今、『セカンド・ハンドの時代』を注文したところだ。

 
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