浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

「他粛」

2020-06-15 14:30:31 | その他
 『Journalism』6月号のシライケイタの「「自粛」と闘った35日間 演劇の火種は消さない」に強く同感した。シライは、「劇団温泉ドラゴン」代表であり、俳優、演出家、劇作家である。

 COVID-19 の流行により、全国で演劇はもとより、映画その他も「自粛」を要請された。それにより、こうした芸術活動に従事している人々は、仕事がなくなっただけではなく、収入も入ってこなくなった。演劇に関わっている人々は、とりわけ、日頃はアルバイトなどで生計を立て、演劇活動が始まるとそれに専念するという生活をしている。
 コロナ禍により、演劇活動だけではなく、アルバイトもなくなり、多くの芸術関係者は生活それ自体の困難を抱えたのである。

 こういう状況についてシライはこう書く。

 「僕たちにとって作品を作って上演することは、生きるための仕事です。演劇をやっていると言うとよく「好きなことをやっていていいね」と言われます。もちろん好きだからやっていることは確かですが、趣味や遊びではありません。演劇を作ることでお金を稼ぎ、家賃を払い、家族を養っているという意味において、僕にとっての演劇は「仕事」そのものです。その仕事に対して何の補償もなく「自粛」を「要請」されるという現実に困惑しました。「要請」されているならそれはもはや「自粛」ではありません。「自粛」とはあくまでも「自らの判断」で行うべきで、「要請」するならそれは「他粛」とでも言うべきで、そうであるならば補償も示すべきです。」

 日本の政府や自治体は、カネを出さずにことをおさめようとするのだ。それはいつものこと。そしてお金を出す場合は、できるだけ身内に儲けさせる方式で行う。持続化給付金がその例である。

 私たちは、ろくでもない安倍晋三=自民党・公明党政権の下に生活しているのだ。
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都知事選挙と「政治勢力」

2020-06-15 07:24:08 | 政治
 都知事選挙の話題がネットでも増えている。東京都民ではない私は、少しの関心しか抱いていないが、一応首都であるし、また小池百合子という出世志向に凝り固まった、それしか頭の中にない女性は、やはりあらゆる公的な場から降りていただきたいという気持ちはある。

 小池以外にいろいろな人が立候補するようだ。今焦点となっているのは、山本太郎が出馬するかどうかだ。COVID-19 の流行の頃から、山本太郎の姿が目立たなくなってきていたから、おそらく出馬するだろうと思う。

 政党というのは、いったん出来上がってしまえば、政党の自己保存の法則に乗り、初心よりも、その法則で動くようになる。れいわ新選組の場合、からだが不自由な方を二人国会に送り、国会を内部から変えるという実績をつくった。しかし、日々の国会活動では、お二人の方は、他の健常者の議員のようになかなか活発に行動できない。したがってどうしても影が薄くなる。
 どうしたられいわ新選組を浮上させることができるか。党首である山本太郎が都知事選に出て脚光を浴びるしかない。それが、政党の自己保存の法則に則ったことだろう。

 また熊本県の副知事であった小野という人も立候補するようだ。彼の政治的志向は、ネトウヨと軌を一にするようだ。

 ネトウヨは60代のおじさんたちと、30~40代のエリート層に多いように思う。20代は保守的傾向を強めてはいるが、ネトウヨではない。

 近年の政治的動きは、絶望的な気持ちを作りだしている。私は政治的関心は強いが、この政治勢力がよい!という、いわゆる支持政党はない。世論調査をすると「支持政党なし」が多いが、これは当然のことである。自分自身の政治的志向と一致する政治勢力がないからだ。

 いわゆる「1955年体制」崩壊後の日本では、政治的意見はきわめて多様である。それが民主主義社会のあるべき姿であるが、しかし小選挙区制はその多様な政治的意見を抹殺する。

 日本の政治社会を良くするためには、まず小選挙区制をつぶさなければならない。

 
  
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