都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ベルギー象徴派展」 Bunkamuraザ・ミュージアム 5/7
Bunkamuraザ・ミュージアム(渋谷区道玄坂)
「ベルギー象徴派展」
4/15~6/12
先日、Bunkamuraザ・ミュージアムで「ベルギー象徴派展」を見てきました。期待以上の素晴らしい展覧会でした。
惹かれた作品はたくさんありました。まずは、ロップスの「魔性の女たち」です。「偶像・生贄・磔刑」の三連作ですが、どれも被写体はグロテスクであるのに、全体は鉛筆画の持つ柔らかな質感で覆われています。また、鈍く輝く光沢感もあって、独特の美しさも持ち合わせています。タッチの繊細さと造形の深さにも魅せられました。表現力に優れた作品だと思います。
メルリの作品では、静寂を感じさせる室内を描いた、「ベギン会修道院」と「扉」が美しいと思いました。「修道院」が鉛筆画、「扉」が油絵と、質感は全く異なりますが、淡い光が差し込んだ薄暗い室内の様子が同一の印象を与えて、一切の生活感を感じさせません。「修道院」では、背中を向けた一人の修道女が部屋へ入って行く光景が描かれていますが、彼女は浮遊しているかのような実体のなさで、生身の人間かどうかすら疑わせるような存在感を漂わせていました。
展覧会前半のハイライトは、フレデリックの三枚の大作である「聖三位一体」ではないでしょうか。主題の「父・子・精霊」が、妖気を思わせるような表現で描かれています。私が一番気に入ったのは、三枚目の精霊を描いた作品です。精霊は鳩に表されていますが、フレデリックの創作だという、白いローブに身をまとった少女の姿が印象的です。彼女は素足で大蛇の頭を力強く踏みつけていて、その傍らに食べかけのリンゴが転がっています。「原罪」のイメージを思わせるモチーフと、苦しみを感じさせるような表現に目を奪われました。また他にも、画面から飛び出してくるのではないかと思わせるほど生々しい老人の姿を描いた「祝福を与える人」や、艶やかな「赤」と底抜けの「黒」の強烈な対比が見事な「三姉妹」も面白い作品だと感じました。
ローデンバックの「死都ブリュージュ」を思わせるような暗鬱なブリュージュの街を、パステルで繊細に表現したクノップフの「ブリュージュ」(正門、ブリュージュのたたずまい、聖ヨハネ施療院など。)の作品は、詩的な幻想世界がこの世に存在するかのようなリアリティーが感じられます。パステルの持つ軽やかなタッチは、ブリュージュの湿り気のある雰囲気を醸し出しています。水面に映る建物の陰や、街に降り注ぐ穏やかな光の細やかな線も見事で、ブリュージュの詩的慕情に誘われるものばかりでした。
風景画では、グルーの「夜の効果」と、ヌンクの「爛れた森」も素晴らしかったと思います。「夜の効果」は、クノップフの「ブリュージュ」と同じパステル画です。キャプションにも書かれていましたが、この作品は幻想的というよりも神秘的な夜の風景が描かれています。あまりにも美しくてただただ見とれるばかりです。地平線が広がる豊かな大地に佇む小さな家々。そこに住むのは人間ではなく妖精かもしれません。一方、「爛れた森」は、池か沼の淵のある水に浸食された深い森が、幹ばかりたくさん描かれた視点の低い作品です。幹から根にかけてのたくましい表現力は、いまにも動き出さそうとするような木々の生命感を感じさせます。木の上部の枝や葉は殆ど描かれていません。全体像が掴めないのも、森の底抜けの深さを思わせます。人の立ち入りを拒むかのような険しい森でもありました。
これぞ象徴派というようなデルヴィルの作品の中では、有名な「死せるオルフェウス」に最も魅せられました。光沢感のある美しい「青」が、竪琴に合わさったオルフェウスの甘いマスクの描写と相まって、荘厳な世界観を見せてくれます。彼の他の作品よりも断然飛び抜けて感じられました。これは深く印象に残ります。
象徴派と関係の深いワーグナーも登場します。彼の肖像(ワーグナーの肖像」)を描いたグルーは、オランダ人のゼンタも描いています。(「ゼンタ、さまよえるオランダ人より」)剛胆なゼンタが、まるで天女のように荒波の上に立ち、不適な笑みを浮かべながらこちらを見つめていました。ぞくっとするような目つきです。また、デルヴィルにも「パルジファル」という作品がありました。こちらは、祝福の光を浴びる輝かしいパルジファル描いたもので、鮮やかな金髪が後ろへなびくパルジファルの姿が印象的でした。
作品数は決して多くありません。クセのあるものや、完成度があまり高くないと見受けられる作品もありました。しかしながらその点を省けば相当にハマった展覧会です。耽美と幻想には、我を忘れてしまう恐ろしい魔力が秘められているのでしょうか。久々に恍惚とした時間を過ごしました。
「ベルギー象徴派展」
4/15~6/12
先日、Bunkamuraザ・ミュージアムで「ベルギー象徴派展」を見てきました。期待以上の素晴らしい展覧会でした。
惹かれた作品はたくさんありました。まずは、ロップスの「魔性の女たち」です。「偶像・生贄・磔刑」の三連作ですが、どれも被写体はグロテスクであるのに、全体は鉛筆画の持つ柔らかな質感で覆われています。また、鈍く輝く光沢感もあって、独特の美しさも持ち合わせています。タッチの繊細さと造形の深さにも魅せられました。表現力に優れた作品だと思います。
メルリの作品では、静寂を感じさせる室内を描いた、「ベギン会修道院」と「扉」が美しいと思いました。「修道院」が鉛筆画、「扉」が油絵と、質感は全く異なりますが、淡い光が差し込んだ薄暗い室内の様子が同一の印象を与えて、一切の生活感を感じさせません。「修道院」では、背中を向けた一人の修道女が部屋へ入って行く光景が描かれていますが、彼女は浮遊しているかのような実体のなさで、生身の人間かどうかすら疑わせるような存在感を漂わせていました。
展覧会前半のハイライトは、フレデリックの三枚の大作である「聖三位一体」ではないでしょうか。主題の「父・子・精霊」が、妖気を思わせるような表現で描かれています。私が一番気に入ったのは、三枚目の精霊を描いた作品です。精霊は鳩に表されていますが、フレデリックの創作だという、白いローブに身をまとった少女の姿が印象的です。彼女は素足で大蛇の頭を力強く踏みつけていて、その傍らに食べかけのリンゴが転がっています。「原罪」のイメージを思わせるモチーフと、苦しみを感じさせるような表現に目を奪われました。また他にも、画面から飛び出してくるのではないかと思わせるほど生々しい老人の姿を描いた「祝福を与える人」や、艶やかな「赤」と底抜けの「黒」の強烈な対比が見事な「三姉妹」も面白い作品だと感じました。
ローデンバックの「死都ブリュージュ」を思わせるような暗鬱なブリュージュの街を、パステルで繊細に表現したクノップフの「ブリュージュ」(正門、ブリュージュのたたずまい、聖ヨハネ施療院など。)の作品は、詩的な幻想世界がこの世に存在するかのようなリアリティーが感じられます。パステルの持つ軽やかなタッチは、ブリュージュの湿り気のある雰囲気を醸し出しています。水面に映る建物の陰や、街に降り注ぐ穏やかな光の細やかな線も見事で、ブリュージュの詩的慕情に誘われるものばかりでした。
風景画では、グルーの「夜の効果」と、ヌンクの「爛れた森」も素晴らしかったと思います。「夜の効果」は、クノップフの「ブリュージュ」と同じパステル画です。キャプションにも書かれていましたが、この作品は幻想的というよりも神秘的な夜の風景が描かれています。あまりにも美しくてただただ見とれるばかりです。地平線が広がる豊かな大地に佇む小さな家々。そこに住むのは人間ではなく妖精かもしれません。一方、「爛れた森」は、池か沼の淵のある水に浸食された深い森が、幹ばかりたくさん描かれた視点の低い作品です。幹から根にかけてのたくましい表現力は、いまにも動き出さそうとするような木々の生命感を感じさせます。木の上部の枝や葉は殆ど描かれていません。全体像が掴めないのも、森の底抜けの深さを思わせます。人の立ち入りを拒むかのような険しい森でもありました。
これぞ象徴派というようなデルヴィルの作品の中では、有名な「死せるオルフェウス」に最も魅せられました。光沢感のある美しい「青」が、竪琴に合わさったオルフェウスの甘いマスクの描写と相まって、荘厳な世界観を見せてくれます。彼の他の作品よりも断然飛び抜けて感じられました。これは深く印象に残ります。
象徴派と関係の深いワーグナーも登場します。彼の肖像(ワーグナーの肖像」)を描いたグルーは、オランダ人のゼンタも描いています。(「ゼンタ、さまよえるオランダ人より」)剛胆なゼンタが、まるで天女のように荒波の上に立ち、不適な笑みを浮かべながらこちらを見つめていました。ぞくっとするような目つきです。また、デルヴィルにも「パルジファル」という作品がありました。こちらは、祝福の光を浴びる輝かしいパルジファル描いたもので、鮮やかな金髪が後ろへなびくパルジファルの姿が印象的でした。
作品数は決して多くありません。クセのあるものや、完成度があまり高くないと見受けられる作品もありました。しかしながらその点を省けば相当にハマった展覧会です。耽美と幻想には、我を忘れてしまう恐ろしい魔力が秘められているのでしょうか。久々に恍惚とした時間を過ごしました。
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