「関東の文人画展」 佐野市立吉澤記念美術館

佐野市立吉澤記念美術館栃木県佐野市葛生東1-14-30
「関東の文人画展」
9/29-11/11



若冲の「菜蟲譜」の展示と合わせて開催されている企画展です。栃木県は佐野、葛生にある吉澤記念美術館の「関東の文人画展」へ行ってきました。

まずこの吉澤記念美術館について触れたいと思いますが、同館は2002年、当地の旧家として栄えた吉澤家のコレクションの寄託によりオープンした市立美術館です。小さな町のこじんまりとした施設ということで、一度に公開される品々は30点程度と少なめですが、その所蔵品は、江戸から近代の絵画や陶芸、そして日本画を中心とした現代絵画など約500点にも及んでいます。今回の展示では表題の通り関東の文人画ということで、谷文晁、渡辺崋山、椿椿山など全26点が紹介されていました。そのボリュームを東京の美術館にたとえれば、ちょうど泉屋博古館・分館程度といえるかもしれません。

 

印象深い作品を挙げていきます。まずは渡辺華山の流麗な墨絵「風竹図」(1838)です。即興的な感覚の笹が空間へ向って伸び、あたかも風に吹かれてサラサラという音を出しているかのような趣きある作品ですが、この日拝聴した講演会(*1)によれば画に添えられた中国・清の墨竹画家、鄭板橋の詩文にも注視すべき点があるとのことでした。というのも、この画自体が、当時華山がこの地で名主をつとめていた吉澤家の当主、吉澤松堂(1789-1866)に送ったものですが、そこに「風に吹かれる竹の葉音に民の辛苦の声を思う。」(展覧会冊子より。)という詩文が載せられています。これは要するに、民を常に考えて政に励めという一種の警句的な意味を持つ詩で、実際に松堂はこれを鑑みたのか、天保の飢饉の際、私財をなげうって救済に力を尽くしたことがあったのだそうです。またもう一つ付け加えると、後に華山は「蛮社の獄」にて体制に捕われますが、その時に松堂は椿椿山らとともに救済のための支援運動も行っています。一見、何気ない水墨画ではありますが、ひも解くとこのような当時の社会の状況も浮き上がってくる作品です。ちなみに松堂は、この「風竹図」と似た同名の作品を制作しています。もちろんそれも展示されていました。(上の画像右。左が華山。)



他に目を引くものとしては、椿椿山の写実的な花卉画、「花籠図」(1854年以前)が充実しています。まずは花びらや草木の精緻な描写に見入るところですが、そこには全く線が用いられず、(没骨法と呼ぶそうです。)色のトーンだけで艶やかな花々が巧みに表現されています。そう言えば、つい先日の泉屋博古館・分館の展示でも彼の大作が出ていました。花いっぱいの籠を上から吊るして、溢れんばかりに垂らす構図はほぼ同一です。

 

ご当地の画家としても興味深かったのは、小泉斐(こいずみあやる)の「鮎図」(1847)です。南画風の岩山の迫出した川面に鮎が泳ぐ様子はそれほど面白いものではありませんが、深い藍色を帯びた水の色みに優れた美感が感じられます。これは幕末の作品ということで、おそらくは後期の浮世絵に見るような西洋の絵具に近い染料が用いられているのかと思いますが、この鮮やかさはあまり他で見たことがありません。また、同じ鮎をモチーフとして作品としては島崎雲圃の「鮎図」(1800)も出ていましたが、こちらはそれより遡ること半世紀以上前のものであるからなのか、色合いも比較的落ち着いているように見えました。ちなみに両者とも現在の栃木県、益子、及び茂木町の出身です。こういった画家の作品を楽しめるのも、地方展覧会の魅力の一つだと思います。

「菜蟲譜」の展示については次回のエントリにまわします。11月11日までの開催です。(10/7)

*1 開館5周年記念特別講演会「関東の文人画と吉澤コレクションの近世絵画」 講師:河野元昭(美術学者。秋田県立美術館館長)

*関連エントリ
「吉澤コレクション 伊藤若冲『菜蟲譜』」 佐野市立吉澤記念美術館
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