都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「特別展 北斎」 江戸東京博物館
江戸東京博物館(墨田区横網1-4-1)
「特別展 北斎 - ヨーロッパを魅了した江戸の絵師 - 」
2007/12/4-2008/1/27(前期:12/4-27 後期:1/2-27)
本当にこれは北斎なのでしょうか。いままでに見たこともないような北斎が、馴染みも深い「富嶽三十六景」や「北斎漫画」などと共に紹介されています。江戸東京博物館で開催中の北斎展へ行ってきました。
ともかく見るべきは前半の第一部「北斎とシーボルト」における、おそらくは北斎、もしくは工房の手による肉筆画の数々(全43点。)です。図版画像を見るだけでも、江戸時代の日本人によるものとはにわかに信じ難いというものですが、これらは当時、長崎の出島にあったオランダ商館長が北斎に依頼して描かせた作品なのだそうです。完成した作は商館長がオランダへと持ち帰り、同じく生活民族資料を日本から持ち帰ったシーボルトの手なども経由して、当地にそのまま長い間置かれていました。(現在ではオランダ国立民族学博物館とフランス国立図書館に所蔵されています。)そして今回、その肉筆画が、史上初めて同時に日本で公開されることになったというわけなのです。
これらの肉筆画群の特徴を大まかに表せば、素材にまぎれもなく日本の風俗や伝統的な主題が用いられているものの、技法においては西洋絵画の構図や色彩表現がとられていると言うことが出来ます。結果、必然的に日本人の目からはやや違和感もある、エキゾチックな肉筆画が誕生しているわけですが、展示では興味深いことに、おそらくはその下地、または逆に派生して描かれたであろう作品も一部ながら紹介されていました。川辺を馬の駆ける「富嶽三十六景 隅田川関屋の里」とほぼ同じ構図を見る「早駆け」の二点を比較するだけでも、この両者に深い関係があるとするには当然のことです。確かにそれを北斎(工房)の筆だと断定するにはまだ足りない部分もあるようですが、少なくとも三十六景よりモチーフをとった一点が、全く異なる表現法によって、しかもおそらくは同一人物の手によって描かれたと想像するだけでも非常に興味深いことだと思います。
「里帰り」の肉筆画と、その下地、もしくは派生する作品との関係は複雑です。上にも挙げた、その様子が極めて似ている「早駆け」と「隅田川関屋の里」はともかくも、例えば「初夏の浜辺」では、同じく錨の登場する「五十三次 興津」のワンシーンだけからその一部を脚色してドラマ化したような描写をとり、また運河に立ち並ぶ蔵が印象的な「日本橋辺風俗」では、ほぼ同じ構図をとる大英博物館所蔵の素描と比べても運河の広さや遠近法に相当の違いを見ることが出来ます。また「海辺の漁師」も、参考として提示されていた「江島春望」と見比べると波の描写が全くと言って良いほど異なっていました。前者ではそれこそ刷毛の先のようなシャープな波の線が陸地に突き刺さるように描かれているのに対し、後者ではグレートウェーブの如く北斎一流の砕けた手のような波が示されています。
見慣れた北斎に親しみのある私にとっては、率直に言うと今回の作品には魅力よりも新鮮味の方が優先してしまうわけですが、その特異な表現が近代日本画の先取りをも思わせる「海女」には惹かれるものがありました。海女のくびれて、うねるような体つきの不気味な描写はもちろんのこと、緑色をしたアワビの生々しさや、淡い光の差し込んだ海の色のグラデーションなどは、他の江戸絵画に見られないある種の斬新さを感じます。北斎がどれほど西洋画と日本画の違いを体系的に認識していたのかは不明ですが、その両者の持ち味が奇妙に融合している作品だとも思いました。
展示点数としては、既知の北斎を紹介する第二部、「多彩な北斎の芸術世界」の方が上回っています。ここでは「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」などの版画群、それに宗理期の作から屏風までの肉筆画や読本までが幅広く紹介されていました。また、このラインナップを見るだけでも一つの展覧会が出来そうなものですが、中でも珍しい北斎の「東海道五十三次」や、視点をかえて見ると金銀の彩色が仄かに輝く「四性之内」、それに約30年ぶりの公開ともいう「松下群雀図屏風」などは特に印象に残ります。さらに、仏伝絵をまさに奇想天外な風にアレンジした「釈迦御一代記図絵」や、いわゆる四谷怪談ものの「霜夜星」などの読本なども、北斎のエンターテイナーとしての才能を十分に堪能出来る作品です。エキセントリックな北斎に酔いしれました。
会期は前後期に分かれていますが、展示の核となる「知られざる北斎」(第一部)の肉筆画は通期で展示されています。入れ替わるのは「知っている北斎」の版画などです。また後期期間中(1/2-27)には、常設展にて「北斎漫画展」(1/2-2/11)の開催も予定されています。そちらと合わせての観賞も良さそうです。
江戸博の割には会場に余裕が感じられました。会期は来年、1月27日までです。お見逃しなきようおすすめします。(12/15)
「特別展 北斎 - ヨーロッパを魅了した江戸の絵師 - 」
2007/12/4-2008/1/27(前期:12/4-27 後期:1/2-27)
本当にこれは北斎なのでしょうか。いままでに見たこともないような北斎が、馴染みも深い「富嶽三十六景」や「北斎漫画」などと共に紹介されています。江戸東京博物館で開催中の北斎展へ行ってきました。
ともかく見るべきは前半の第一部「北斎とシーボルト」における、おそらくは北斎、もしくは工房の手による肉筆画の数々(全43点。)です。図版画像を見るだけでも、江戸時代の日本人によるものとはにわかに信じ難いというものですが、これらは当時、長崎の出島にあったオランダ商館長が北斎に依頼して描かせた作品なのだそうです。完成した作は商館長がオランダへと持ち帰り、同じく生活民族資料を日本から持ち帰ったシーボルトの手なども経由して、当地にそのまま長い間置かれていました。(現在ではオランダ国立民族学博物館とフランス国立図書館に所蔵されています。)そして今回、その肉筆画が、史上初めて同時に日本で公開されることになったというわけなのです。
これらの肉筆画群の特徴を大まかに表せば、素材にまぎれもなく日本の風俗や伝統的な主題が用いられているものの、技法においては西洋絵画の構図や色彩表現がとられていると言うことが出来ます。結果、必然的に日本人の目からはやや違和感もある、エキゾチックな肉筆画が誕生しているわけですが、展示では興味深いことに、おそらくはその下地、または逆に派生して描かれたであろう作品も一部ながら紹介されていました。川辺を馬の駆ける「富嶽三十六景 隅田川関屋の里」とほぼ同じ構図を見る「早駆け」の二点を比較するだけでも、この両者に深い関係があるとするには当然のことです。確かにそれを北斎(工房)の筆だと断定するにはまだ足りない部分もあるようですが、少なくとも三十六景よりモチーフをとった一点が、全く異なる表現法によって、しかもおそらくは同一人物の手によって描かれたと想像するだけでも非常に興味深いことだと思います。
「里帰り」の肉筆画と、その下地、もしくは派生する作品との関係は複雑です。上にも挙げた、その様子が極めて似ている「早駆け」と「隅田川関屋の里」はともかくも、例えば「初夏の浜辺」では、同じく錨の登場する「五十三次 興津」のワンシーンだけからその一部を脚色してドラマ化したような描写をとり、また運河に立ち並ぶ蔵が印象的な「日本橋辺風俗」では、ほぼ同じ構図をとる大英博物館所蔵の素描と比べても運河の広さや遠近法に相当の違いを見ることが出来ます。また「海辺の漁師」も、参考として提示されていた「江島春望」と見比べると波の描写が全くと言って良いほど異なっていました。前者ではそれこそ刷毛の先のようなシャープな波の線が陸地に突き刺さるように描かれているのに対し、後者ではグレートウェーブの如く北斎一流の砕けた手のような波が示されています。
見慣れた北斎に親しみのある私にとっては、率直に言うと今回の作品には魅力よりも新鮮味の方が優先してしまうわけですが、その特異な表現が近代日本画の先取りをも思わせる「海女」には惹かれるものがありました。海女のくびれて、うねるような体つきの不気味な描写はもちろんのこと、緑色をしたアワビの生々しさや、淡い光の差し込んだ海の色のグラデーションなどは、他の江戸絵画に見られないある種の斬新さを感じます。北斎がどれほど西洋画と日本画の違いを体系的に認識していたのかは不明ですが、その両者の持ち味が奇妙に融合している作品だとも思いました。
展示点数としては、既知の北斎を紹介する第二部、「多彩な北斎の芸術世界」の方が上回っています。ここでは「富嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」などの版画群、それに宗理期の作から屏風までの肉筆画や読本までが幅広く紹介されていました。また、このラインナップを見るだけでも一つの展覧会が出来そうなものですが、中でも珍しい北斎の「東海道五十三次」や、視点をかえて見ると金銀の彩色が仄かに輝く「四性之内」、それに約30年ぶりの公開ともいう「松下群雀図屏風」などは特に印象に残ります。さらに、仏伝絵をまさに奇想天外な風にアレンジした「釈迦御一代記図絵」や、いわゆる四谷怪談ものの「霜夜星」などの読本なども、北斎のエンターテイナーとしての才能を十分に堪能出来る作品です。エキセントリックな北斎に酔いしれました。
会期は前後期に分かれていますが、展示の核となる「知られざる北斎」(第一部)の肉筆画は通期で展示されています。入れ替わるのは「知っている北斎」の版画などです。また後期期間中(1/2-27)には、常設展にて「北斎漫画展」(1/2-2/11)の開催も予定されています。そちらと合わせての観賞も良さそうです。
江戸博の割には会場に余裕が感じられました。会期は来年、1月27日までです。お見逃しなきようおすすめします。(12/15)
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