原地区にある広大な「ふれあいライフ原」の施設群は以前国立療養所原病院と広島県原養護学校があったところで、当時の立派な門柱が残されている。国立療養所原病院は平成16年(2004)に独立行政法人国立病院機構に移行し、翌年に大竹病院と併合されて広島西医療センターとなり、原養護学校も併合され広島西特別支援学校として併設されている。門柱には国立病院機構原病院跡地、広島県原養護学校跡地と表示が残されている。
原地区にある広大な「ふれあいライフ原」の施設群は以前国立療養所原病院と広島県原養護学校があったところで、当時の立派な門柱が残されている。国立療養所原病院は平成16年(2004)に独立行政法人国立病院機構に移行し、翌年に大竹病院と併合されて広島西医療センターとなり、原養護学校も併合され広島西特別支援学校として併設されている。門柱には国立病院機構原病院跡地、広島県原養護学校跡地と表示が残されている。
明石峠(汐見坂峠)に建立されている里程標・村境標で、里程標には「距 廿日市里程標 弐里廿八町四拾五間一尺」「距 広島里程元標 六里拾町拾九間三尺五寸」「明治廿四年五月建之 宮内村」と刻されている。村境標には「従是東 宮内村」「明治廿四年五月建之」と刻されており、明治の町村制が施行された翌年に宮内村によりこれらの里程標・村境標が建立されている。
琴浦町の海岸線沿いにある広大な花見潟墓地で自然発生墓地では西日本最大規模のようで2万余基の墓碑が建立されているようである。墓地内の「赤碕殿塚」には正慶2年(1333)の出来事が刻されているようで墓地の管理は中世以降継続して行われてきたとみられている。墓地内には鎌倉末期の地域性のある形状の「赤碕塔」(鳥取県重文)があるようであったが遠望のため見ることは出来なかった。 (赤碕塔画像-琴浦町HPより)
鳥取砂丘は何十年ぶりであろうか。砂丘見物が主目的でなかったので昼食後の寸暇を惜しんで砂丘徘徊をし、その後砂丘地域の一角にある砂の美術館を見物した。砂の美術館では毎年テーマを変えて砂像展示が行われているようで、現在は海外各国の砂像彫刻家20名が作成した砂で世界旅行南アジア編と題しての砂像展示がされていた。
倉吉市にある梨のテーマミュージアム鳥取二十世紀記念館「なしっこ館」を見物した。奇抜な建物にはビックリ、なんとランニングコストの掛かりそうな建物である。もう一つ二十世紀梨の子が十種、孫が十五種、曾孫九種、玄孫四種あるとのことでビックリ ‼
昨日は、地域のお世話をしている方々と伯耆・因幡方面を探訪した。境港では千代むすび酒造の見物をさせて頂き、同酒造前は水木しげるロードで歩道のあちらこちらに妖怪像が建立されていた。この通りでは外人観光客の姿が多く見られた。
先日、陸稲に穂が出ないと紹介したが稲の背は低いにも関わらずボチボチと穂が出てきた。うまく実って籾が出来たら来年2代目を挑戦してみようか。廿日市14代目桜島大根と廿日市4代目切葉松本地大根の種を採っていたものを一昨日種まきしたが、廿日市15代目桜島大根と廿日市5代目切葉松本地大根がどのように育っていくのであろうか・・・
県道30号廿日市佐伯線の黒折地区の道路脇に建立されている陸軍輸送港域標石で、以前は道路反対側にあったが県道改修でこの場所に移築されたようである。標石には「陸軍輸送港域第二区標」「昭和十五年六月十日」「陸軍省」「第五五号」と刻されている。
陸軍輸送港域軍事取締法は昭和15年(1940)4月2日に公布され東は坂村から西は大野村に至る広島湾後背地とその付近の海面が陸軍輸送港域に制定された。この区域内では色々な禁止事項や制限などが行なわれていたのである。 この地は一般県道廿日市環状線の区域内であり標石の行方が危惧されるのである。
以前に野貝原山に登山して旧のうが高原施設の一部が取り壊され始めていると紹介したが、明石地区から遠望してみると大浴場棟の屋根と壁の一部が取り壊されているようである。登山時はフロント棟から取り壊しが始まっていたのであるが、一気に取り壊さず少しずつの取り壊しがされているようである。
現在、携帯機器で動画を撮影できる機種は数多くみられる。昭和生まれの人であると8mmカメラで動画を撮影していた人もおられるのではなかろうか。電池駆動の8mmカメラ以前はゼンマイ式の8mmカメラであり、それ以前の携帯動画撮影はゼンマイ式9.5mmカメラであった。画像は、日本映画機社の9.5mmカメラ「EXCEL Model-L」で1937年(昭和12年)~1940年(昭和15)頃に製造されたモデルのようで、国産初期の携帯動画撮影機とみられるのである。 「国産9.5mmカメラについて」
久しぶりに宮島サービスエリア下り線側に行ってみると店舗入口脇に大きなけん玉モニュメントが置かれていた。廿日市は古くから木地屋が稼業していた地であり、木工ろくろ技術で大正期頃からけん玉が製造されてきた。けん玉発祥の地である廿日市では今年もけん玉ワールドカップ廿日市 2019が開催された。(市域の大けん玉)