ハンナ・ケント著、加藤洋子訳『凍える墓』(集英社文庫2015年1月25日発行、原題 ”Burial Rites”)を読んだ。
1829年、アイスランドの最後の死刑囚のひとりである実在の女性をモデルに書かれた小説。貧しいながら知性もあった彼女はなぜ主人を殺害したのか? 映画化予定作。
アグネスは、農場主のナタン・ケーティルソンを殺害した罪で逮捕され、刑執行までの間を行政官ヨウンの農場の手伝いを課せられた。ヨウンの家族は彼女を恐れ、またアグネスの魂を導く役を担う若き牧師補トウティも、心を閉ざした彼女に戸惑う。しかし不器用だが真摯な人々との生活の中でアグネスは、少しずつ身の上を語り出す。
アグネスは、子供の頃に母親に置き去りにされ、農場を転々として、人の情けにすがるような生き方を続けていたが、あるときナタンという男に出会ったことで運命が変わったのだ。・・・。
預けられた農場の主人で行政官のヨウン、妻マルグレット、そして二人の娘ステイナ、ロイガとともに最後の日までの生活が始まる。ステイナは彼女に興味深々で、ロイガと妻マルグレットはアグネスを敵視し警戒を怠らない。しかし、何でも真面目に上手に仕事をこなすアグネスに、マルグレットは次第に母のような気持ちで接するようになる。
牧師補トウティは彼女を導こうとするが、経験の浅い彼は軽く見られてしまう。しかし、必死に、誠実に彼女の話を聞こうとするうちに、彼女も心を開きかける。
オーストラリアの作家ハンナ・ケントは高校生のときに交換留学生として1年アイスランドに滞在し、愛人を殺害した有名な悪女アグネス・マグノスドウティルの物語に興味を持ち、その後も古文書を読むなどの調査を続けた。
訳者あとがきにこうある。
人びとが語るアグネスは、十代の少年をそそのかして、冷酷にも愛人を殺させた稀代の悪女。だが、人間はそんなに単純なものだろうか。・・・
十九世紀初頭はまだ女の地位が低い時代、誰かの娘か、誰かの母親としてしか生きられない時代だ。その鋳型にうまく嵌(はま)らない女は爪弾きにされる。天使でないなら悪魔だとみなされる。
ハンナ・ケント Hannah Kent
1985年オーストラリア・アデレード生まれ。フリンダース大学で博士号取得。
2013年イギリスで本書を出版。ベストセラーとなり、各賞を受賞。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
80年以上前の極寒の地、アイスランドの貧しく、厳しいキリスト教の教えに支配されていた社会・生活が丹念に、濃厚に描かれるので、軽く、スピーディーに読めるわけではない。衛生状態最悪な苛烈な生活環境が圧倒的に描写される。
例えば、芝草を積んで建てられた家、家の中でも凍え死にそうな寒さ、川での水汲み、5頁にわたって詳述され当時のソーセージの作り方などが語られる。
はやりの北欧ミステリーに近いと思ってしまうが(私だけ?)、むしろノンフィクションに近い作品で、ミステリーとは言いにくい。
貧しく悲惨な生い立ちだが、十分な教養と知性と感性がありながら、アグネスに何が、何故起こったのか、彼女はどんな人間なのかが謎になっている。
それにしても、アイルランド人の名前は複雑すぎる。まあ、ほとんど実名だそうだから、仕方ないのだが。
ナタン・ケーティルソン、フリドリク・シグルドソン、シッガ・グドゥモンドウティルなどずらずらと出てきて、嫌になる。ビョルン・オイドゥソン・ブリョンダルなんていう寿限無みたいな、覚えるどころか音読も難しい名前もある。
アイスランドでは、息子は父のファーストネームにソン(-son)をつけ、娘はドウティル(-dottir)をつける。
トルヴァデュル(トウティ)・ヨウンソン、ヨウン・ヨウンソン、ピエトル・ヨウンソン
アグネス・マグノスドウティル(マグノスの娘)、ロウザ・グドゥモンドウティル(グドゥモンの娘)