hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

辻まこと『虫類図譜(全)』を読む

2015年07月26日 | 読書2

 

辻まこと著『虫類図譜(全)』(ちくま文庫、1996年12月5日筑摩書房発行)を読んだ。

 

防衛、教育、啓蒙、愛国心、体面などの概念を、奇妙、グロテスク、時にユーモラスな架空の虫の姿として左のページに表現し、見開きの右ページに鋭く皮肉な文章をつけた風刺画文集。

 

 

以下、本書から引用、ただし、虫の絵は略。

 

世論

微小であるという。巨大であるとも言う。全然存在しないともいう。
新聞紙のミノから生まれ、新聞紙を食べ、テレビのブラウン管の中に育てられ、ラジオを子守歌に聴きながら生長し、新聞紙やテレビを支配する。
 やがてそれらを媒体として人々の脳に卵を生みつける。それによって人々は熱をともなった集団的発作を惹起することがある・・・といわれている。しかし、これは皆外国の話だ。日本にはその例証はないようだ。この虫の生育をはばむ島の風土については未だ明確な研究発表がない。多分一種のFood Order があるにはちがいないのだが・・・・・。

 

 

防衛

この甲虫は恐怖からわいた。
自己不信の対象転置が、この不潔な生物の発生原因だ。
かって、嵐で大胆な手術を受け、腐敗した枝を切落としたとき、樹木は天と地の善意に感謝の憲法を告白した。その傷痕からは、みずみずしい若い芽がでる筈だった。だが病根は意外に深く、舌のウラは化膿し、悪臭を発生しはじめた。
臆病なよろいをまとったニヒリストどもがにおいを嗅ぎつけた。
樹液は吸取られ、涙はヤニになる。 

 

 

愛国心

悪質きわまる虫。文化水準の低い国ほどこの虫の罹患者が多いという説があるが、潜伏期の長いものなので、発作が見られないと、罹患の事実は解らない。・・・過去にこの島では99%がこの発作による譫妄症状を呈したことがある。

 

 

愛虫は関係をつけにくる。
欠乏がこの虫の本質だから、それをうめようとして近所のものに触手を延ばす。
こんなにも相手のことをだいじがり、こんなにも自分のことしか夢中にならない虫もめずらしい。
すり寄られたからって、すこしも憐れんでやる必要はないわけだ。

 

 

孤独

十字架状態に手を拡げていたときには、この虫もまだ孤独とは呼称されていなかった。
地上に何の支えも見出せなかったのは気の毒だが、・・・その手が両側にぴったりとくっついちまった今では、どんな打つ手も真実ない。
孤独の虫の立場はサイズ28の自分の足の裏の皮だけだ。

 

 

辻まこと( つじ・まこと)

1914(大正3)年生まれ。 本名は一(まこと)。

ダダイスト辻潤と、甘粕事件で大杉栄とともに殺害された婦人解放運動家・伊藤野枝の長男。

昭和4年工業高校を中退し、父とフランスにわたる。

帰国後、広告宣伝会社を経て、デザイン会社を設立。

戦後、草野心平主宰の雑誌「歴程」などに挿絵、風刺画文を発表。画文集に「山からの絵本」など。

1975(昭和50)年胃がんで余命少ないと知り縊死。

 

 

 

本書は1964年7月、芳賀書店刊行の『虫類図譜』に、「歴程」に発表されて単行本未収録の「虫類図譜」を増補し、完全版としたもの。

 

 

私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

 

数ページパラパラ見るのは面白いのだが、同じパターンが続くので飽きる。

架空の虫の絵は、現代絵画と思って眺めて見ても、これも同じパターンですぐ飽きる。奇妙な絵なのだが、実際の昆虫の方が変化に富んでいるとも思えてくる。

 

世論など、日本は今も昔も相変わらずだと哀しくなるし、防衛、愛国心など現在でも通じる内容で、時代はうねってまた嫌な時代に戻っているような気がする。

 

 

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ジョン・ウィリアム『ストーナー』を読む

2015年07月26日 | 読書2

 

ジョン・ウィリアム著、東江一紀訳『ストーナー “STONER” 』(2014年9月30日作品社発行)を読んだ。

 

1965年に出版され埋もれていた地味なアメリカの小説が、2011年に読んで感動したフランスの作家・アンナ・ガヴァルダのフランス語訳で評判となり、ほどなくヨーロッパでベストセラーとなった。イアン・マキューアンが絶賛すると、アマゾンで、4時間で一千部以上を売り上げた。そして、まったく英雄的ではないこの本が本国アメリカでもベストセラーとなった。

 

私は、本屋さんでたまたま手に取って、「翻訳家・東江一紀の最期の翻訳」という帯の文句と、裏表紙のイアン・マキューアンの推薦の辞「美しい小説……文学を愛する者にとっては得がたい発見となるだろう。」に魅かれて読んだ。

 

 

主人公・ウィリアム・ストーナーは、ミズーリ州の貧しい農家に生まれた。一人息子の彼はそのまま農夫となるはずだったが、父の決断で、1910年、農学を学ぶためコロンビア大学に進む。

授業で講師が読み上げたシェイクスピアのソネット(14行の詩)に惹きつけられる。講師が言った。「シェイクスピア氏が300年の時を超えて、君に語りかけているのだよ、ストーナー君。聞こえるかね?」

ストーナーは文学の魅力に囚われて文学部へ変わり、大学へ残ることになる。決意を聞いた父は、「わしにはわからん」・・・「わしにできる精いっぱいのことをして、おまえをここに送り出した。・・・」
・・・
「おまえが、ここに残って勉強すべきだと思うんなら、それがおまえのすべきことだ。母さんとわたしはなんとかやっていく」

その後、一目惚れしたイーディスと結婚するが、これは失敗だった。大学では博士号を取得し、本を出版して助教授となる。万端の準備を整え、静かだが情熱がにじみ出る彼の授業は学生の間で人気があった。

ある学生の口頭試問の合否を巡り、正論を張るストーナーは、障碍を持つが才気あふれるローマックスと対立する。詭弁と権謀術数を弄するローマックスに敗れ、その確執で、ストーナーは死ぬまで昇進できなかった。

若い講師のキャサリンとの恋も、ローマックスに仲を裂かれる。

 

 

訳者の東江さんの愛弟子の布施有紀子の「訳者あとがきに代えて」が感動的だ。

200冊以上翻訳した東江一紀は、癌との戦いの中、最後の翻訳にこの本を選んだ。しかし、最後の1ページを残して翌日力尽きた。引き継がれた布施さんは語る。 

とても悲しい物語とも言えるのに、誰もが自分を重ねることができる。共通の経験はなくとも、描き出される感情のひとつひとつが痛いほどよくわかるのだ。

・・・

人は誰しも、思うにまかせぬ人生を懸命に生きている。人がひとり生きるのは、それ自体がすごいことなのだ。非凡も平凡もない。がんばれよと、この小説を通じて著者と訳者に励まされたような気持ちになるのは、わたしだけだろうか。

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)

 

久しぶりの五つ星だが、ごく地味な小説だとお断りしておかなければならない。

ダイナミックな筋書、劇的で派手な展開、マンガのようにキャラの立った人物像、溜飲の下がる皮肉など、つい“面白い”小説ばかり探している私に、改めて小説とは何かを考えさせた小説だ。

 

小説を読み終えて、けして勝ち組とは言えなかった彼の人生は、自分らしく生き切って、幸福だったと思えてくる。そして私も・・・。

 

それにしても、頑固でかたくなな妻のイーディスには驚かされ、ストーナーの我慢強さには感心する。友達がほとんどいない彼の、要領の良い友人・ゴードン・フィンチとの距離感のある親友付き合いには現実感、落ち着きがある。

 

 

 

ジョン・ウィリアムズ(John Edward Williams)
1922年テキサス州クラークスヴィル生まれ。第二次世界大戦中の1942年に米国陸軍航空軍(のちの空軍)に入隊し、1945年まで中国、ビルマ、インドで任務につく。

1948年、初の小説、Nothing But the Nightが刊行。

1960年、第2作目の小説、Butcher's Crossingを出版。デンヴァー大学で文学を専攻し、学士課程と修士課程を修めたのち、ミズーリ大学で博士号を取得。

1954年、デンヴァー大学へ戻り、30年にわたって文学と文章技法の指導にあたる。

1972年、最後の小説、Augustusを出版(翌年に全米図書賞を受賞)。

1994年、アーカンソー州フェイエットヴィルで逝去。

東江一紀(あがりえ・かずき)
1951年生まれ。翻訳家。北海道大学文学部英文科卒業。

英米の娯楽小説やノンフィクションを主として翻訳。

訳書に、ピーター・マシーセン『黄泉の河にて』、トム・ラックマン『最後の紙面』、マイケル・ルイス『世紀の空売り』、ドン・ウィンズロウ『犬の力』、リチャード・ノース・パタースン『最後の審判(上・下)』、ネルソン・マンデラ『自由への長い道(上・下)』(NHK出版、第33回日本翻訳文化賞受賞)など。

また「楡井浩一」名義で、エリック・シュローサー『ファストフードが世界を食いつくす』、ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊(上・下)』、ジョセフ・E・スティグリッツ『世界の99%を貧困にする経済』(峯村利哉との共訳)、トル・ゴタス『なぜ人は走るのか』など。

総計200冊以上の訳書を残し、2014年6月21日逝去。

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