内田樹・高橋源一郎選『嘘みたいな本当の話』(文春文庫う-19-18、2015年3月10日発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
あらゆる場所の、あらゆる年齢の、あらゆる職業の語り手による、信じられないほど多様な実話――それは「嘘みたいな」本当に起こった話だ。応募総数1500通近くの中から、知の泰斗ふたりが選りすぐった149のリアルストーリー。いわばポール・オースターの「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」の日本版、奇跡の試みがついに始動!
元となる情報は、「Webメディア・マトグロッソ ナショナル・ストーリー・プロジェクト<日本版>」で公開されている。
本家の「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」は作家のポール・オースターが、アメリカの普通の人たちからいろいろな実話を集めてラジオで朗読したもの。4000ほど集まったという。
「まえがき」で内田樹氏が「アメリカ版」と「日本版」とを比較している。アメリカ版では、投稿者がいる場所の地域性が感じられるのに対し、日本版では地域性、投稿者の年齢、性差、職業の違いが文体に現れておらず、本当に均質な社会なんだと改めて驚いている。また、アメリカ人は「細部」と「具体」を求め、日本人は「定型」と「教訓」を好むという。
いちばん短いものは1行で、長くて2ページ程度の短い実話が、「戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話」「犬と猫の話」「あとからぞっとした話」「そっくりな人の話」「ばったり会った話」などのタイプ別に分けられ、ずらっと並んでいる。
柴田元幸×内田樹の{巻末対談}28ページほどが巻末にある。
出戻りベッド
彼女と別れるときにベッドをあげた。1年後、新しい彼女の部屋に行ったら、そのベッドがあった。寿退社した会社の先輩にもらったという。彼女は変わったが、ベッドだけは変わらなかった。
東京都 伊達直斗 (高橋)
さかさまな世界
和室トイレは初めての私。身体をひねって後ろに手を伸ばしてもなかなか届かない。バイト先の女性たちにこぼすと、
「あの・・・トイレットペーパーなら、後方ではなく前方にあるはずなんですが・・・」
東京都 サトゲン (高橋)
死者からの年賀状
祖父が年末に老衰で他界した。葬式では遺言通り旧制高校の校歌が流された。初七日が終わった頃、親友のAさんが年末に亡くなり同じ日に葬式があったと連絡があった。数日後、Aさんが年末に書いた年賀状が届いた。
「毎年、会おう会おうと言ってずいぶん経ってしまったナ。今年こそは会える気がするョ。再会したら、我ら母校の校歌を歌い、杯を交わそうゼ・・・」
京都府 しかたさとる (高橋)
男って
彼氏とけんかした。
少し言い過ぎたかな、と反省して、携帯を手にごめんねメールと打ち始めたところ、彼からもメールが。
「来週の合コン、かわいいこ頼むで」
「?」と思い電話すると、「えっ、俺、おまえに送った!?」
と動揺する彼。黙って電話を切りました。
神奈川県 めぐみ (内田)
初出:2011年6月イースト・プレス
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
私の壺にはまる話は1/3くらい。偶然が重なった奇跡的な話などは、他人にとってはただ「あ~そう」で終わってしまう。それでも寝転んで読むには最適。
選択した話の最後にどちらの編者が選んだのかマークが付いている。内田さんの選択した話が多いが、私の好みは高橋さんの選択が多い。「巻末対談」や、「文庫版のためのあとがき」で、内田さんは自説に固執してしゃべりすぎ。
「変な機械の話」の中に、見かけだけのコードも配管もないエアコンを研究室に造った「桐生ヶ峰」という話があったが、私も大学も文化祭で当時珍しかった自動ドアをただ一人で自作した。マットを敷いて、足で踏むスイッチの位置を工夫し、ドアが動きやすいように上から吊るすようにして、初日の前日に試運転にこぎつけた。ドアに前に立つと、見事にドアはゆっくり開いた。
しかし、開いたまま閉じなかった。閉じる仕組みを作り忘れていたのだ。モーターは過熱し、煙を上げ、プロジェクト?は中止に追い込まれた。
内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学博士課程中退、神戸女子学院大学文学部名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。
著書に、『ためらいの倫理学』『「おじさん」的思考』『下流志向』
『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、伊丹十三賞受賞。
高橋源一郎
1951年広島生まれ。小説家、明治学院大学教授。横浜国立大学除籍。
1981年『さようなら、ギャングたち』で群像新人長編小説賞優秀賞
1988年『優雅で感傷的な日本野球』で三島由紀夫賞
2002年『日本文学盛衰史』で伊藤整文学賞を受賞。
『一億三千万人のための小説教室』
『小説の読み方、書き方、訳し方』(柴田元幸と共著)
山田詠美と共著『顰蹙(ひんしゅく)文学カフェ』
訳書に、ジェイ・マキナニーの『ブライト・ライツ、ビッグ・シティ』
5回結婚し、57歳当時、35歳の長女を頭に、1歳と3歳の子供がいた。