奥田英朗著『向田理髪店』(2016年4月20日光文社発行)を読んだ。
かつて炭鉱で栄えた北海道苫沢(とまざわ)町にある向田理髪店の店主の康彦は53歳。札幌の大学へ入り、会社勤めをしたが、辞めて帰郷し、父の後を継いだ。以来、四半世紀、夫婦で理髪店を営んできた。
夕張市がモデルの苫沢町は衰退を止めようと放漫なハコモノ行政のつけから財政破綻した。かって町に10軒以上あった理髪店も2軒となり、客は馴染みの高齢者ばかりだ。朝の7時に開店して、じっと客を待つ。理髪店は年寄りのたまり場になっている。
明るい希望が見えない田舎町だが、様々な騒動の中で、登場人物を丁寧に、生き生きと、そしてコミカルに描いている6編の連作短編集
「向田理髪店」
康彦の長男・和昌(かずまさ)は札幌の私立大学を卒業し、中堅の商事会社に就職している。理髪店は自分の代で終わりにしようと思っていたのに、和昌がわずか一年で帰郷。「おれは地元をなんとかしたいわけさ」といきなり理髪店を継ぐと宣言した。心配性の康彦は素直に喜べず、他に何か理由があるのではと疑う。妻の恭子は息子の将来を案じつつも喜んでもいる。和昌はまずは実家から木工所に勤め、学費を貯めて理容学校に入ると言う。
「祭りのあと」
毎年7月に町一番のイベントの夏まつりが開かれ、息子や娘も帰省する。82歳の馬場喜八は風呂場で倒れ、妻の房江が康彦の家に駆けこんできた。帰省中の息子の武司と近所の人たちで病院へ担ぎ込む。回復は難しく、集中治療室での治療が長引き、東京で勤める武司は困難な状況に陥った。町の皆もいずれは我が事と頭を悩ます。
「中国からの花嫁」
中国から嫁をもらった野村大輔は40歳。若い頃は明るく積極的だった大輔は最近人付き合いを避けるようになり、皆への結婚挨拶やお披露目もを避け続ける。何がそうさせているのか、皆は心配する。
「小さなスナック」
何と、町にスナックが新規開店した。ママは42歳の早苗。町を出て札幌で結婚、離婚した三橋家の娘だ。東京赤坂のクラブでホステスをしていたという早苗に町のオヤジ達はざわめき、ひしめく。
「赤い雪」
映画のロケ地になり、町を売り出す絶好の機会で、しかも有名女優の大原涼子が来るというので町をあげての大騒ぎになる。ただ、映画の内容は・・・。
「逃亡者」
苫沢町出身の広岡秀平が、被害者に自殺者を出した詐欺グループの主犯として全国指名手配された。東京の私立大学に入った息子を広岡はことあるごとに自慢していた。町にはマスコミが殺到し、だれかれとなく聞きまわり、実家は長期間張り込み対象となる。そして、・・・。
初出:「小説宝石」2013年4月号~2016年2月号
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
スイスイと安心して楽しく読める。衰退し、希望のない町なのだが、悲観的記述がないせいもあるが、ちょっとした様々な騒動であたふたする人たちがギスギスしていないのでどこか牧歌的に感じる。語り手の康彦が温厚でビビりであるせいもあるだろう。
戦後の復興期に育ち、高度成長期が働き盛りだった私にとっては、常に未来とは広がっていくものだとの考えが抜けない。私には激しい衰亡の炭鉱町は想像ができない。これからの日本が穏やかな衰退期となり、経済は縮小しても、心豊かな生活を送れるように願っている。この本にそんなヒントがあるというのはオーバーだが、余裕とあきらめの気持ちが大切だと思った。(悲観的??)
奥田英朗(おくだ・ひでお)
1959年岐阜市出身。雑誌編集者、プランナー、コピーライターを経て、
1997年「ウランバーナの森」で作家デビュー。第2作の「最悪」がベストセラーになる。
2002年「邪魔」で大藪春彦賞
2004年「空中ブランコ」で直木賞
2007年「家日和」で柴田錬三郎賞
2009年「「オリンピックの身代金」で吉川英治文学賞受賞
その他、「イン・ザ・プール」「町長選挙」「マドンナ」「ガール」「サウスバウンド」『沈黙の町で』『噂の女』『ナオミとカナコ』『我が家のヒミツ』など。