貫井徳郎著『悪の芽』(2021年2月26日KADOKAWA発行)を読んだ。
犯人は自殺。無差別大量殺人はなぜ起こったのか?
世間を震撼させた無差別大量殺傷事件。事件後、犯人は自らに火をつけ、絶叫しながら死んでいった――。元同級生が辿り着いた、衝撃の真実とは。現代の“悪”を活写した、貫井ミステリの最高峰。
アニメグッズ購入が目的で大人数が集まるイベントで火炎瓶を投げつけて、死者8名、重軽傷者30数名の事件が起こった。無差別大量殺人犯人の斎木は自殺した。
安達は40代前半のエリート銀行員。妻と子供にも恵まれて順風満帆な人生を送って来た。この事件の犯人・斎木は小学校で同じクラスだったと気付き、からかいの言葉をかけたことがきっかけでいじめが始まったことを思い出して落ち着かなくなる。小学校時代のいじめが事件の背景にあるとも報道され、安達は苦悩し、パニック障害になり、逃れるために犯行の背景を調べ始める。自身への陰が忍び寄り、家族への危機が迫る気配を感じながらも、調べを進めざるをえなくなる。
アニメファンでもない斉木はなぜアニメイベントを襲ったのか?
亀谷壮弥:現場近くにいて、火柱になる被害者などをスマホで動画撮影し、TV局やネットに上げ注目された。
斉木均(さいきひとし):41歳無職。独身。小5からいじめで不登校。一か月前までファミリーレストランでアルバイト。キャパクラ嬢に通っていたとの話もある。
安達周:銀行本社課長、出世コース。妻・美春と9歳、5歳の娘がいる。
真壁友紀:斉木、安達の小学校同級生。ガキ大将で斉木をいじめた。長男・大我に自分の過去のいじめを告げる。
西山果南:目立たないが、素晴らしいコスプレプレーヤー。亀谷を知り合う。
荒井、今岡:斉木とファミレスで一緒に働いていた。
江成厚子:被害者・仁美の母親。恨みを晴らそうと安達を調べ始める。長男は隆章、夫は勝幸。
熊谷妃菜:キャパクラ嬢。萌夏(モカ)という拡張型心筋症の娘がいる。
初出:「小説 野性時代」2019年12月号~2020年11月号
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
犯人捜しのミステリーではなく、犯人の動機が探っていく話だが、少しずつベールを剥がすように明らかになっていく話の展開には引き込まれる。
ただ、冗長ぎみだ。例えば、安達が荒井をファミレスで会っていた時の話が、厚子の視点で事実はほぼそのまま10頁余りに渡り、再度繰り返されている。
鈍感な私など、はるか昔の、些細なことなど気にしないが、多くの読者は私と同感なのではと思ってしまう。無欠陥の人生街道驀進中の完璧人間の安達には気になって墓穴を掘りに行ったのだろう。
まあ、まじめに前向きにとらえれば、人は過去の他人との出会い、その影響の積み重ねの上で、ある行動を選択する。大きな事件の背景には、犯人に与えた大小さまざまな他人の影響が積み重なって、行動の背中を押しているはずだ。小さいながらもかかわりを持つ人は常にその可能性に心しなければならないのだろう。
見知らぬ人に親切にするには、勇気がいる。そのちょっとした勇気の欠如が積み重なり、冷たい社会ができあがってしまった。(p346)
これを絶望する人もいるが、人間の心には必ず、善の芽が宿っているはずだ。その善の芽をひとりひとりが育てていけば、人間の進化による数万年も待たずに望ましい社会が必ず現れる。
この結論、納得である。私は既に、貫井徳郎『明日の空』の最後に、だれでも納得する例を挙げている。
(かって多くの)公衆トイレは和式だったのだが、床や便器のふちが汚れていることが多かった。私はトイレを出る前にトイレットペーパーをちぎって、汚れの上に落とし、足でこすって便器に捨て、ちょっとだけきれいにしてから出ることを心がけていた。次々と同じことをすれば、公衆トイレはどんどんきれいになるのに、と信じて??