身近に迫る欧州危機
プロ棋士の碁や将棋は互いに最善手を打つので、一手毎に局面の優劣が替わるといわれている。2年前のギリシャ危機に端を発したEU危機に対応し、EUは異例の頻度で首脳会議を開催し手を打ってきた。だが、その一手一手が市場の期待する最善手とは言えず、会議前の期待と会議後の失望を繰り返してきた。皮肉な期待と失望のサイクルだ。これ程問題先送りを繰り返すのも日本以外では珍しい。
既に指摘されているように、長引くEU危機は世界経済にジワジワと悪影響を与え、リーマン・ショック後の世界経済回復の牽引車となった新興国・資源国の経済悪化がついに表面化し始めた。私は金融資産のかなりの部分を新興国・資源国に振り向け、リーマン・ショックで痛撃を受けた虎の子の老後の資産を一時回復した。だがそれも束の間、9月頃から暗雲が垂れ込めた。
欧州危機が私の判断を狂わせた!
長引く欧州危機をどう評価してどう行動するか、私にとっては老後の資金がかかっている(既に老後ですが)。欧州危機はリーマン・ショックに比べ影響の広がりとタイムラインが読めないとずっと感じていた。更に10月後半に8-9割でガンだと診断を受け、ちゃんとした判断が出来るか不安があった。そんな時の10月後半頃に証券会社の担当マネージャが、来春にかけて新興国・資源国通貨の先安感が濃厚になったので、投資の一部を円資産に移すよう助言してくれた。
私は健康問題のせいか安全志向(つまり弱気)になっていたので、いつもに比べあっさりと助言を受け入れた。考え方は悪くないと思うのだがタイミング的には最悪で、底値で売りかなりの損を確定させてしまった。この記事で、この私的事情と重ね合わせて(つまり多少正気を失い、怒りを感じて)欧州危機を解釈してみる。
何かオカシイ、欧州首脳
欧州首脳の決定は当初から基本方針は正しいのだが、具体的な施策のタイミングや手順は最悪良くて不十分というのが続いている。9日のEU首脳会議でも市場の評価はマチマチだった。私から見ると財政規律強化がやたら強調されただけで、緊急対応が必要な重債務国の返済の見通しが立ったわけではない。記者会見でサルコジが胸を張って成果を誇るのは空元気っぽく感じた。
事態の深刻さと影響が伝播する速度についての認識が最初から甘く今もそう変わらない。底流には仏独などの大国は自国が起こした問題ではないという気持ちが、政府国民両方にあった為だと私は疑っている。2006年頃のサブプライム問題を見る米国内外の目を思い出す。当時誰もがリーマン・ショックに発展するとは予想しなかった。
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だがリーマン・ショックで欧州政府は十分学習したはずなのに、打つ手が不十分で遅いのは何故か。彼らは何時までたってもこの素朴な問い掛けに応えてない。南欧の国債暴落(金利上昇)の対策として直ぐやらなければならないことはただ一つなのにもかかわらず、だ。
欧州銀行(ECB)の国債購入禁止という「欧州の自縛」がヘッジファンドに付込まれている。危機に直面して日米とも中央銀行(日銀・FRB)が巨額の資金を投入して買い支えた。市場(ヘッジファンド)と対峙するにはこの選択肢以外にない。欧州政府(英国を除いて)はそれが気に入らない。メルケルやドラギECB総裁は否定的だがいつか追い込まれて必ずそうなると私は予測する。
大西洋を挟んで報道の温度差
米国が(欧州危機が米国に波及する)危機感を持って欧州首脳に迅速な対応を求めてもまともに取り合わない、米国の影響力がなくなったとファイナンシャルタイムズ(FT12/5)は報じた。クリントン時代と違ってガイトナー財務長官の助言(中銀の積極介入)など軽くあしらわれているという。
だが、独仏はヘッジファンドが暴れ米国の格付会社が国債を格下げするのを苦々しく思っている。具体的には長期金利(国債)の金利が上昇するのを恐れているのだ。元々ドイツが南欧諸国の支援に躊躇するのも、欧州一安い金利を享受している特別の状況を維持したいが為で、これら重債務国に引っ張られては堪らないと思っているからだ。
これをドイツの身勝手と思うか、原理原則を貫くと思うか。本音を探ると、大西洋だけでなくドーバー海峡にも、或いはマジノ線(独仏国境)にも温度差がある。基本は欧州政府がキチンと対応できるか、その能力があるのか、疑いを持っている。だから市場は強気と弱気が交錯し風向きによって日替わりメニューのように変化する。市場の主体はウォールストリート(米国)であり、シティ(英国)である。
会議は踊る
ニューズウィークなど米国メディアは欧州政府の無能振りを指摘し、フランスは懸命にドイツを留めようと歩調を揃えている。だが、ドイツのユーロ離脱論が現実の可能性として議論されるようになって来た。米国は軽んじられ、英国は大陸と距離を置く、フランスが無駄に動き回る、ナポレオン戦争後の「会議は踊る、されど進まず」的混沌だ。見方を変えれば、フランス得意の外交力を発揮するには最高の場面かもしれない。
サルコジは必死の調整を続けながら、その役割に内心楽しんでいるかもしれないと思う。上手く行かなければ無能と思われるが、悪役メルケルをなだめEU崩壊の危機を救うジャンヌダルクになるのか、それとも問題先送りしかできずメッテルニヒになるのか。危機が回避できれば主役はドイツでも立役者はサルコジになるだろう。
いまや炉心溶融に喩えられるユーロ崩壊は最後には避けられると予測する。だが、追い込まれて政策の小出しを続けながらぎりぎりの状況で対応していくことになる、結果として2012年後半まで新興国を始め世界経済にかなりの悪影響を与える恐れがあると予測する。彼らの罪は重い。■
学習効果がない?