続・本番
生検は超音波プローブで前立腺の状態を確認しながら、左右6ヶ所ずつ計12ヶ所に針を刺してサンプルを採る。その直前に針を刺して麻酔をかけたが、このときチクッとした痛みが走った。麻酔は直ぐに効くとのことで前立腺左側から始めた。バネの弾ける音がする度に痛みが走った。
最初の2ポイント目まで痛みが大きかった気がする。始まると早く終って欲しいと思いながら、針を突き立てるバネの音を数えて行った。必ず痛みが来ると思いながら待つのは痛みを倍増させる。最後のポイントも少し痛かった。5分くらいと聞いていたが、嫌に長く感じた。
翌日同室の老患者に聞くと、彼も同じ検査を受けたことがあってかなりの痛みがあったという。彼は麻酔をかけなかったと思っているらしい。私が麻酔はありましたよ、直前にかけるので気が付かなかったのではと言うと、不審な顔つきだった。彼も翌日退院していった。
検査が終ると肛門からの血が流れ出るので、入院手続き時に買ったパッド(おしめ)をつけてパンツを上からはいた。車椅子に乗せられ病室に戻った。母がおしめを付け車椅子に乗るようになって3年で、まさか私が同じ経験をするとは思いもしなかった。エレベーターを待つ間に検査を手伝った若い技師に、「毎日他人の肛門を見るとは因果な商売だね」と言うと曖昧に頭を振って何か言って挨拶をして階段を上がっていった。
血圧測定の決まり文句
聞き取りから検査までずっと相手してくれた看護婦に聞くと、検査中の血圧は140-95辺りと安定していたそうだ。それを聞いて私は大笑いした。というのも、検査の前は血圧が150半ばもあったからだ。部屋に戻って血圧を測ると170台あった。普通は逆?彼女は機械差もあると付け足した。
長年血圧を監視してきて何故か私の血圧は不安定で測る度に変動する。高い血圧値が出る度に、「こんな綺麗な人が測ったら血圧が高くなるに決まってる」と言うことに決めている。言う度に彼女達は例外なくニコッと笑って会話がスムーズになる。今回も入れ替わりで来る看護婦達に決まり文句を言い、全員笑った。だが、一旦血圧が落ち着くと体温確認だけになった。
検査が終ったのは13:20、それから1時間はベッドで安静するように言われ、その間に昼食をした。味が薄い典型的な病院食だったが、その後出てきた3食ともご飯の量が予想外に多い170gもあった。私は最近まで150g食べていたが、この数ヶ月はおかずを増やし120g程度に減らしていた。看護婦にカロリー値を聞くと知らないと言う。多分、普通の病院の方が気にしているだろう。
検査後2時間でやっと尿意を催した。尿の量は少なくて170ml程度だったが、残尿感は無かった。かなり濃い血尿だった。肛門に違和感が残り、微量の血便が出た。看護婦は暫く監視を続けようと言った。その後も医者や看護婦はドンドン水を飲めと顔を見る度に言った。肛門の辺りに熱を感じると、もう少しオイルを使って優しく出来なかったかと恨んだ。
ベテランからの助言
水分を取って排尿し血の混じり具合をチェックする以外、何もすることはない。そうすると体内から普段の習慣をするよう求めてきた。ナースコールで了解を取り、階下のレストランに行き苦いコーヒーに甘い物(チーズケーキ)を頂いた。やることが無くなると口が寂しくなる。
トレイをもって窓際の感じの良い老婦人に断わり横に据わった。コーヒーとくれば誰か話し相手が欲しくなる。何時の頃か全く躊躇なく老若男女の誰とでも警戒心を持たれず話せるようになった。多分歳のせいだ。暫く世間話をした後、彼女は6年前に乳がんになったという。彼女の様子を見て聞くと、早期発見のお陰で乳房を全摘しなくとも済んだという。前立腺がんのあと甲状腺もガンになった83歳の知人がまだピンピンしていると言った。
彼女が私を元気付けようとして言っているのは分かった。だが、「がんには完治」というものが無いとも言った。だからこそ、何年たっても他に転移してないかチェックし続けないといけないと。彼女が挨拶して出て行った後、私はもう1杯コーヒーをお代わりして部屋に戻った。コーヒーのお陰か直ぐ尿意を催しトイレに行き、濃い橙色の尿のは入ったコップを看護婦に見せた。黒いカサブタが血尿に混じって出てきた。(続く)■