一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

内藤國雄九段、引退

2015-03-14 00:13:48 | 男性棋士
内藤國雄九段は今年度いっぱいでの現役引退を表明しており、12日に行われた竜王戦6組昇級者決定戦で敗れ、これが現役最後の一局となった(正式な引退日は31日)。

内藤九段は昭和14年(1939年)11月15日生まれの75歳。昭和33年四段、42年八段。
タイトル戦は昭和43年度の第18期王将戦に初登場。しかし大山康晴王将に0-4で敗れた。
次の登場は翌昭和44年の第15期棋聖戦で、相手は中原誠棋聖。第1局は逆転で落としたものの、以降3局を連勝し、初タイトルを獲得した。この3局は空中戦の名局で、のちに「内藤流空中戦法」と称された。現在の横歩取り△3三角型はこの内藤流を下敷きにしており、現代でも内藤九段の将棋が生きていることが分かる。
しかしこの棋聖位も、翌期大山四冠に奪われてしまう。内藤九段にとって大山名人は、目の上のタンコブのごとき存在であった。
リベンジのチャンスはすぐにやってきた。昭和47年・第13期王位戦で、このとき大山王位は名人位を失った直後だったが、王位戦に関してはそれまで12連覇中。王位戦は大山のためにある、と言われていた。
下馬評では内藤九段不利。しかし内藤九段は頑張った。第1局に勝ち、次の第2局は負けたものの、第3局に「鳥刺し戦法」で快勝。続く第4、5局も勝って、ついに大山からタイトルを奪取したのであった。
内藤九段の棋風はケレン味がなく、清流の流れのごとき清冽さがある。ムダな手が一切なく、相手玉に最短距離で向かう潔さがある。私も内藤九段のように華麗な将棋を指したいと努めたが、しょせんは無理な注文だった。
棋界のエンターテイナー内藤九段は活躍の場を拡げ、昭和51年には歌手として「おゆき」を発表。レコードは100万枚以上を売り上げる爆発的なヒットとなった。当時の日本人は誰もが、サビのフレーズを歌うことができた。
この数年後、私はNHKの歌番組で、内藤九段を観ている。ふつうに歌を歌って退き、それは本職の歌手と同じ扱いであった。
内藤九段にもうひとつ欠かせないのは「詰将棋」である。デイリースポーツでは長年詰将棋コーナーを担当し、連載は13,000回を優に越えている。それは小品ながらピリッと効く妙手が入り、解後感がとてもいい。ただし、「10分で初段」とか書いてあるのに妙に難しい17手詰とかもあり、段級位認定には苦笑いするところもある。
長編では昭和56年に「玉方実戦初形」を新聞に発表した。この年の2月、九州からの新幹線の車内で▲8七角の配置を発見、大傑作の誕生となった。さらに平成10年(1998年)には「攻方実戦初形」を発表。もちろんすべての駒に意味がある、奇跡的な作品であった。
ほかには平成12年に発表した「ベンハー」も、構想40年の大傑作である。もちろん映画「ベンハー」をリスペクトしたもので、作品を鑑賞すると、戦車の車輪が軋む音が聞こえてくるようである。
さらに内藤九段は、座談とエッセイの名手でもある。エッセイはたいてい1頁か2頁だが、内藤節はテーマが多岐にわたり、面白い。もう少し読みたい、というところでサラッと終わる感じが何ともいえずいい。
これは書いても差し支えないと思うのだが、たまたま内藤九段が口述をすることになり、ある観戦記者が書き起こしをしたときのこと。
観戦記者がテープに吹き込まれた言葉を文章にすると、一字も直すところがなかったという。しかも分量が指定の紙数にピッタリ収まり、2度びっくりしたという。
以前書いたとおり、棋士は引退しても棋士であり、公式戦を指さなくなるだけである。内藤九段は「将棋世界」にも連載を持っているし、詰将棋創作のライフワークもある。私は、内藤九段が引退したからこそ、今後は内藤作品に触れられる機会が増えると思っている。
内藤先生、56年半の現役生活、お疲れ様でした。

では、内藤九段の会心の一局を紹介しよう。上にも書いた、第13期王位戦七番勝負第3局である。

第13期王位戦七番勝負第3局
昭和47年(1972年)8月23日・24日
於:北海道札幌市「ホテルニューミヤコ」
持ち時間:各9時間

▲八段 内藤國雄
△王位 大山康晴

▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲5六歩△2二飛▲6八銀△4二銀▲5七銀△4四歩▲6八玉△6二玉▲7八玉△7二玉▲3六歩△4三銀▲4六銀△3二金▲3五歩△同歩
▲同銀△3四歩▲4六銀△8二玉▲4八銀△7二銀▲3七銀引△9四歩▲9六歩△5四銀▲3六銀△4三金▲5八金右△6四歩▲4六歩△7四歩▲5七銀△8四歩▲7六歩△8三銀
▲6八金上△7五歩▲同歩△7二飛▲6六銀△6五歩▲7七銀△8五歩▲2四歩△同角▲4五歩△同歩▲2二歩△3三桂▲2一歩成△4六角▲3七歩△3五歩▲4七銀△6四角
▲1一と△4六歩▲同銀△同角▲4九香△6八角成▲同金△4五歩▲2三飛成△6四銀▲2一竜△7一金▲3六歩△6三銀▲3五歩△5四金▲3四歩△7五銀▲7六歩△同銀
▲3七角△4六歩▲同角△6四金▲7五歩△7七銀成▲同角△7五飛▲7六歩△同飛▲3三歩成△8六歩▲同歩△8八歩▲8五銀△5六飛▲7五桂△7二銀打▲8三桂成△同銀
▲8四銀打△7二金打▲8三銀成△同金▲8四銀打△7二銀打▲6四角△同銀▲5七歩△5四飛▲8三銀成△同銀▲7四金△7二銀打▲6四金△同飛▲5五角△7三角▲6四角△同角
▲2二飛△6一金打▲7四銀打△6二桂▲8三銀成△同銀▲8四銀打△7二銀打▲8三銀成△同銀▲8四金△7二銀打▲7四銀打△8四銀▲同銀△9二角▲7三歩△7四角▲7二歩成△同金
▲7五銀△同角▲同銀△8三角▲8五歩△8九歩成▲8四歩△9二角▲8三角△同角▲同歩成△同金▲7一竜△同玉▲7二銀△同玉▲6一角
まで、157手で内藤八段の勝ち

73手目の▲3六歩が名手。この辺りを、「内藤将棋勝局集」(講談社)から引いてみよう。
「一見ピントはずれのようだが、遠見の自陣角(▲3七角または▲2八角)を含んだ盤上随一の名手である。私はこの将棋の勝因はこの一手にあると思っている」
後に自身が「生涯最高の手」と語る、味わい深い一手であった。
コメント
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