清州城下にやってきた、ひいは(さてどうしたものか)と思いながらも物珍し気に歩いていると「犬も歩けば棒にあたる」
同郷中村の幼馴染、三蔵に出くわした、ひいより3歳年上で中村では互いに嫌われ者だったから気が合うのだった。
「まさか、こんなところで会うとはのう、仏様のお導きじゃ」
この三蔵、乱暴者だが人は見かけによらぬ、村にいたころから情報通だった
「あほな百姓づれなど相手にしていられるか、今におれは清州に行って一旗あげてやるんだ」と常々言っていたものだ。
何か情報を得られそうで「飯屋で一杯おごるから」と誘い込んだ、とにかく聞き上手に回って、相手から情報をできるだけ多く引き出すのがひいの手だ
案の定、酔うにつれ三蔵の口は軽くなり、業界の珍しい話が次々と出てくる
三蔵は日頃は町の無法者の中に身を置き、軽い悪事を繰り返しているが、時々戦が起こると傭兵として戦場に行くのだという
これまでも敵の雑兵首をいくつ取ったとか自慢している、ガタイが良く腕っぷしは強い
三蔵はこんなことを言った
「お前は寺にいたというから血なまぐさい話には縁がなかろう、わしは戦場を走り回ったで戦の話ならまかしてちょ てなもんだ」
「ふんふん、さすがは三蔵兄いだ」
「まあ、黙って聞いてろ、まずは尾張の情勢を聞かせてやる、わしらの中村は那古屋の織田信長様の支配じゃが、こりゃあ話にならんのよ、歳はわしと同じらしいがボンボンのアホ侍じゃ
親父は織田信秀様とゆうて、末森のお城が本貫じゃ、ここに信長の弟信勝が一緒にいるから跡目は信勝が継ぐんじゃろよ
尾張の奉行衆では信秀様は抜群の働きをなさる、信秀様の親方が守護代ここ清州の織田様じゃ、戦の采配はすべて信秀様に任せておるのじゃ
今、守護代様の一番の敵は何といっても三河の松平じゃが去年信秀様は松平勢の岡崎城に攻め込んで嫡男の松平竹千代を人質にして連れてきた。
なんとも剛毅なお方じゃ。
じゃがの、松平の後ろには駿府、遠州の太守今川義元公がついておるで、簡単にゃあいかんのよ。
今年には三河に攻め込んで岡崎を取り返すじゃろうとの噂じゃ、こうなるとまた、わしらに戦の声がかかってくるのだわ。
だが織田信秀も黙ってはおらぬ、あのアホの信長に美濃の斎藤道三の娘を嫁にもらった、斎藤は今川に通じとるという噂だったがのぉ
斎藤道三と言えば、大変な才覚者での、どこから来たのかまったくわからん流れもんのくせに瞬く間に、美濃の守護だった土岐様に取り入り挙句に謀反を起こして美濃稲葉山城と土岐様の愛妾まで乗っ取った大悪人じゃ
それが織田信長の舅になったから信秀様も一安心だが、うかうかしておれば尾張も道三にとられるぞい、油断はできん。
しかし斎藤にしても成り上がりで背後の朝倉、浅井、六角、木曽それに今川にも注意せにゃいけんでよ
まあこんなわけで三つ巴ちゅうのが今のこのあたりの勢力争いじゃ
わしらはどこであれ稼がせてくれる大将に味方するだけじゃ」
「なるほどのう、武士も楽には稼げんのじゃのう」
「そうじゃ。命がけじゃ、そのかわり戦に行けばわしらみたいなもんは僅かな銭しかもらえんが、戦場では分捕り放題じゃ、敵の死人から身ぐるみ剥いで、胴丸でも刀でも売り飛ばすし、百姓家に乗り込んで奪えるものは奪う、女がいればそれも馳走じゃ、まったく勝ち戦は応えされんのじゃ、どうじゃお前も仲間に入らんか」
「うん、考えてはおくが、戦じゃのうても儲かる仕事はなんじゃろうか?三蔵兄いなら知っておろう」
「しらでか、戦が続いている限り鍛冶屋は儲かるじゃろうの、刀鍛冶、武具に弓矢、馬具、荷駄の輪っかだとか、蹄鉄」
「なるほど、鍛冶屋か、俺でもできそうだ」ひいはなかなか手先が器用だ
「それにのう薩摩という遠国では鉄砲という、遠くから噴き出す火で敵を殺す南蛮渡来の武器が流行しているとかで、堺の商人も動き始めたとの噂じゃ」
「鉄砲? 何じゃろう見てみたいものだが」
「鍛冶屋なら何かわかるかもしれんぞ、織田信秀様は戦のことなら手を尽くすお方じゃから鍛冶屋にも注意をあたえているかもしれんでよ」
「なるほど、三蔵兄いはどこか馴染みの鍛冶屋を知っておるじゃろ、紹介してちょうだい」
「うん、作兵衛鍛冶なら知っておるが、そこで働いてみるか?」
「ぜひ」
「鉄砲のことがわかったらわしにも知らせてちょ」
「むろんのことでござる」「ははは」
寺にいたころ、武士から聞いた話よりも新しく詳しい三蔵の話に心が沸き立った