見もの・読みもの日記

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統計から見えるもの/不平等国家 中国(園田茂人)

2008-06-14 23:52:37 | 読んだもの(書籍)
○園田茂人『不平等国家 中国:自己否定した社会主義のゆくえ』(中公新書) 中央公論新社 2008.5

 自戒を込めて確認しておくと、格差あるいは不平等というのは、AとBのグループの取り分(所得、地位、社会的評価など)に差がある状態をいう。それが「不公平」と認識されるかどうかはケース・バイ・ケースだ。一生懸命働いた人が、そうでない人よりも多く収入を得ることは、「不平等」ではあるが「不公平」とは認識されにくい。では、一生懸命勉強して高い学歴を得た人が、多い収入を得ることに対してはどうか? たぶん集団によって、答えは異なるだろう。

 改革開放政策の開始から30年(ちょうど一世代だ)。絶対平等を理念としたはずの社会主義国家・中国では、市場経済の導入によって、急速に不平等が拡大している。そのことは、日本のテレビに映し出される中国の姿をぼんやり眺めているだけでも分かる。問題は、中国の人々が何を「不公平」と考えているかである。これについて、本書は多くの統計データを用いて、興味深い分析結果を示している。

 著者がたびたび参照している調査のひとつが「アジア・バロメーター」だ。猪口孝氏(東京大学東洋文化研究所→中央大学)が2003年から実施しているもので、アジア全域の「普通の人々」を対象とする定期世論調査である(10年間継続予定)。これが非常に面白い。経済成長率とか就学率とか、社会の実態を示すオモテの数字に対して、人々が何を感じ、なぜそうした生活を選び取ったかという、ウラの事情が見えてくるからだ。

 たとえば、「よく働いた者がそれだけ収入を得るのは当然だ」という文言に「強く賛成」する割合が、韓国・ヴェトナム・台湾では4割を超え、中国・香港もこれに近いのに、日本では2割を切る。つまり、中国は、能力主義(あるいは実績主義)に対して、日本よりずっと肯定的なのだ。

 別の調査によれば、中国で最も重要な収入決定要因は学歴である。「学歴社会」である度合は、日本よりずっと強い。にもかかわらず、「社会的不公平の深刻さ」を尋ねた調査で「学歴」を挙げる割合は、中国より日本のほうがずっと高いのだ。それどころか、学歴、勤勉、家族背景などのうち、「どの条件を満たす人が高所得を得ているか(現実)」と「どの条件を満たす人が高所得に値するか(理想)」を比較してみると、学歴のある人は、現状よりもっと高所得を得るべき、と考えられていることが分かる。

 しかも、そう考えているのは、高学歴・高収入を得ている「勝ち組」ではない。むしろ「負け組」の人々が、子どもに教育投資をすることで「リターンマッチ」を望んでおり、今より「収入格差が大きくなってもよい」と考えているという。これって、やっぱり科挙のDNAなのかしら。皮肉なことに、古典的なマルクス主義(貧しい人間は格差の是正を望み、豊かな人間は格差を肯定する)と、全く相反する現象である。中国政府は、格差を是正し、安定した「和諧社会」の実現に向けて、日本の戦後経験に学ぶべきだ、と著者は言う。もちろん大真面目に。でも、資本主義国家・日本が、社会主義国家・中国に、格差是正を教えるというのは、ブラックジョークみたいだ、と思った。

 個別のトピックで興味深かったのは、女性の階層分化を論じた章。衝撃だったのは、2006年に中国人女子学生に聞いた調査で「仕事のために家族が犠牲になっても仕方がない」に、大いに賛成・賛成する回答が97%にのぼるという結果。すげー。社会のエリートとしての自負が、日本の女子大生とは全然違うのかもしれない。

 もうひとつ、中国の人々に機関・組織への信頼度を尋ねた調査結果も面白かった。中央政府は意外と信頼されている。地方政府は中央政府ほど信頼されていない。もっと信頼されていないのはマスメディアである(あまり・全く信用していないが約6割)。日本人は、中国のマスコミを共産党の代弁者として批判するが、そんなことは中国人は先刻承知なのである。
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