ロベルト・ピウミーニ/長野徹訳 2014年 東宣出版
つい最近読んだ本。
去年の12月の出版なんだが、年明けたころから書店をいろいろ探したんだけど無かった。
(っつっても、ウチのまわりと勤め先のまわりと、途中のターミナル駅周辺という、日常の動線の範囲内。)
棚に見つからないからって、そういうとき、わざわざ頼んで取り寄せてもらうようなことまではしないんだけど。
…足で探すから楽しいんじゃん、ってのが主な理由だが、おっきな書店の検索システムみたいなのでも「在庫なし」って出るもんだし。
弱ったね、無いとなるとますます気になってくる、新しい本なのにね、すーぐ返本して絶版になってって世の中らしいから。
と思ってたら、今月に入って関西出張行ったら、見つけることができた。
棚にまだ複数冊あったよ、あるとこにはあるもんだ、「丸善&ジュンク」グッドジョブ!
(ふたつ買って一つは飾っとくなんて大人みたいなことはしないけど。)
ということで、読むことができた。こういうとき、安心しちゃって、ずっと放置しておくとか、そういうことはあまりしない。
本書は、「はじめて出逢う世界のおはなし」シリーズの、イタリア編ってことで、児童文学の短編集。25の「ファンタジーア」が収められてる。
ひとつひとつは、とても短い。そして、どの国の童話もそうだろうけど、リズムがよくって、言葉にキラリと光るものあって、意外な展開なのに楽しくて先に進みたくなるストーリーから成っている。
ユーモアが感じられるんだけど、どこか恐いところ、グロテスクなところを含んでるってのも、よくあることで。
「パトリシュスと悪魔ラクソー」なんていいねえ。
シベリア横断鉄道の保線夫パトリシュスは、週に一度しか通らない列車のための線路の点検が仕事。
ある火曜日、列車が通り過ぎた数時間後に線路に沿って歩いていると、なんと線路にきれいな結び目ができていた。
そこに座ってたのは悪魔ラクソー、気が利いた冗談だろと言ってご満悦である。
元どおりに線路を直してくれと頼むパトリシュスに、ラクソーは「オレンジの花とミントの葉で熱いお茶を作ってくれ」と要求する。
普通のお茶ぢゃダメだという、オレンジとミントは山をこえた南の地方まで行かないと手に入らない。
しかたなくパトリシュスは、ろくな食べものも持たず、山脈を登り、三日かけてオレンジとミントを採り、また三日かけて戻ってきた。
火曜日の朝に、ご所望通りのお茶をラクソーに出すと、悪魔はさっと手をふってスルスルと線路の結び目をほどいたので、その日の列車は無事に通過することができた。
その日はすぐに消えてしまった悪魔だったが、一か月後にまたレールに結び目をつくっていた。
結び目をほどけというパトリシュスに、ラクソーは「ラタイ山脈で取れる赤い石を百個もってきてくれ。そいつで首飾りを作りたいんだ。」という。
悪魔は線路のレールを結ぶことなんかできるけど、お茶の葉をとってきたり石を拾ってきたりはできないんだと。
しかたなくパトリシュスは、歩いて四日はかかるという山脈に向かって出発する。
…というような話。
あとは、指を立てて数の概念を教えようとする大人と、「それは『一』ぢゃなくて『親指』でしょ」とか言って理解しようとしない子どものやりとりと、そのラストが奇想天外な「数の勉強」が、私のフェイバリットになっている。
「建物の中に入っていった若者」
「ナバラの決闘」
「沈黙大会」
「囚われの料理人」
「メガネをかけた足」
「悲しい男のマフラー」
「登るクマ」
「税関吏の物語」
「パトリシュスと悪魔ラクソー」
「ゴングの音色」
「数の勉強」
「ジュッファの馬」
「トルボレーズ包囲戦」
「感謝日」
「コンパリコの扇子」
「闘牛士になった信号機」
「壺作りのボルト」
「トウモロコシの中の老人」
「頭と帽子」
「フランソワ・マジックのフレスコ画」
「五人とリンゴ」
「栄誉のサクランボ」
「美しき騎士の仮面」
「盗まれた車輪」
「逃げてゆく水平線」
つい最近読んだ本。
去年の12月の出版なんだが、年明けたころから書店をいろいろ探したんだけど無かった。
(っつっても、ウチのまわりと勤め先のまわりと、途中のターミナル駅周辺という、日常の動線の範囲内。)
棚に見つからないからって、そういうとき、わざわざ頼んで取り寄せてもらうようなことまではしないんだけど。
…足で探すから楽しいんじゃん、ってのが主な理由だが、おっきな書店の検索システムみたいなのでも「在庫なし」って出るもんだし。
弱ったね、無いとなるとますます気になってくる、新しい本なのにね、すーぐ返本して絶版になってって世の中らしいから。
と思ってたら、今月に入って関西出張行ったら、見つけることができた。
棚にまだ複数冊あったよ、あるとこにはあるもんだ、「丸善&ジュンク」グッドジョブ!
(ふたつ買って一つは飾っとくなんて大人みたいなことはしないけど。)
ということで、読むことができた。こういうとき、安心しちゃって、ずっと放置しておくとか、そういうことはあまりしない。
本書は、「はじめて出逢う世界のおはなし」シリーズの、イタリア編ってことで、児童文学の短編集。25の「ファンタジーア」が収められてる。
ひとつひとつは、とても短い。そして、どの国の童話もそうだろうけど、リズムがよくって、言葉にキラリと光るものあって、意外な展開なのに楽しくて先に進みたくなるストーリーから成っている。
ユーモアが感じられるんだけど、どこか恐いところ、グロテスクなところを含んでるってのも、よくあることで。
「パトリシュスと悪魔ラクソー」なんていいねえ。
シベリア横断鉄道の保線夫パトリシュスは、週に一度しか通らない列車のための線路の点検が仕事。
ある火曜日、列車が通り過ぎた数時間後に線路に沿って歩いていると、なんと線路にきれいな結び目ができていた。
そこに座ってたのは悪魔ラクソー、気が利いた冗談だろと言ってご満悦である。
元どおりに線路を直してくれと頼むパトリシュスに、ラクソーは「オレンジの花とミントの葉で熱いお茶を作ってくれ」と要求する。
普通のお茶ぢゃダメだという、オレンジとミントは山をこえた南の地方まで行かないと手に入らない。
しかたなくパトリシュスは、ろくな食べものも持たず、山脈を登り、三日かけてオレンジとミントを採り、また三日かけて戻ってきた。
火曜日の朝に、ご所望通りのお茶をラクソーに出すと、悪魔はさっと手をふってスルスルと線路の結び目をほどいたので、その日の列車は無事に通過することができた。
その日はすぐに消えてしまった悪魔だったが、一か月後にまたレールに結び目をつくっていた。
結び目をほどけというパトリシュスに、ラクソーは「ラタイ山脈で取れる赤い石を百個もってきてくれ。そいつで首飾りを作りたいんだ。」という。
悪魔は線路のレールを結ぶことなんかできるけど、お茶の葉をとってきたり石を拾ってきたりはできないんだと。
しかたなくパトリシュスは、歩いて四日はかかるという山脈に向かって出発する。
…というような話。
あとは、指を立てて数の概念を教えようとする大人と、「それは『一』ぢゃなくて『親指』でしょ」とか言って理解しようとしない子どものやりとりと、そのラストが奇想天外な「数の勉強」が、私のフェイバリットになっている。
「建物の中に入っていった若者」
「ナバラの決闘」
「沈黙大会」
「囚われの料理人」
「メガネをかけた足」
「悲しい男のマフラー」
「登るクマ」
「税関吏の物語」
「パトリシュスと悪魔ラクソー」
「ゴングの音色」
「数の勉強」
「ジュッファの馬」
「トルボレーズ包囲戦」
「感謝日」
「コンパリコの扇子」
「闘牛士になった信号機」
「壺作りのボルト」
「トウモロコシの中の老人」
「頭と帽子」
「フランソワ・マジックのフレスコ画」
「五人とリンゴ」
「栄誉のサクランボ」
「美しき騎士の仮面」
「盗まれた車輪」
「逃げてゆく水平線」