丸谷才一 2003年 講談社
すでに持ってる丸谷才一のものは、ここにもうぜんぶ並べたもんだと思って、自分にとって目新しそうな文庫とかをあさりはじめたりしてたんだけど、まだこんな大物が残ってたのには、自分でもちょっとおどろいたというか整理する能力のないのにがっかり。
おもしろいんだよねえ、これ、長編小説。
主人公は、1988年に三十歳になった女性で、そのころ昭和から平成にかけての時代の話。
父は日本史学者、兄は日銀に勤めてて、本人は「19世紀文学研究グループ」というのに所属してて、大学の講師とかしてる。
で、それが妙なことから、専門外であるはずの源氏物語にまつわる論争に巻き込まれたりして。
タイトルの「輝く日の宮」は、現存する源氏物語の、巻一である「桐壷」と巻二の「帚木」のあいだに、元はあったんではないかと推測される章の名前。
ま、そのへんの文学史、研究をめぐる話もおもしろいけど、当世の御当人の恋愛事情やそのへんを描くときの表現のうまさが、あいかわらず感心させられる。
>これきりにしませう。深入りするのが怖い
という出会いがあったんだが、薄情なつもりで言ってんぢゃないってことを、
>冥加に余る思ひです
なんて言い方するんだけど、いやボキャブラリーが豊富だなと思う。私が聞いたら、意味わかんないよ。
書き方がうまいと思わされるなかには、その相手ってのが水を取り扱う会社で仕事をしてるんだけど、それに関連づけて、なんかっていうと、
>(略)詰まらぬ情報のかずかずが、勾配に沿つて帯水層を流れる地下水のやうに流れた。
とか、
>(略)もう一度、同じ表情を、ただし硬水と軟水との違ひくらゐ差をつけてしてから(略)
とかって水をつかった言い表しかたするとこが、憎いくらいうまい。
そんな凝った技巧以外にも、物語の終盤で、
>右に折れて、細い道をゆく。右が狭い小川といふか、むしろ溝で、左側がすこし広めの溝。その二つにはさまれた平らな道を連れ立つてぶらぶら歩いてゆく。両側の水に、枯れたのや青いのや白い裏葉や、たくさんの落ち葉。その隙間に青と白の空がじつに無意味な感じで映つてゐる。歩いてゐるうちに右側の狭い水が急に広い池に変つて、人口の小島が二つ三つ。その島の一つに朱いろの紅葉(もみぢ)の樹。(p.411)
なんて淡々とした周囲の描写があるんだけど、これなんか古文の教科書にのってるような名文みたいにうまいなあと私は思う。
すでに持ってる丸谷才一のものは、ここにもうぜんぶ並べたもんだと思って、自分にとって目新しそうな文庫とかをあさりはじめたりしてたんだけど、まだこんな大物が残ってたのには、自分でもちょっとおどろいたというか整理する能力のないのにがっかり。
おもしろいんだよねえ、これ、長編小説。
主人公は、1988年に三十歳になった女性で、そのころ昭和から平成にかけての時代の話。
父は日本史学者、兄は日銀に勤めてて、本人は「19世紀文学研究グループ」というのに所属してて、大学の講師とかしてる。
で、それが妙なことから、専門外であるはずの源氏物語にまつわる論争に巻き込まれたりして。
タイトルの「輝く日の宮」は、現存する源氏物語の、巻一である「桐壷」と巻二の「帚木」のあいだに、元はあったんではないかと推測される章の名前。
ま、そのへんの文学史、研究をめぐる話もおもしろいけど、当世の御当人の恋愛事情やそのへんを描くときの表現のうまさが、あいかわらず感心させられる。
>これきりにしませう。深入りするのが怖い
という出会いがあったんだが、薄情なつもりで言ってんぢゃないってことを、
>冥加に余る思ひです
なんて言い方するんだけど、いやボキャブラリーが豊富だなと思う。私が聞いたら、意味わかんないよ。
書き方がうまいと思わされるなかには、その相手ってのが水を取り扱う会社で仕事をしてるんだけど、それに関連づけて、なんかっていうと、
>(略)詰まらぬ情報のかずかずが、勾配に沿つて帯水層を流れる地下水のやうに流れた。
とか、
>(略)もう一度、同じ表情を、ただし硬水と軟水との違ひくらゐ差をつけてしてから(略)
とかって水をつかった言い表しかたするとこが、憎いくらいうまい。
そんな凝った技巧以外にも、物語の終盤で、
>右に折れて、細い道をゆく。右が狭い小川といふか、むしろ溝で、左側がすこし広めの溝。その二つにはさまれた平らな道を連れ立つてぶらぶら歩いてゆく。両側の水に、枯れたのや青いのや白い裏葉や、たくさんの落ち葉。その隙間に青と白の空がじつに無意味な感じで映つてゐる。歩いてゐるうちに右側の狭い水が急に広い池に変つて、人口の小島が二つ三つ。その島の一つに朱いろの紅葉(もみぢ)の樹。(p.411)
なんて淡々とした周囲の描写があるんだけど、これなんか古文の教科書にのってるような名文みたいにうまいなあと私は思う。
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