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通達の性質 最高裁の考え方S43.12.24

2018-05-11 17:26:12 | 行政法学

 通達の理解のために、最高裁の判例を見ておきます。

 なお、通達の処分性が認められた裁判例 
 ⇒判決/東京地方裁判所(第一審)
 【裁判年月日】 昭和46年11月 8日
 【事件番号】 昭和39年(行ウ)第16号
 【事件名】 行政処分取消等請求事件
 


******最高裁HP******
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/975/054975_hanrei.pdf

法律解釈指定通達取消請求事件

昭和三九年(行ツ)第八七号
同四三年一二月二四日最高裁第三小法廷判決
【上告人】 控訴人 原告 〇〇院 代理人 池谷四郎
【被上告人】 被控訴人 被告 厚生大臣 〇〇〇〇


       主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。


       理   由

 上告代理人池谷四郎の上告理由について。

 論旨は、要するに、本件通達は従来慣習法上認められていた異宗派を理由とする埋葬拒否権の内容を変更し、新たに上告人に対して一般第三者の埋葬請求を受忍すべき義務を負わせたものであつて、この通達によれば、爾後このような理由による拒否に対しては刑罰を科せられるおそれがあり、また、右通達が発せられてからは現に多くの損害、不利益を被つている、従つて、右通達は上告人ら国民をも拘束し、直接具体的に上告人らに法律上の効果を及ぼしているのであつて、原判決が上告人のこのような主張を排斥して本訴を許すべからざるものとしたのは、本件通達の内容、効果を誤認し、ひいて法律の適用を誤つたものであり、また、審理不尽の違法を犯している、というのである。

 しかし、本件通達は、厚生省公衆衛生局環境衛生部長から都道府県指定都市衛生主管部局長にあてて発せられたもので、その内容は、墓地、埋葬等に関する法律一三条に関し、昭和二四年八月二二日付東京都衛生局長あて回答に示した見解を改め、今後は内閣法制局第一部長の昭和三五年二月一五日付回答の趣旨にそつて解釈、運用することとしたことを明らかにすると同時に、諸機関において、この点に留意して埋葬等に関する事務処理をするよう求めたものであり、行政組織および右法律の施行事務に関する関係法令を参しやくすれば、本件通達は、被上告人がその権限にもとづき所掌事務について、知事をも含めた関係行政機関に対し、法律の解釈、運用の方針を示して、その職務権限の行使を指揮したものと解せられる。

 元来、通達は、原則として、法規の性質をもつものではなく、上級行政機関が関係下級行政機関および職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発するものであり、このような通達は右機関および職員に対する行政組織内部における命令にすぎないから、これらのものがその通達に拘束されることはあつても、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が、法令の解釈や取扱いに関するもので、国民の権利義務に重大なかかわりをもつようなものである場合においても別段異なるところはない。このように、通達は、元来、法規の性質をもつものではないから、行政機関が通達の趣旨に反する処分をした場合においても、そのことを理由として、その処分の効力が左右されるものではない。また、裁判所がこれらの通達に拘束されることのないことはもちろんで、裁判所は、法令の解釈適用にあたつては、通達に示された法令の解釈とは異なる独自の解釈をすることができ、通達に定める取扱いが法の趣旨に反するときは独自にその違法を判定することもできる筋合である。

 このような通達一般の性質、前述した本件通達の形式、内容および原判決の引用する一審判決認定の事実(挙示の証拠に照らし肯認することができる。)その他原審の適法に確定した事実ならびに墓地、埋葬等に関する法律の規定を併せ考えれば、本件通達は従来とられていた法律の解釈や取扱いを変更するものではあるが、それはもつぱら知事以下の行政機関を拘束するにとどまるもので、これらの機関は右通達に反する行為をすることはできないにしても、国民は直接これに拘束されることはなく、従つて、右通達が直接に上告人の所論墓地経営権、管理権を侵害したり、新たに埋葬の受忍義務を課したりするものとはいいえない。また、墓地、埋葬等に関する法律二一条違反の有無に関しても、裁判所は本件通達における法律解釈等に拘束されるものではないのみならず、同法一三条にいわゆる正当の理由の判断にあたつては、本件通達に示されている事情以外の事情をも考慮すべきものと解せられるから、本件通達が発せられたからといつて直ちに上告人において刑罰を科せられるおそれがあるともいえず、さらにまた、原審において上告人の主張するような損害、不利益は、原判示のように、直接本件通達によつて被つたものということもできない。

 そして、現行法上行政訴訟において取消の訴の対象となりうるものは、国民の権利義務、法律上の地位に直接具体的に法律上の影響を及ぼすような行政処分等でなければならないのであるから、本件通達中所論の趣旨部分の取消を求める本件訴は許されないものとして却下すべきものである。

 以上のとおりであるから、これと同旨の原判決の判断は正当として首肯することができる。所論はるる主張するが、ひつきよう、原判決のした事実の認定を非難するか、原判示を誤解するか、または、原判示にそわない事実もしくは独自の見解を前提として原判決の違法を主張するものであり、原判決には所論の違法は認められない。所論はすべて採用することはできない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

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裁判外紛争解決手続(ADR)の一種「公害紛争調停委員会」による公害紛争解決に今後期待します。

2017-02-26 23:00:00 | 行政法学
 今後の行政分野においては、裁判外紛争解決手続(ADR)のひとつと位置づけられる「公害紛争調停委員会」の役割も今後重要になってくると思われます。

 その役割を考える上での参考判例と思われるため、最判H27.3.5を見ておきます。

 判決文では、

「公害調停は,当事者間の合意によって公害に係る紛争を解決する手続であり,当
事者に手続への参加を求める方法,合意に向けた各当事者の意向の調整,法36条
1項に基づく調停の打切りの選択等の手続の運営ないし進行については,手続を主
宰する調停委員会が,当該紛争の性質や内容,調停の経過,当事者の意向等を踏ま
え総合的に判断すべきものであって,その判断には調停委員会の広範な裁量が認め
られるものというべきである。」

 と公害調停委員会に広範な裁量権を認めています。


*****最高裁HP******
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/912/084912_hanrei.pdf

- 1 -
平成25年(受)第1436号 損害賠償請求事件
平成27年3月5日 第一小法廷判決
主 文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。


理 由
上告代理人田中達也ほかの上告受理申立て理由第2の3(1)について

1 産業廃棄物の最終処分場の周辺地域に居住する被上告人らは,同最終処分場
を管理する会社の実質的経営者,産業廃棄物の処分を委託した業者その他関係者を
被申請人として,公害紛争処理法(以下「法」という。)26条1項に基づく調停
(以下「公害調停」という。)の申請をした。本件は,被上告人らが,同申請を受
けて設けられた徳島県公害紛争調停委員会(以下「本件委員会」という。)がその
裁量権の範囲を逸脱して違法に,被申請人の呼出手続を行った上,調停を打ち切る
などの措置をしたと主張して,上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害
賠償を求める事案である。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,少なくとも平成3年4月から5月まで及び平成6年8月から平成7
年3月まで,徳島市上八万町に設置した産業廃棄物の安定型最終処分場(以下「本
件処分場」という。)に,他の事業者から処分の委託を受けた産業廃棄物を埋め立
てるなどし,また,Bは,遅くとも平成11年頃から,本件処分場に残土を投棄し
た。
- 2 -
(2) 被上告人らを含む本件処分場の周辺地域の住民468名(以下「申請人
ら」という。)は,本件処分場を調査した結果,ダイオキシン類や水銀,鉛等の有
害な重金属類等が検出されたなどとして,平成19年11月8日,A又はBの実質
的経営者,代表者等のほかAに産業廃棄物の処分を委託した業者らの合計18名
(以下「被申請人ら」という。)を被申請人として,徳島県知事に対し,被申請人
らにおいて本件処分場におけるボーリング調査及び違法に処分された産業廃棄物の
撤去を行うことを求める公害調停(以下「本件調停」という。)の申請をした。
(3) 徳島県知事の指名による3名の調停委員から構成された本件委員会は,平
成19年12月27日頃,被申請人らに対し,申請人らとの調停に応じるか否かの
意見を聴取する書面を送付し,被申請人らは,平成20年2月中旬頃までに,いず
れも調停に応じない旨の回答をした。
(4) 本件委員会は,上記回答も踏まえ,本件調停の進行方針等を協議し,平成
20年3月18日,本件調停の当事者双方に対し,第1回調停期日を同年4月11
日と定める旨の期日通知書を送付して,上記調停期日への出席を求めた。
本件委員会は,調停に応じない姿勢を明確にしている被申請人らに対して出頭を
強制しているとの誤解を与えてはいけないとの配慮に基づき,被申請人らに送付し
た期日通知書には,「調停期日を下記のとおり定めたので,出席する意志がある場
合は,下記の日時・場所へお越しください。なお,時間厳守とし,下記時間より3
0分以上遅れた場合,出席する意志がないものとして扱わさせていただきますの
で,ご留意ください。」との記載(以下,このうち第1文中の「出席する意志があ
る場合は,」の部分及び第2文を併せて「本件記載」という。)をしたが,本件記
載は他の多くの都道府県における公害調停の期日通知書にはないものであった。
- 3 -
(5) 本件委員会は,平成20年4月11日,第1回調停期日を開いたが,申請
人側のみが出席し,被申請人らはいずれも出席しなかった。申請人らは,調停の打
切りに反対したが,本件委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがないものと
認め,法36条1項に基づき本件調停を打ち切った。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの請
求を一部認容した。
本件委員会が本件記載のある期日通知書を被申請人らに送付したこと及び第1回
調停期日への被申請人らの欠席を理由に直ちに本件調停を打ち切ったことは,いず
れも不相当であって,これらは一連のものとして本件委員会がその任務を著しく怠
ったものと評価することができるから,その裁量権の範囲を逸脱したものであり,
国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
公害調停は,当事者間の合意によって公害に係る紛争を解決する手続であり,当
事者に手続への参加を求める方法,合意に向けた各当事者の意向の調整,法36条
1項に基づく調停の打切りの選択等の手続の運営ないし進行については,手続を主
宰する調停委員会が,当該紛争の性質や内容,調停の経過,当事者の意向等を踏ま
え総合的に判断すべきものであって,その判断には調停委員会の広範な裁量が認め
られるものというべきである。
前記事実関係によれば,本件調停に係る紛争は,平成3年から同7年までに処分
された産業廃棄物及び平成11年頃以降に投棄された残土に係るもので,当該産業
廃棄物等に対する被申請人らの関与の態様や程度は様々である上,被申請人らはい
- 4 -
ずれも,本件委員会からの事前の意見聴取に対し,調停に応じない旨の意思を明確
にしていたものである。また,本件委員会が被申請人らに送付した期日通知書に本
件記載をしたのは,上記意思を明確にしていた被申請人らに対し,手続への参加を
強制されたとの誤解を与えないようにとの配慮に基づくものというのである。そし
て,本件委員会は,上記紛争の性質や内容に加えて,本件調停の第1回調停期日に
被申請人らがいずれも出席しなかったことをも踏まえ,上記紛争について当事者間
に合意の成立の見込みがないと認めた結果,続行期日を定めたり,被申請人らに対
し法32条に基づく出頭の要求をしたりすることなく,法36条1項に基づき本件
調停を打ち切ったものである。
このような事情の下においては,本件委員会が,被申請人らに対し本件記載のあ
る期日通知書を送付し,第1回調停期日において本件調停を打ち切った措置は,そ
の裁量権の範囲を逸脱したものとはいえず,国家賠償法1条1項の適用上違法であ
るということはできない。

5 そうすると,以上と異なる見解の下に,被上告人らの請求を一部認容した原
審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由
があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したと
ころによれば,被上告人らの請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当
であるから,上記部分につき,被上告人らの控訴を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 櫻井龍子 裁判官 白木 勇 裁判官
山浦善樹 裁判官 池上政幸)
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厚木騒音訴訟 自衛隊機飛行差し止め、国側控訴棄却 東京高裁斎藤隆裁判長H27.7.30

2015-07-30 23:00:00 | 行政法学
 行政訴訟の中で、重要な判決と考えます。

 判決文でも確認したいところ。


****************************************


<厚木騒音訴訟>2審も自衛隊機の飛行差し止め…夜間・早朝

毎日新聞 7月30日(木)10時31分配信

 米海軍と海上自衛隊が共同使用する厚木基地(神奈川県大和市、綾瀬市)の周辺住民約7000人が、米軍機と自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めと、騒音被害に対する損害賠償を国に求めた「第4次厚木基地騒音訴訟」の控訴審判決で、東京高裁(斎藤隆裁判長)は30日、自衛隊機の飛行差し止めを命じた1審・横浜地裁判決に続き、自衛隊機の飛行差し止めを命じ、国側の控訴を棄却した。飛行差し止めを命じる判決は高裁レベルでは初めて。各地の基地騒音訴訟に影響する可能性が強まった。


 住民側は4次訴訟で、賠償を求める民事訴訟と同時に、行政処分や公権力行使の適法性を争う行政訴訟を起こした。1審は「自衛隊機の運航は住民に騒音などの我慢を義務付けるものであり、防衛相による公権力の行使に当たる」と判断。睡眠妨害などの被害は相当深刻で、自衛隊の公共性と比較しても、午後10時から午前6時までは、やむを得ない場合を除いて飛行すべきでないとして、基地騒音訴訟で初めて自衛隊機の飛行差し止めを命じていた。

 ◇厚木基地騒音訴訟◇

 厚木基地周辺の住民92人が1976年、米軍機・自衛隊機の飛行差し止めと損害賠償を求め、民事訴訟で1次訴訟を起こした。最高裁は93年、差し止め請求を退ける一方、賠償は認めた。賠償額は、1次訴訟は69人に約1億600万円、2次訴訟(99年確定)は134人に約1億7000万円、3次訴訟(2006年確定)は約4900人に約40億4000万円。4次訴訟は周辺8市の約7000人が07年12月、民事訴訟と行政訴訟で提訴。横浜地裁は14年5月、行政訴訟で自衛隊機の飛行差し止めを初めて認め、民事訴訟で約70億円の賠償を命じた。
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条約、憲法、法律、政令、省令、告示、通達の関係性の図示

2015-05-30 23:00:00 | 行政法学

 


 結構、わかりやすい図示ゆえ、掲載します。


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最高裁として、差止め訴訟の「重大な損害を生じるおそれ」とはどのような場合か、初めて言及H24.2.9

2015-01-26 23:00:00 | 行政法学
 最高裁として、差止め訴訟の適法に訴えを提起するための満たすべき要件「重大な損害を生じるおそれ」とはどのような場合か、はじめて言及H24.2.9。
 重要判例です。


********最高裁(H24.2.9)********
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/982/081982_hanrei.pdf

- 1 -
主 文
本件各上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
第1 本件の事実関係等の概要
1 本件は,東京都立の高等学校又は特別支援学校(平成19年3月以前は盲学
校,ろう学校又は養護学校。以下,東京都立の高等学校を含むこれらの学校を併せ
て「都立学校」という。)の教職員として勤務する在職者(音楽科担当の教職員を
含む。)及び勤務していた退職者である上告人らのうち,在職者である上告人ら
が,平成16年法律第84号(以下「改正法」という。)による改正前の行政事件
訴訟法(以下「旧行訴法」という。)の下で被上告人東京都教育委員会(以下,被
上告人としては「被上告人都教委」といい,処分行政庁としては「都教委」とい
う。)を相手とし,上記改正後の行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の下
で被上告人東京都を相手として,それぞれ,① 各所属校の卒業式や入学式等の式
典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピ
アノ伴奏をする義務のないことの確認を求め,② 上記国歌斉唱の際に国旗に向か
って起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由と
する懲戒処分の差止めを求めるとともに,上告人ら全員が,被上告人東京都を相手
として,上記の起立斉唱及びピアノ伴奏に関する都教委の通達及び各所属校の校長
の職務命令は違憲,違法であって上記通達及び職務命令等により精神的損害を被っ
たとして,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の損害賠償を求める(以下,この
請求を「本件賠償請求」という。)事案である。
- 2 -
上記①の確認の訴え及び上記②の差止めの訴えに関しては,上記職務命令に基づ
く上記義務の不存在の確認を求める趣旨の訴え及び上記職務命令に従わないことを
理由とする懲戒処分の差止めを求める趣旨の訴えとして第1審が各請求を認容した
部分が,控訴の対象とされ,原審の訴え却下の判断及び上告を経て,当審の審理の
対象とされている。以下,上記①の確認の訴えのうち当審の審理の対象である前者
の趣旨の訴えを「本件確認の訴え」といい,上記の②の差止めの訴えのうち当審の
審理の対象である後者の趣旨の訴えを「本件差止めの訴え」という。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学
校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条
の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成
21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は,第4
章第2C(1)において,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学
校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り
目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるよう
な活動を行うこと。」と定め,同章第3の3において,「特別活動」の「指導計画
の作成と内容の取扱い」について,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を
踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と
定めており,現行の学校教育法52条及び学校教育法施行規則84条の規定に基づ
く高等学校学習指導要領(平成21年文部科学省告示第34号)も,第5章におい
て同様の内容を定めている。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改
正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号によ
- 3 -
る改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等
部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第
46号による改正前のもの)は,第4章において,「特別活動の目標,内容及び指
導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すもの
に準ずる」と定めており,現行の学校教育法77条及び学校教育法施行規則129
条の規定に基づく特別支援学校高等部学習指導要領(平成21年文部科学省告示第
37号)も,第5章において同様の内容を定めている(以下,上記改正の前後を通
じて高等学校学習指導要領を含むこれらの学習指導要領を併せて「学習指導要領」
という。)。
(2) 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,都立学校の各校長宛
てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通
達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,
① 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,② 入学
式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職
員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱は
ピアノ伴奏等により行うなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること,③
教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問
われることを教職員に周知すること等を通達するものであった。
(3)ア 都立学校の各校長は,本件通達を踏まえ,その発出後に行われた平成1
6年3月以降の卒業式や入学式等の式典に際し,その都度,多数の教職員に対し,
国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の職務命令を発
し,相当数の音楽科担当の教職員に対し,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを
- 4 -
命ずる旨の職務命令を発した(以下,将来発せられるものを含め,このような職務
命令を併せて「本件職務命令」という。)。
イ 都教委は,平成16年3月の都立学校の卒業式において各所属校の校長の本
件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員及びピアノ伴奏をしなか
った教職員合計173名に対し,同月30日,同月31日及び同年5月25日,職
務命令違反等を理由に戒告処分をした。また,都教委は,同年3月の都立学校並び
に東京都の市立中学校及び市立小学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務
命令又はこれと同様の職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員合計
20名に対し,同年4月6日,職務命令違反等を理由に,19名につき戒告処分を
し,過去に戒告処分1回の処分歴のあった1名につき給与1月の10分の1を減ず
る減給処分をした。
ウ 都教委は,上記イを始めとして,本件通達の発出後,都立学校の卒業式や入
学式等の式典において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立
しないなどの職務命令違反をした多数の教職員に対し,懲戒処分をした。その懲戒
処分は,過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行
為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,おおむね,1回
目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職となっており,過去に他の
懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが,免職処分は
されていない。
(4) 上告人らのうち,別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは,都立学校の
教職員として勤務する在職者で,そのうち同目録2記載の上告人らは音楽科担当の
教職員であり,また,同目録3及び4記載の上告人らは,都立学校の教職員として
- 5 -
勤務していた退職者(市教育委員会に異動し又は再雇用された者を含む。)であ
る。
3 原審は,被上告人らに対する本件確認の訴えはいずれも無名抗告訴訟(抗告
訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないも
のをいう。以下同じ。)であり,被上告人らに対する本件差止めの訴えはいずれも
法定抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として
法定されているものをいう。以下同じ。)としての差止めの訴えである(被上告人
都教委に対する本件差止めの訴えも,改正法の施行に伴い,行訴法上の差止めの訴
えに転化している。)とした上で,本件通達が,本件職務命令と不可分一体の関係
にあり,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効
果を生じさせるもので,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとし,本件通達の
取消訴訟又は無効確認訴訟(以下「取消訴訟等」という。)を提起してその執行停
止の申立てをすれば,本件通達と不可分一体の関係にある本件職務命令に基づき起
立斉唱又はピアノ伴奏をすべき公的義務(公務員の職務に係る義務をいう。以下同
じ。)を課されることも当該義務の違反を理由に懲戒処分を受けることも直截に防
止できるから,本件確認の訴え及び本件差止めの訴えはいずれも上告人らの主張す
る損害を避けるため他に適当な方法がないとはいえないなど不適法であるとしてこ
れらを却下し,また,本件職務命令と不可分一体の関係にある本件通達が違憲,違
法であるとはいえないなどとして,本件賠償請求をいずれも棄却すべきものとし
た。
第2 上告代理人尾山宏ほかの各上告理由について
1 上告理由のうち憲法19条違反をいう部分について
- 6 -
原審の適法に確定した事実関係等の下において,都立学校の校長が教職員に対し
発する本件職務命令が憲法19条に違反するものではなく,また,前記第1の2
(2)のとおり都教委が都立学校の各校長に対し本件職務命令の発出の必要性を基礎
付ける事項等を示達する本件通達も,教職員との関係で同条違反の問題を生ずるも
のではないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同
31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第
1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和
43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615
頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集3
0巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係
る職務命令につき,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法
廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年
5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行
ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,
最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集
民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき,最高裁平成16年(行
ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参
照)。所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用するこ
とができない。
2 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠
くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当し
- 7 -
ない。
第3 上告代理人尾山宏ほかの上告受理申立て理由第2部第1章について
1(1) 本件確認の訴えのうち,被上告人都教委に対する訴えは無名抗告訴訟と
して提起されており,他方,被上告人東京都に対する訴えについては,別紙上告人
目録1及び2記載の上告人らは,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,
仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法である
ならば後者とみるべきである旨主張する。また,本件差止めの訴えのうち,被上告
人東京都に対する訴えは,当初から行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えとし
て提起されており,旧行訴法の下で提起された被上告人都教委に対する訴えも,改
正法の施行に伴い,改正法附則2条,3条により,被上告人都教委を相手方当事者
としたまま行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えに転化したものと解される。
上記各訴えは,前記第1の1の当該各請求の内容等に照らすと,それぞれ,本件
通達を踏まえて発せられる本件職務命令に従わないことによる懲戒処分等の不利益
の予防を目的とするものであり,これを目的として,本件確認の訴えは本件職務命
令に基づく公的義務の不存在の確認を求め,本件差止めの訴えは本件職務命令の違
反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであると解されるところ,このよう
な目的に沿った争訟方法としてどのような訴訟類型が適切かを検討する前提とし
て,まず,本件通達の行政処分性の有無についてみることとする。
(2) 本件通達は,前記第1の2(2)の内容等から明らかなとおり,地方教育行政
の組織及び運営に関する法律23条5号所定の学校の教育課程,学習指導等に関す
る管理及び執行の権限に基づき,学習指導要領を踏まえ,上級行政機関である都教
委が関係下級行政機関である都立学校の各校長を名宛人としてその職務権限の行使
- 8 -
を指揮するために発出したものであって,個々の教職員を名宛人とするものではな
く,本件職務命令の発出を待たずに当該通達自体によって個々の教職員に具体的な
義務を課すものではない。また,本件通達には,前記第1の2(2)のとおり,各校
長に対し,本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項を示すとともに,教職員
がこれに従わない場合は服務上の責任を問われることの周知を命ずる旨の文言があ
り,これらは国歌斉唱の際の起立斉唱又はピアノ伴奏の実施が必要に応じて職務命
令により確保されるべきことを前提とする趣旨と解されるものの,本件職務命令の
発出を命ずる旨及びその範囲等を示す文言は含まれておらず,具体的にどの範囲の
教職員に対し本件職務命令を発するか等については個々の式典及び教職員ごとの個
別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられているものと解される。そして,本件
通達では,上記のとおり,本件職務命令の違反について教職員の責任を問う方法
も,懲戒処分に限定されておらず,訓告や注意等も含み得る表現が採られており,
具体的にどのような問責の方法を採るかは個々の教職員ごとの個別的な事情に応じ
て都教委の裁量によることが前提とされているものと解される。原審の指摘する都
教委の校長連絡会等を通じての各校長への指導の内容等を勘案しても,本件通達そ
れ自体の文言や性質等に則したこれらの裁量の存在が否定されるものとは解されな
い。したがって,本件通達をもって,本件職務命令と不可分一体のものとしてこれ
と同視することはできず,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受
けるという法的効果を生じさせるものとみることもできない。
そうすると,個々の教職員との関係では,本件通達を踏まえた校長の裁量により
本件職務命令が発せられ,さらに,その違反に対して都教委の裁量により懲戒処分
がされた場合に,その時点で初めて教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に
- 9 -
直接影響を及ぼす行政処分がされるに至るものというべきであって,本件通達は,
行政組織の内部における上級行政機関である都教委から関係下級行政機関である都
立学校の各校長に対する示達ないし命令にとどまり,それ自体によって教職員個人
の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの
とはいえないから,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきであ
る(最高裁昭和39年(行ツ)第87号同43年12月24日第三小法廷判決・民
集22巻13号3147頁参照)。また,本件職務命令も,教科とともに教育課程
を構成する特別活動である都立学校の儀式的行事における教育公務員としての職務
の遂行の在り方に関する校長の上司としての職務上の指示を内容とするものであっ
て,教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものではない
から,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解される。なお,本件職務
命令の違反を理由に懲戒処分を受ける教職員としては,懲戒処分の取消訴訟等にお
いて本件通達を踏まえた本件職務命令の適法性を争い得るほか,後述のように本件
に係る事情の下では事前救済の争訟方法においてもこれを争い得るのであり,本件
通達及び本件職務命令の行政処分性の有無について上記のように解することについ
て争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえな
い。
2(1) 以上を前提に,まず,法定抗告訴訟たる差止めの訴えとしての被上告人
らに対する本件差止めの訴えの適法性について検討する。
ア 法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については,まず,一定の処分が
されようとしていること(行訴法3条7項),すなわち,行政庁によって一定の処
分がされる蓋然性があることが,救済の必要性を基礎付ける前提として必要とな
- 10 -
る。
本件差止めの訴えに係る請求は,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差
止めを求めるものであり,具体的には,免職,停職,減給又は戒告の各処分の差止
めを求める請求を内容とするものである。そして,本件では,第1の2(3)ウのと
おり,本件通達の発出後,都立学校の教職員が本件職務命令に違反した場合の都教
委の懲戒処分の内容は,おおむね,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回
目以降は停職となっており,過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重
い処分量定がされているが,免職処分はされていないというのであり,従来の処分
の程度を超えて更に重い処分量定がされる可能性をうかがわせる事情は存しない以
上,都立学校の教職員について本件通達を踏まえた本件職務命令の違反に対して
は,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の各処分)がされる蓋然性があ
ると認められる一方で,免職処分がされる蓋然性があるとは認められない。そうす
ると,本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを求める訴えは,当該処分がされ
る蓋然性を欠き,不適法というべきである。
イ そこで,本件差止めの訴えのうち,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又
は戒告の各処分)の差止めを求める訴えの適法性について検討するに,差止めの訴
えの訴訟要件については,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそ
れ」があることが必要であり(行訴法37条の4第1項),その有無の判断に当た
っては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに
処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。
行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずる
のは,国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の
- 11 -
観点から,そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要
性がある場合であることを要するものと解される。したがって,差止めの訴えの訴
訟要件としての上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,
処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等
を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができ
るものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を
受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である。
本件においては,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回以
上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令
が繰り返し発せられ,その違反に対する懲戒処分が累積し加重され,おおむね4回
で(他の懲戒処分歴があれば3回以内に)停職処分に至るものとされている。この
ように本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現
に存在する状況の下では,事案の性質等のために取消訴訟等の判決確定に至るまで
に相応の期間を要している間に,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のよう
に懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著し
く困難になることを考慮すると,本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由と
して一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は,処分がされた後に取
消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けるこ
とができるものであるとはいえず,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるの
でなければ救済を受けることが困難なものであるということができ,その回復の困
難の程度等に鑑み,本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそ
れ」があると認められるというべきである。
- 12 -
ウ また,差止めの訴えの訴訟要件については,「その損害を避けるため他に適
当な方法があるとき」ではないこと,すなわち補充性の要件を満たすことが必要で
あるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。原審は,本件通達が行政
処分に当たるとした上で,その取消訴訟等及び執行停止との関係で補充性の要件を
欠くとして,本件差止めの訴えをいずれも却下したが,本件通達及び本件職務命令
は前記1(2)のとおり行政処分に当たらないから,取消訴訟等及び執行停止の対象
とはならないものであり,また,上記イにおいて説示したところによれば,本件で
は懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではな
いと解される。以上のほか,懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法とし
て他に適当な方法があるとは解されないから,本件差止めの訴えのうち免職処分以
外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,補充性の要件を満たすものということがで
きる。
エ なお,在職中の教職員である前記1(1)の上告人らが懲戒処分の差止めを求
める訴えである以上,上記上告人らにその差止めを求める法律上の利益(行訴法3
7条の4第3項)が認められることは明らかである。
オ 以上によれば,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の
懲戒処分の差止めを求める訴えは,いずれも適法というべきである。
(2) そこで,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒
処分の差止めを求める訴えに係る請求(以下「当該差止請求」という。)の当否に
ついて検討する。
ア 差止めの訴えの本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件
をいう。以下同じ。)については,行政庁がその処分をすべきでないことがその処
- 13 -
分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており
(行訴法37条の4第5項),当該差止請求においては,本件職務命令の違反を理
由とする懲戒処分の可否の前提として,本件職務命令に基づく公的義務の存否が問
題となる。この点に関しては,前記第2において説示したところによれば,本件職
務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないか
ら,当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。なお,本件職務
命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。
イ また,差止めの訴えの本案要件について,裁量処分に関しては,行政庁がそ
の処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められること
が要件とされており(行訴法37条の4第5項),これは,個々の事案ごとの具体
的な事実関係の下で,当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又は
その濫用となると認められることをいうものと解される。
これを本件についてみるに,まず,本件職務命令の違反を理由とする戒告処分が
懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となると
は解し難いことは,当小法廷が平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第2
94号同24年1月16日判決・裁判所時報1547号10頁において既に判示し
たところであり,当該差止請求のうち戒告処分の差止めを求める請求は上記の本案
要件を満たしているとはいえない。また,本件職務命令の違反を理由とする減給処
分又は停職処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものと
して違法となるか否かが,個々の事案ごとの当該各処分の時点における当該教職員
に係る個別具体的な事情のいかんによるものであることは,当小法廷が上記平成2
3年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同日判決及び平成23年(行
- 14 -
ツ)第242号,同年(行ヒ)第265号同日判決・裁判所時報1547号3頁に
おいて既に判示したところであり,将来の当該各処分がされる時点における個々の
上告人に係る個別具体的な事情を踏まえた上でなければ,現時点で直ちにいずれか
の処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断すること
はできず,本件においては個々の上告人について現時点でそのような判断を可能と
するような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていないから,当該差止請
求のうち減給処分及び停職処分の差止めを求める請求も上記の本案要件を満たして
いるとはいえない。
ウ 以上のとおり,当該差止請求は,上記ア及びイのいずれの本案要件も満たし
ておらず,理由がない。
(3) したがって,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち,免職処分の差
止めを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認するこ
とができ,また,免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えを不適法として却
下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法があり,論旨はその限り
において理由があるものの,当該差止請求は理由がなく棄却を免れないものである
以上,不利益変更禁止(行訴法7条,民訴法313条,304条参照。以下同
じ。)の原則により,上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく,原
判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。
3(1) 次に,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えの適法
性について検討する。
無名抗告訴訟は行政処分に関する不服を内容とする訴訟であって,前記1(2)の
とおり本件通達及び本件職務命令のいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当
- 15 -
たらない以上,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えは,将来
の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられる
べきものと解するのが相当であり,実質的には,本件職務命令の違反を理由とする
懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴え
の形式に引き直したものということができる。抗告訴訟については,行訴法におい
て,法定抗告訴訟の諸類型が定められ,改正法により,従来は個別の訴訟類型とし
て法定されていなかった義務付けの訴えと差止めの訴えが法定抗告訴訟の新たな類
型として創設され,将来の不利益処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法とし
て法定された差止めの訴えについて「その損害を避けるため他に適当な方法がある
とき」ではないこと,すなわち補充性の要件が訴訟要件として定められていること
(37条の4第1項ただし書)等に鑑みると,職務命令の違反を理由とする不利益
処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としての当該職務命令に基づく公的義務の不
存在の確認を求める訴えについても,上記と同様に補充性の要件を満たすことが必
要となり,特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法と
しての補充性の要件を満たすか否かが問題となるものと解するのが相当である。
本件においては,前記2のとおり,法定抗告訴訟として本件職務命令の違反を理
由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを適法に提起することがで
き,その本案において本件職務命令に基づく公的義務の存否が判断の対象となる以
上,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは,上
記懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としては,法定抗告訴訟である差止め
の訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き,他に適当な争
訟方法があるものとして,不適法というべきである。
- 16 -
(2) 被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関し,前記1(1)の上告人らは,
前記1(1)のとおり,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,仮に無名抗
告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者
とみるべきである旨主張するので,さらに,公法上の当事者訴訟としての上記訴え
の適法性について検討する(なお,被上告人都教委に対する本件確認の訴えについ
ては,被告適格の点で,適法な公法上の当事者訴訟として構成する余地はな
い。)。
上記(1)のとおり,被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関しては,行政処
分に関する不服を内容とする訴訟として構成する場合には,将来の不利益処分たる
懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものである
が,本件通達を踏まえた本件職務命令に基づく公的義務の存在は,その違反が懲戒
処分の処分事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係
る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生する危険の観点からも,都立
学校の教職員の法的地位に現実の危険を及ぼし得るものといえるので,このような
行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟として構成する場合には,
公法上の当事者訴訟の一類型である公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法
4条)として位置付けることができると解される。前記1(2)のとおり本件職務命
令自体は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない以上,本件確認の訴えを行政
処分たる行政庁の命令に基づく義務の不存在の確認を求める無名抗告訴訟とみるこ
ともできないから,被上告人東京都に対する本件確認の訴えを無名抗告訴訟としか
構成し得ないものということはできない。
そして,本件では,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回
- 17 -
以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命
令が繰り返し発せられており,これに基づく公的義務の存在は,その違反及びその
累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の
評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生し拡
大する危険の観点からも,都立学校の教職員として在職中の上記上告人らの法的地
位に現実の危険を及ぼすものということができる。このように本件通達を踏まえて
処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険が現に存在する
状況の下では,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように処遇上の不利益
が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大していくと事後的な損害の回復が著しく
困難になることを考慮すると,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求
める本件確認の訴えは,行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上
の法律関係に関する確認の訴えとしては,その目的に即した有効適切な争訟方法で
あるということができ,確認の利益を肯定することができるものというべきであ
る。したがって,被上告人東京都に対する本件確認の訴えは,上記の趣旨における
公法上の当事者訴訟としては,適法というべきである。
(3) そこで,公法上の当事者訴訟としての被上告人東京都に対する本件確認の
訴えに係る請求の当否について検討するに,その確認請求の対象は本件職務命令に
基づく公的義務の存否であるところ,前記第2において説示したところによれば,
本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえな
いから,上記訴えに係る請求は理由がない。なお,前記2(2)アのとおり,本件職
務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除され
た。
- 18 -
(4) したがって,被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判
断は,結論において是認することができ,また,被上告人東京都に対する本件確認
の訴えを不適法として却下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法
があり,論旨はその限りにおいて理由があるものの,上記訴えに係る請求は理由が
なく棄却を免れないものである以上,不利益変更禁止の原則により,上記訴えにつ
いても上告を棄却するにとどめるほかなく,原判決の上記違法は結論に影響を及ぼ
すものではない。
第4 結論
以上の次第で,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを
求める訴え及び被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判断は,
結論において是認することができ,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免
職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴え及び被上告人東京都に対する本件確認
の訴えを却下した原判決の違法は,不利益変更禁止の原則により結論に影響を及ぼ
すものではなく,本件賠償請求を棄却した原審の判断は,是認することができるか
ら,本件上告を棄却することとする。なお,本件賠償請求に関しては,上告受理申
立て理由が上告受理の決定において排除された。
よって,裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子,同金築誠志,同横田尤孝の各補足意見
がある。

(以下、字数の関係で、ここでは、省略)

(裁判長裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官
横田尤孝 裁判官 白木 勇)



事件番号

 平成23(行ツ)177等



事件名

 国歌斉唱義務不存在確認等請求事件



裁判年月日

 平成24年2月9日



裁判所名

 最高裁判所第一小法廷



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健康食品「クロレラ」広告差し止め命令(景品表示法)H27.1.21京都地裁(橋詰均裁判長)、全国初判決

2015-01-21 16:23:10 | 行政法学
 その是非は、別にして、難しい論点が入った裁判であったと推察いたします。

 判決文に非常に関心があります。

 〇原告が適法に訴えを提起できる根拠

 〇差止めができるか、その根拠は。

 〇景品表示法について。

 〇商業的言論の自由VS消費者の健康

 〇効能が無いと立証する責任は原告側か

 〇研究会と会社の関係性

 など

********************京都新聞******************************************************
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20150121000062

「クロレラ」広告差し止め命令 京都地裁、全国初の判決

 健康食品に含有されるクロレラをPRする新聞の折り込みチラシをめぐり、医薬品のような効能があると誤認させるとして、適格消費者団体「京都消費者契約ネットワーク」(京都市)が健康食品販売会社「サン・クロレラ販売」(本社・下京区)を相手に、景品表示法などに基づき広告の差し止めを求めた訴訟の判決が21日、京都地裁であった。橋詰均裁判長は差し止めを命じた。

 同団体の説明では、健康食品に関する広告の差し止めを命じる判決は全国で初めて、という。

 訴状によると、同社と所在地が同じ「日本クロレラ療法研究会」が、植物成分のクロレラやウコギで脊椎管狭窄(きょうさく)症や肺気腫などの症状が改善されるとの効能をアピールする体験談を、新聞の折り込みチラシに記載して定期配布している。

 原告側は、チラシ記載内容は本来、医薬品の承認がなければ表示できず、クロレラ含有商品の効能を疑う国民生活センターへの相談事例を挙げ、「効能に根拠がない」と訴えていた。

 被告側は、研究会は独立しており、チラシは同社の商品広告ではないと主張。効能が無いと立証する責任は原告側にあると断った上で、チラシの記載内容は「これまでの研究発表や体験談に基づいている」と反論していた。

********東京新聞********
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015012101001315.html

【社会】


クロレラ、治療や予防に効果暗示 広告で京都地裁

2015年1月21日 18時38分



 健康食品として知られる「クロレラ」に医薬品のような効果があると紹介する広告は景品表示法に違反するとして、健康食品会社「サン・クロレラ販売」(京都市)に広告差し止めを命じた判決で、京都地裁の橋詰均裁判長は21日「病気の治療や予防に効果があると暗示しており、広告として許される誇張の限度を大きく超えた」との判断を示した。

 地裁は広告差し止めのほか、内容が誤りであったことを周知するよう新聞の折り込み広告の配布も命じた。会社側は「事業者側に不当に重い責任を負わせ、萎縮効果を生む」と批判し、控訴の意向を示した。

(共同)

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指定確認検査機関と建築主事の関係について(建築基準法6条の2)

2015-01-13 23:00:00 | 行政法学

 指定確認検査機関の制度は、1998年(平成10年)の建築基準法改正により、「建築確認・検査の民間開放」というキャッチフレーズの下、導入されました。

 実は、この指定確認検査機関制度が、行政法学で、多くの問題の根源になっている事案に出会いました。その代表事案は、耐震偽装マンションの事案。

 そもそもこの制度の導入は、正しかったのだろうか?

 現場の声を聞きながら、考えて行きたい点である。

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たとえ条例を急ぎ作って産廃施設に対抗しても、手続きを誤ると、町が負ける例(最判H16.12.24)

2015-01-11 23:00:00 | 行政法学
 水源保護のため、産業廃棄物中間処理施設を阻止する条例を定めたとしても、その手続きが誤れば、その手続き違反から最高裁において、町を訴えた当該処理施設に負ける例。

 手続きは、大事です。


*************************最高裁************************************
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/304/052304_hanrei.pdf

         主    文
        原判決を破棄する。
      本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

         理    由
 上告代理人伊勢谷倍生,同向山欣作の上告受理申立て理由について
 1 本件は,上告人が三重県北牟婁郡a町において産業廃棄物中間処理施設(以
下「本件施設」という。)の建設を計画したところ,被上告人が,本件施設をa町
水道水源保護条例(平成6年a町条例第6号。以下「本件条例」という。)2条5
号所定の規制対象事業場と認定する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした
ため,上告人が被上告人に対し,本件処分の取消しを求めた訴訟である。
 2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 本件条例は,水道法2条1項の規定に基づき,a町(以下「町」という。)
の住民が安心して飲める水を確保するため,町の水道水質の汚濁を防止し,その水
源を保護し,住民の生命,健康を守ることを目的とするものであり(1条),町長
は,水源の水質を保全するため水源保護地域を指定することができるとするととも
に(11条1項),産業廃棄物処理業その他の水質を汚濁させ,又は水源の枯渇を
もたらすおそれのある事業を対象事業とし(2条4号及び別表),対象事業を行う
工場その他の事業場のうち,水道にかかわる水質を汚濁させ,若しくは水源の枯渇
をもたらし,又はそれらのおそれのある工場その他の事業場を規制対象事業場と認
定することができる旨規定し(2条5号,13条3項),水源保護地域に指定され
た区域における規制対象事業場の設置を禁止し(12条),これに違反した場合に
は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処することとしている(20条)。
そして,本件条例によれば,水源保護地域内において対象事業を行おうとする事業
者は,あらかじめ町長に協議を求めるとともに,関係地域の住民に対する説明会の
- 1 -
開催等の措置を採ることを義務付けられており,町長は,事業者から事前協議の申
出があったときは,a町水道水源保護審議会(以下「審議会」という。)の意見を
聴き,規制対象事業場と認定するかどうか判断することとされている(13条)。
審議会は,町の水道に係る水源の保護に関する重要な事項について,調査,審議す
る機関であり(5条),町議会の議員,学識経験者,関係行政機関の職員等のうち
から町長が委嘱し,又は任命する委員10人以内をもって組織することとされてい
る(6条)。
 (2) 上告人は,産業廃棄物の収集,運搬,再生,再生物販売及び処分業その他
の事業を目的として平成5年9月28日に設立された有限会社であるところ,町の
区域内に本件施設を設置して産業廃棄物処理業を行うことを計画した。本件施設の
建設予定地は,b川にほぼ隣接しており,c簡易水道の取水施設(以下「c水源」
という。)の上流に位置している。
 (3) 上告人が平成5年11月5日に本件施設に係る産業廃棄物中間処理事業計
画書を三重県尾鷲保健所長に提出したことから,同月29日,現地調査が実施され
,同県及び町関係各機関との間で事前協議会が開催された。
 (4) 上告人の前記計画を知った町は,本件条例を制定することとし,平成6年
3月18日開催の町議会において本件条例が可決され,成立した。本件条例は同月
25日に公布され,即日施行された。そして,被上告人は,同年8月15日,本件
条例11条1項に基づき,本件施設の建設予定地を含む町の区域の相当部分をa町
水道水源保護地域と指定し,同日,同条3項に基づき,その旨を公示した。
 (5) 上告人は,平成6年12月22日,被上告人に対し,所定の添付書類を添
えて対象事業協議書を提出した。被上告人は,同7年1月4日,本件条例13条3
項に基づいて,審議会に,上告人から提出された上記対象事業協議書に関して意見
を求めた。審議会は,上記対象事業協議書に添付された対象事業計画書に対象事業
- 2 -
の実施に伴う使用水量の総量及びその供給源等についての言及がなかったため,上
告人に対してこの点について問い合わせをした。これに対し,上告人が,同年5月
9日,地下水の取水等により日量95厭の水を消費することとなる旨の回答をした
ところ,審議会は,同月16日,被上告人に対し,本件施設は規制対象事業場と認
定することが望ましいという旨の答申をした。被上告人は,同月31日,本件施設
は本件条例2条4号所定の対象事業を行うもののうち同条5号所定の水道水源の枯
渇をもたらし,又はそのおそれのある工場,その他の事業場に当たるとして,本件
処分をし,同日付けの規制対象事業場認定通知書によって上告人にその旨を通知し
た。
 (6) 他方,上告人が,平成6年12月27日,廃棄物の処理及び清掃に関する
法律(平成9年法律第85号による改正前のもの)15条1項に基づき,三重県知
事に対し,本件施設に係る産業廃棄物処理施設設置許可申請をしたところ,同知事
は,上告人に対し,同7年5月10日,これを許可した。しかし,前記のとおり,
本件条例は水道法2条1項の規定に基づくものであり,本件処分は,本件施設を本
件条例2条5号所定の水道水源の枯渇をもたらし,又はそのおそれのある工場,そ
の他の事業場に当たるとしてされたものであって,廃棄物の処理及び清掃に関する
法律とは異なる観点からの規制をするものであるところから,上告人は,前記許可
を受けても,本件施設の設置をすることはできないままでいる。
 3 原審は,本件施設の計画地において地下水の取水がされるときは,c水源の
水位を著しく低下させるおそれがあるなどとして,本件処分は適法であると判断し
,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 【要旨】本件条例は,水源保護地域内において対象事業を行おうとする事業者に
- 3 -
あらかじめ町長との協議を求めるとともに,当該協議の申出がされた場合には,町
長は,規制対象事業場と認定する前に審議会の意見を聴くなどして,慎重に判断す
ることとしているところ,規制対象事業場認定処分が事業者の権利に対して重大な
制限を課すものであることを考慮すると,上記協議は,本件条例の中で重要な地位
を占める手続であるということができる。そして,前記事実関係等によれば,本件
条例は,上告人が三重県知事に対してした産業廃棄物処理施設設置許可の申請に係
る事前協議に被上告人が関係機関として加わったことを契機として,上告人が町の
区域内に本件施設を設置しようとしていることを知った町が制定したものであり,
被上告人は,上告人が本件条例制定の前に既に産業廃棄物処理施設設置許可の申請
に係る手続を進めていたことを了知しており,また,同手続を通じて本件施設の設
置の必要性と水源の保護の必要性とを調和させるために町としてどのような措置を
執るべきかを検討する機会を与えられていたということができる。そうすると,被
上告人としては,上告人に対して本件処分をするに当たっては,本件条例の定める
上記手続において,上記のような上告人の立場を踏まえて,上告人と十分な協議を
尽くし,上告人に対して地下水使用量の限定を促すなどして予定取水量を水源保護
の目的にかなう適正なものに改めるよう適切な指導をし,上告人の地位を不当に害
することのないよう配慮すべき義務があったものというべきであって,本件処分が
そのような義務に違反してされたものである場合には,本件処分は違法となるとい
わざるを得ない。

 ところが,原審は,上記の観点からの審理,判断を経ることなく,本件処分の違
法性を否定したものであって,原審の判断には,審理不尽の結果,判決に影響を及
ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は,この趣旨をいう
ものとして理由がある。
 5 以上によれば,憲法違反その他の論旨について判断するまでもなく,原判決
- 4 -
は破棄を免れず,上記の観点から審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこ
ととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 津野 修)
- 5 -




事件番号

 平成12(行ツ)209



事件名

 規制対象事業場認定処分取消請求事件



裁判年月日

 平成16年12月24日



法廷名

 最高裁判所第二小法廷



裁判種別

 判決



結果

 破棄差戻



判例集等巻・号・頁

 民集 第58巻9号2536頁




原審裁判所名

 名古屋高等裁判所



原審事件番号

 平成9(行コ)21



原審裁判年月日

 平成12年2月29日




判示事項

 a町水道水源保護条例(平成6年a町条例第6号)の規定に基づき指定された水源保護地域内に設置予定の施設が設置の禁止される事業場に当たるとした町長の認定は当該施設の設置を予定する事業者の地位を不当に害することのないよう配慮する義務に違反してされた場合には違法となるとされた事例



裁判要旨

 a町水道水源保護条例(平成6年a町条例第6号)が,町長の指定する水源保護地域内に,産業廃棄物処理業その他の所定の事業に係る事業場で水源の枯渇をもたらし,又はそのおそれがあるとの認定を町長から受けたものを設置することを禁止し,上記の認定については,上記地域内に上記事業に係る事業場を設置しようとする事業者と町長とがあらかじめ協議をし,町長が審議会の意見を聴くなどして上記の認定をするかどうかを慎重に判断することとしており,町長が,同条例に基づき,水源保護地域内に設置の予定されている地下水を使用する産業廃棄物処理施設が設置の禁止される事業場に当たると認定した場合において,当該施設を設置するにつき廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づく設置許可の申請に係る手続が行われ,これに町が関係機関として加わったことを契機として,町の区域内に当該施設が設置されようとしていることを知った町が同条例を制定したものであること,上記手続を通じて当該施設の設置の必要性と水源の保護の必要性とを調和させるために町としてどのような措置を執るべきかを検討する機会が町長に与えられていたことなど判示の事情の下では,町長は,上記の認定をするに先立ち,上記の協議において,当該施設を設置しようとする事業者に対し,予定取水量を適正なものに改めるよう適切な指導をしてその地位を不当に害することのないよう配慮すべき義務を負い,上記の認定は,そのような義務に違反してされたものであれば,違法となる。



参照法条

 紀伊長島町水道水源保護条例(平成6年紀伊長島町条例第6号)2条,紀伊長島町水道水源保護条例(平成6年紀伊長島町条例第6号)11条1項,紀伊長島町水道水源保護条例(平成6年紀伊長島町条例第6号)12条,紀伊長島町水道水源保護条例(平成6年紀伊長島町条例第6号)13条,紀伊長島町水道水源保護条例(平成6年紀伊長島町条例第6号)別表,憲法94条
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情報公開請求における文書存在の証明責任に関する最高裁の見解(最高裁H26.7.14)

2015-01-08 23:00:00 | 行政法学
情報公開請求における文書存在の証明責任に関する最高裁の見解(最高裁H26.7.14)


 情報公開法において,行政文書とは,行政機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記録であって,当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして,当該行政機関が保有しているものをいうところ(2条2項本文),行政文書の開示を請求する権利の内容は同法によって具体的に定められたものであり,行政機関の長に対する開示請求は当該行政機関が保有する行政文書をその対象とするものとされ(3条),当該行政機関が当該行政文書を保有していることがその開示請求権の成立要件とされていることからすれば,開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有していないことを理由とする不開示決定の取消訴訟においては,その取消しを求める者が,当該不開示決定時に当該行政機関が当該行政文書を保有していたことについて主張立証責任を負うものと解するのが相当である。
 そして,ある時点において当該行政機関の職員が当該行政文書を作成し,又は取得したことが立証された場合において,不開示決定時においても当該行政機関が当該行政文書を保有していたことを直接立証することができないときに,これを推認することができるか否かについては,当該行政文書の内容や性質,その作成又は取得の経緯や上記決定時までの期間,その保管の体制や状況等に応じて,その可否を個別具体的に検討すべきものであり,特に,他国との外交交渉の過程で作成される行政文書に関しては,公にすることにより他国との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国との交渉上不利益を被るおそれがあるもの(情報公開法5条3号参照)等につき、その保管の体制や状況等が通常と異なる場合も想定されることを踏まえて,その可否の検討をすべきものというべきである。
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情報公開条例に基づく理由付記の趣旨 最高裁見解(最判H11.11.19逗子市情報公開事件)

2015-01-07 23:00:00 | 行政法学
 情報公開条例に基づく理由付記の趣旨について、最高裁の見解(最2小判 H11.11.19 逗子市情報公開事件)


本件条例九条四項前段が、前記のように非公開決定の通知に併せてその理由を通知すべきものとしているのは、本件条例二条が、逗子市の保有する情報は公開することを原則とし、非公開とすることができる情報は必要最小限にとどめられること、市民にとって分かりやすく利用しやすい情報公開制度となるよう努めること、情報の公開が拒否されたときは公正かつ迅速な救済が保障されることなどを解釈、運用の基本原則とする旨規定していること等にかんがみ、非公開の理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当とを担保してそのし意を抑制するとともに、非公開の理由を公開請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えることを目的としていると解すべきである。
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確定している安全認定について、その違法を、その後の建築確認取消訴訟で争うための理論。

2014-11-25 23:00:00 | 行政法学
 安全認定から一定期間経つと訴訟で争えなくなります。

 安全認定から一定期間たって、訴訟で争えなくなりました。
 しかし、建築確認取消訴訟で、その前になされ、かつ、訴訟で争える期間が経過したのにかかわらず、安全認定の違法を主張することを可能にした理論。

 「違法性の承継」の重要判例です。

***********************************

事件番号

 平成21(行ヒ)145



事件名

 建築確認処分取消等請求,追加的併合申立て事件



裁判年月日

 平成21年12月17日



法廷名

 最高裁判所第一小法廷



裁判種別

 判決



結果

 その他



判例集等巻・号・頁

 民集 第63巻10号2631頁




原審裁判所名

 東京高等裁判所



原審事件番号

 平成20(行コ)217



原審裁判年月日

 平成21年1月14日




判示事項

 東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)4条3項に基づく安全認定が行われた上で建築確認がされている場合に,建築確認の取消訴訟において安全認定の違法を主張することの可否



裁判要旨

 東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)4条1項所定の接道要件を満たしていない建築物について,同条3項に基づく安全認定(建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める処分。これがあれば同条1項は適用しないとされている。)が行われた上で建築確認がされている場合,安全認定が取り消されていなくても,建築確認の取消訴訟において,安全認定が違法であるために同条1項違反があると主張することは許される。



参照法条

 建築基準法(平成18年法律第46号による改正前のもの)6条1項,建築基準法43条,東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)4条1項,東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号)4条3項

<判決文全文>

- 1 -
主文
1 原判決のうち被上告人X1に関する部分を破棄
する。
2 上告人のその余の上告を棄却する。
3 上告費用は上告人の負担とする。
4 本件訴訟のうち被上告人X1に関する部分は,
平成20年5月25日同被上告人の死亡により終了
した。

理由
第1 上告代理人石津廣司ほかの上告受理申立て理由第1点及び上告補助参加代
理人大脇茂ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)につい

1(1) 本件は,上告補助参加人及びAを建築主とする建築物(以下「本件建築
物」という。)の建築計画に対して建築基準法(平成18年法律第46号による改
正前のもの。以下「法」という。)6条1項に基づき新宿区建築主事がした建築確
認(以下「本件建築確認」という。)について,本件建築物の敷地の周辺に建物を
所有し又は居住する被上告人らが,同建築主事の所属する上告人を相手としてその
取消しを求める事案である。
(2) 東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号。以下「本件条例」
という。)4条1項は,法43条2項に基づき同条1項に関して制限を付加した規
定であり,延べ面積が1000㎡を超える建築物の敷地は,その延べ面積に応じて
所定の長さ(最低6m)以上道路に接しなければならないと定めている。ただし,
- 2 -
本件条例4条3項は,建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により
知事が安全上支障がないと認める場合においては,同条1項の規定は適用しないと
定めている(以下,同条3項の規定により安全上支障がないと認める処分を「安全
認定」という。)。特別区は,特別区における東京都の事務処理の特例に関する条
例(平成11年東京都条例第106号)により,安全認定に係る事務を処理するこ
ととされ,区長がその管理及び執行をしている。
本件条例4条1項によれば,延べ面積が約2820㎡である本件建築物の敷地は
8m以上道路に接しなければならないとされており,本件建築物の建築計画につ
き,Aほか1社は,その申請に基づき新宿区長から平成16年12月22日付けで
安全認定(以下「本件安全認定」という。)を受け,その後,上告補助参加人及び
Aは,その申請に基づき新宿区建築主事から同18年7月31日付けで本件建築確
認を受けた。被上告人らは,本件安全認定は違法であるから本件建築確認も違法で
あるなどと主張している。
2 原審は,本件安全認定は,新宿区長がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを
濫用してした違法なものであるから,本件建築物の敷地は本件条例4条1項所定の
接道義務に違反しており,本件建築確認は違法であると判断して,これを取り消し
た。
所論は,先行処分である安全認定が取り消されていない場合,たとえこれが違法
であるとしても,その違法は後続処分である建築確認に承継されないのが原則であ
り,本件において本件安全認定が違法であるとの主張はできないのであるから,こ
れと異なる原審の判断には,法令解釈の誤りがあるというのである。
3(1) 本件条例4条1項は,大規模な建築物の敷地が道路に接する部分の長さ
- 3 -
を一定以上確保することにより,避難又は通行の安全を確保することを目的とする
ものであり,これに適合しない建築物の計画について建築主は建築確認を受けるこ
とができない。同条3項に基づく安全認定は,同条1項所定の接道要件を満たして
いない建築物の計画について,同項を適用しないこととし,建築主に対し,建築確
認申請手続において同項所定の接道義務の違反がないものとして扱われるという地
位を与えるものである。
平成11年東京都条例第41号による改正前の本件条例4条3項の下では,同条
1項所定の接道要件を満たしていなくても安全上支障がないかどうかの判断は,建
築確認をする際に建築主事が行うものとされていたが,この改正により,建築確認
とは別に知事が安全認定を行うこととされた。これは,平成10年法律第100号
により建築基準法が改正され,建築確認及び検査の業務を民間機関である指定確認
検査機関も行うことができるようになったこと(法6条の2,7条の2,7条の
4,77条の18以下参照)に伴う措置であり,上記のとおり判断機関が分離され
たのは,接道要件充足の有無は客観的に判断することが可能な事柄であり,建築主
事又は指定確認検査機関が判断するのに適しているが,安全上の支障の有無は,専
門的な知見に基づく裁量により判断すべき事柄であり,知事が一元的に判断するの
が適切であるとの見地によるものと解される。
以上のとおり,建築確認における接道要件充足の有無の判断と,安全認定におけ
る安全上の支障の有無の判断は,異なる機関がそれぞれの権限に基づき行うことと
されているが,もともとは一体的に行われていたものであり,避難又は通行の安全
の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。そして,前記のと
おり,安全認定は,建築主に対し建築確認申請手続における一定の地位を与えるも
- 4 -
のであり,建築確認と結合して初めてその効果を発揮するのである。
(2) 他方,安全認定があっても,これを申請者以外の者に通知することは予定
されておらず,建築確認があるまでは工事が行われることもないから,周辺住民等
これを争おうとする者がその存在を速やかに知ることができるとは限らない(これ
に対し,建築確認については,工事の施工者は,法89条1項に従い建築確認があ
った旨の表示を工事現場にしなければならない。)。そうすると,安全認定につい
て,その適否を争うための手続的保障がこれを争おうとする者に十分に与えられて
いるというのは困難である。仮に周辺住民等が安全認定の存在を知ったとしても,
その者において,安全認定によって直ちに不利益を受けることはなく,建築確認が
あった段階で初めて不利益が現実化すると考えて,その段階までは争訟の提起とい
う手段は執らないという判断をすることがあながち不合理であるともいえない。
(3) 以上の事情を考慮すると,安全認定が行われた上で建築確認がされている
場合,安全認定が取り消されていなくても,建築確認の取消訴訟において,安全認
定が違法であるために本件条例4条1項所定の接道義務の違反があると主張するこ
とは許されると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は,正当として是
認することができる。論旨は採用することができない。
第2 職権による検討
記録によれば,被上告人X は原判1 決言渡し前である平成20年5月25日に死
亡したことが明らかである。本件訴訟のうち同被上告人に関する部分は,同被上告
人が死亡した場合においてはこれを承継する余地がなく当然に終了するものと解す
べきであるから,同部分につき,原判決を破棄し,訴訟の終了を宣言することとす
る。
- 5 -
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮川光治裁判官甲斐中辰夫裁判官櫻井龍子裁判官
金築誠志)
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最高裁判所が、執行停止の「重大な損害」の存否について初めて明示的な判断H19.12.18

2014-11-22 23:00:01 | 行政法学

H19.12.18 弁護士懲戒処分執行停止申立事件

1、本判決の意義

 最高裁判所が、「重大な損害」の存否について初めて明示的な判断をしたもの。

2、参照法令

(懲戒事由及び懲戒権者)

第五十六条  弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。

2  懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。

3  弁護士会がその地域内に従たる法律事務所のみを有する弁護士法人に対して行う懲戒の事由は、その地域内にある従たる法律事務所に係るものに限る。

(懲戒を受けた者の審査請求に対する裁決)

第五十九条  日本弁護士連合会は、第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分について行政不服審査法 による審査請求があつたときは、日本弁護士連合会の懲戒委員会に事案の審査を求め、その議決に基づき、裁決をしなければならない。

(訴えの提起)

第六十一条  第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第六十条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。

2  第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる。

 

 

3、訴訟選択

○ 日本弁護士連合会を被告とした裁決取消しの訴え

○ 本件懲戒処分の効力の停止を求めて、日本弁護士連合会を相手方とした執行停止の申立て

 

4、 事案の概要

所属弁護士会から業務停止3月の懲戒処分(以下、「本件懲戒処分」という。)を受けた弁護士XはY(日弁連)に審査請求したが、審査請求を棄却する裁決を受けたため、上記最決の取消しの訴えを提起するとともに、本件懲戒処分の効力の停止を求める旨の執行停止の申立てをした。原決定は、本件懲戒処分の効力を停止することにつき、行政事件訴訟法25条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するとして、翻案判決が確定するまで本件懲戒処分の効力を停止することとした。

 本決定は、最高裁が、Yからの許可抗告を棄却したものである。

 

5、 争点

 Xの主張する事実が「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」にあたるか

 

6、原審の判断

本件懲戒処分の内容は業務停止3月であって,本件懲戒処分を受けた申立人は,相手方の定めた措置基準に従い,依頼者が委任契約等の継続を求めている場合であっても,依頼者との委任契約の解除,訴訟代理人等の辞任手続,顧問契約の解除を行わなければならないのであって,これにより,申立人の弁護士としての社会的信用が低下し,それまでに培われた依頼者との業務上の信頼関係も損なわれる事態が生じると認められる。そして,このような依頼者との委任契約の解除等によって生じる弁護士としての社会的信用の低下,業務上の信頼関係の毀損は,業務停止という本件懲戒処分によって生じるX自身の被る損害であり,その損害の性質から,本案で勝訴しても完全に回復することは困難であり,また,損害を金銭賠償によって完全に補填することも困難である。

 このような損害の性質に加え,疎明資料によればXが業務停止期間中に期日が指定されているものだけで31件の訴訟案件を受任していると認められることから推認できるXが被る損害の程度を勘案すれば,一旦生じた損害の回復は困難で,本件懲戒処分によってXに重大な損害が生じると認められる。

 そうすると,本件懲戒処分の効力を停止することにつき,重大な損害を避けるために緊急の必要があるというべきである。

 

7、抗告理由

 重大な損害を避けるための緊急の必要性の要件について

 第1に,原決定には,本件処分の内容,性質という法律が要求する考慮事項を考慮していない違法があるし,弁護士の業務停止の懲戒処分は,その弁護士の業務を行い得なくすることを目的とするものであるから,業務停止に当然に伴う損害を特別な損害とは解し得ないものであるところ,原決定は,「「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっても,その執行等により維持される行政目的達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなお救済しなければならない程度に重大な損害を避ける緊急の必要性があるか否かが勘案されるべきであり,行訴法第25条第3項において考慮すべき事項とされている「処分の内容及び性質」も,このような見地からの検討をもその考慮事項の1つとする趣旨」であるとする抗告裁判所としての東京高等裁判所の決定に反する判断をしている。

 第2に,上述のとおり弁護士の業務停止の懲戒処分においては,業務停止に当然に伴う損害は,行政事件訴訟法第25条第2項の特別な損害とは解し得ないものであるところ,自己が懲戒処分を受けたことを依頼者に告げることによって,依頼者との業務上の信頼関係に一定の影響が生じることがあるが,それだけでは回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるということはできないと判断した2つの東京高等裁判所の決定があるのに,懲戒処分を受けたことを依頼者に告知すれば弁護士としての社会的信用の低下等を招くので「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法第25条第2項)に該当すると判断できるのかという点で,本件は,法令の解釈に関する重要な事項を含むものである。

8、最高裁の判断

Xは,その所属する弁護士会から業務停止3月の懲戒処分を受けたが,当該業務停止期間中に期日が指定されているものだけで31件の訴訟案件を受任していたなど本件事実関係の下においては,行政事件訴訟法25条3項所定の事由を考慮し勘案して,上記懲戒処分によって相手方に生ずる社会的信用の低下,業務上の信頼関係の毀損等の損害が同条2項に規定する「重大な損害」に当たるものと認めた原審の判断は,正当として是認することができる。

以上

 

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総合設計許可の取消訴訟における原告適格について最高裁判所として初めて判断H14.1.22

2014-11-22 23:00:00 | 行政法学

最判H14.1.22建築確認取消・〇〇〇生命総合設計事件  

1、事案の概要

本件は,〇〇〇保険相互会社(以下「A社」という。)に対し,平成4年7月7日付けで被上告人Y1東京都知事が建築基準法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)59条の2第1項に基づいてしたいわゆる総合設計許可(以下「本件総合設計許可」という。)及び都市計画法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)8条1項3号に規定する都市計画である「東京都市計画高度地区」(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第61号)に基づいてした許可(以下「本件都市計画許可」といい,本件総合設計許可と併せて「本件各許可」という。)並びに同5年5月17日付けで被上告人Y2東京都建築主事がした建築確認(以下「本件建築確認」という。)が違法であるとして,上告人らが被上告人らに対しこれらの取消しを請求する事案である。 

2、訴訟選択 取消訴訟

請求の趣旨

1 被告東京都知事が〇〇〇命相互会社に対し別紙物件目録記載の建築物について平成4年7月7日付けでした建築基準法(平成4年法律第82号による改正前のもの。以下同じ。)59条の2第1項の許可及び東京都市計画高度地区(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第61号)に基づく許可をいずれも取り消す。

2 被告東京都建築主事が〇〇〇生命保険相互会社に対し別紙物件目録記載の建築物について平成5年5月17日付けでした建築確認を取り消す。

3、争点

(1)本件許可の取消しを求める原告適格の有無
(2)(1)が肯定された場合、本件許可の適否

4、第1審、原審の判断

(1)第1審

ア、Y1に対する本件総合設計許可の取消し請求に係る訴えはすべて却下した。

イ、Y1に対する本件都市計画許可の取消し請求に係る訴えについては、X1,X2,X3及びX4外5名の請求に関する部分は適法とした上で請求を棄却し、X5及びX6の請求に関する部分を却下した。

ウ、Y2に対する本件建築確認の取消請求に係る訴えについては、X1,X2,X3及びX4外5名の請求に関する部分は適法とした上で請求をいずれも棄却し、X5及びX6の請求に関する部分を却下した。

(2)原審

 原判決は、付加訂正の上、第1審判決を引用して控訴を棄却した。

5、判旨

一部破棄自判、一部棄却 

(1)主文抜粋

1 原判決中上告人X1,同X2,同X3及び同X4の被上告人東京都建築主事に対する請求に関する部分を破棄し,第1審判決中同部分を取り消し,同部分につき同上告人らの訴えを却下する。

2 上告人X1,同X2,同X3及び同X4のその余の上告並びに同X5及び同X6の上告を棄却する。

(2)原告適格の規範

 最判平成4年9月22日(もんじゅ事件)と最判平成9年1月28日(川崎市開発許可)を引用しつつ、「当該行政法規が,不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである」とした。

(3)本件総合設計許可の取消しを求める原告適格(理由第1、4(2)全部抜粋)

上記の見地に立って,まず,上告人らの本件総合設計許可の取消しを求

める原告適格について検討する。

 建築基準法は,52条において建築物の容積率制限,55条及び56条において高さ制限を定めているところ,これらの規定は,本来,建築密度,建築物の規模等を規制することにより,建築物の敷地上に適度な空間を確保し,もって,当該建築物及びこれに隣接する建築物等における日照,通風,採光等を良好に保つことを目的とするものであるが,そのほか,当該建築物に火災その他の災害が発生した場合に,隣接する建築物等に延焼するなどの危険を抑制することをもその目的に含むものと解するのが相当である。そして,同法59条の2第1項は,上記の制限を超える建築物の建築につき,一定規模以上の広さの敷地を有し,かつ,敷地内に一定規模以上の空地を有する場合においては,安全,防火等の観点から支障がないと認められることなどの要件を満たすときに限り,これらの制限を緩和することを認めている。このように,同項は,必要な空間を確保することなどを要件として,これらの制限を緩和して大規模な建築物を建築することを可能にするものである。容積率制限や高さ制限の規定の上記の趣旨・目的等をも考慮すれば,同項が必要な空間を確保することとしているのは,当該建築物及びその周辺の建築物における日照,通風,採光等を良好に保つなど快適な居住環境を確保することができるようにするとともに,地震,火災等により当該建築物が倒壊,炎上するなど万一の事態が生じた場合に,その周辺の建築物やその居住者に重大な被害が及ぶことがないようにするためであると解される。そして,同項は,特定行政庁が,以上の各点について適切な設計がされているかどうかなどを審査し,安全,防火等の観点から支障がないと認めた場合にのみ許可をすることとしているのである。以上のような同項の趣旨・目的,同項が総合設計許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等に加え,同法が建築物の敷地,構造等に関する最低の基準を定めて国民の生命,健康及び財産の保護を図ることなどを目的とするものである(1条)ことにかんがみれば,同法59条の2第1項は,上記許可に係る建築物の建築が市街地の環境の整備改善に資するようにするとともに,当該建築物の倒壊,炎上等による被害が直接的に及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物についてその居住者の生命,身体の安全等及び財産としてのその建築物を,個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると,総合設計許可に係る建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は,総合設計許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。

 前記事実関係によれば,上告人X5及び同X6以外の上告人らが居住し,かつ,所有する建築物並びに同X5及び同X6の所有する建築物は,いずれも本件建築物が倒壊すれば直接損傷を受ける蓋然性がある範囲内にあるものということができる。

したがって,上告人らは,本件総合設計許可の取消しを求める原告適格を有するものというべきである。してみると,上告人らにつき本件総合設計許可の取消しを求める原告適格を否定し,その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

 ところで,原審は,被上告人東京都知事が本件建築物が東京都総合設計許可要綱所定の各種基準に適合することを確認して本件各許可をしたことを認定した上で,本件建築物は上記基準に適合するものであり,同被上告人が第3種高度斜線制限の適用除外の許可の要件を満たすと判断して本件都市計画許可をしたことに,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるということはできないから,上告人X1外3名の同被上告人に対する本件都市計画許可の取消請求は理由がなく棄却すべきものと判断している。そして,後述のとおり,原審の上記認定判断は是認することができるものであり(後記第2参照),上記認定判断に徴すれば,上告人らの同被上告人に対する本件総合設計許可の取消請求もまた,理由のないものであることが明らかである。以上によると,本件総合設計許可の取消請求は理由がないものとして棄却すべきこととなるが,いわゆる不利益変更禁止の原則により,上告を棄却するにとどめるほかはない。

6、本判決の意義と問題点

(1)意義

ア、建築基準法59条の2第1項に基づく総合設計許可の取消訴訟における原告適格について最高裁判所として初めて判断したもの。

イ、平成9年判決と異なり、集団規定の性質に照らし、財産まで保護対象に含めた。

(2)問題点

ア、Xらは、本件総合設計許可の取消訴訟の原告適格を基礎づける権利、利益として、①プライバシーを保護される権利、②良好な住環境を享受する権利、③風害を受けない利益、④巨大建築物による圧迫感を受けない利益、⑤安全かつ快適な歩行をする利益等も主張したが、認められていない。

7、参照法令

○ 行政事件訴訟法9条

 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。

○建築基準法59条の2第1項

 その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建ぺい率、容積率及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したものの容積率又は各部分の高さは、その許可の範囲内において、第五十二条第一項から第九項まで、第五十五条第一項、第五十六条又は第五十七条の二第六項の規定による限度を超えるものとすることができる。

以上

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総合設計許可の取消訴訟に、地域住民の原告適格を初めて認めた最高裁判例H14.1.22

2014-11-20 16:08:42 | 行政法学
 建築基準法59条の2第1項に基づく「総合設計許可」の取消訴訟に、地域住民の原告適格を初めて認めた最高裁判例H14.1.22



***************最高裁ホームページ****************
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/624/052624_hanrei.pdf

         主    文
       1 原判決中上告人A1,同A2,同A3及び同A4の被上告人東
京都建築主事に対する請求に関する部分を破棄し,第1審判決中同部分を取り消し
,同部分につき同上告人らの訴えを却下する。
       2 上告人A1,同A2,同A3及び同A4のその余の上告並びに
同A5及び同A6の上告を棄却する。
       3 第1項の部分に関する訴訟の総費用は,上告人A1,同A2,
同A3及び同A4の負担とする。
       4 第2項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。


         理    由
 第1 上告代理人吉田忠司の上告理由第一について
 1 本件は,D生命保険相互会社(以下「D生命」という。)に対し,平成4年
7月7日付けで被上告人東京都知事が建築基準法(平成4年法律第82号による改
正前のもの。以下同じ。)59条の2第1項に基づいてしたいわゆる総合設計許可
(以下「本件総合設計許可」という。)及び都市計画法(平成4年法律第82号に
よる改正前のもの。以下同じ。)8条1項3号に規定する都市計画である「東京都
市計画高度地区」(東京都渋谷区決定・平成元年東京都渋谷区告示第61号)に基
づいてした許可(以下「本件都市計画許可」といい,本件総合設計許可と併せて「
本件各許可」という。)並びに同5年5月17日付けで被上告人東京都建築主事が
した建築確認(以下「本件建築確認」という。)が違法であるとして,上告人らが
被上告人らに対しこれらの取消しを請求する事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) D生命は,東京都渋谷区ab丁目に所在する1万3057.83㎡の本
件土地を所有しており,これを敷地とし,地上22階建てのタワーを有するオフィ
- 1 -
スビル,広場等から成る総合建築物(以下「本件建築物」という。)を建築する計
画を立てた。本件土地は,都市計画法8条1項1号所定の住居地域内にあるが,(
ア) 本件土地の西側約24%の部分は,建築基準法52条1項所定の容積率が4
00%の地域内にあり,(イ) 本件土地のその余の部分は,容積率が300%の
地域内にある。本件土地に係る容積率は,同条2項により,323.95%となる。
 本件土地は,上記のとおり,同条所定の容積率の制限を受けていたほか,同法5
6条1項2号イ所定のいわゆる隣地斜線制限を受け,また,本件土地のうち上記(
イ)の部分は,東京都市計画高度地区の定める第3種高度地区における建築物の各
部分の高さの最高限度の制限(以下「第3種高度斜線制限」という。)を受けてい
た。東京都市計画高度地区の定めにおいては,同法施行令(平成5年政令第170
号による改正前のもの)136条に定める敷地内空地及び敷地規模を有する敷地に
総合的な設計に基づいて建築される建築物で市街地の環境の整備改善に資すると認
められるもの等に該当し,特定行政庁が許可したものについては,第3種高度斜線
制限の規定を適用しないこととしている。本件建築物は,容積率が437.55%
であり,本件土地に係る容積率の制限を超え,南側隣地に係る斜線制限及び第3種
高度斜線制限にも抵触し,これらの緩和又は適用除外がなければ建築することがで
きないものであった。D生命は,前記のとおり,本件建築物について,容積率制限
及び南側隣地に係る斜線制限を緩和する本件総合設計許可並びに第3種高度斜線制
限の適用を除外する本件都市計画許可を受けた。その結果,最高の高さが110.
25mに及ぶ本件建築物を建築することが可能となった。
 (2) 上告人らは,本件建築物のうちのオフィスビルから直線距離で13.5
mないし127.5mの範囲に,いずれも建築物を所有している。上告人A5及び
同A6(以下「上告人A5外1名」という。)の住居は,都市計画法8条1項1号
所定の住居地域内にあり,同A1及び同A2の住居並びに同A3の所有する賃貸建
- 2 -
物は,同号所定の第1種住居専用地域内にある。上告人A4の亡夫Eは,第1種住
居専用地域内に建築物を所有し,本件訴訟の原告の1人であったが,第1審係属中
に死亡し,同上告人が,上記建築物の持分を相続により承継取得して,亡A4の本
件訴訟を承継した。
 本件建築物は,冬至日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において
,上告人A1及び同A2の各住居並びに同A4の所有する建築物の敷地上,平均地
盤面からの高さ1.5mに,それぞれ2時間前後の日影を生じさせ,同A3の賃貸
建物の敷地上にも同様に1時間弱の日影を生じさせるが,本件土地の南側にある上
告人A5外1名の各住居の敷地上には,日影を生じさせない。
 (3) 東京都は,総合設計許可の可否に関する判断基準として東京都総合設計
許可要綱を定めている。同要綱は,建築基準法が要求する最低限の空地,敷地要件
,計画建築物の敷地が接道すべき道路の幅員,敷地内の公開空地の形状等に関する
基準を設け,敷地に対する公開空地の割合に基づく容積率の緩和の原則及び緩和の
限度,計画建築物と一般建築物の斜線投影面積の比較による道路斜線制限及び隣地
斜線制限の緩和の限度,日照条件による北側斜線制限(第3種高度斜線制限を含む。)
の緩和の限度を具体的に定めるものであって,建ぺい率,容積率及び各部分の高さ
について総合的な配慮がされていることの統一的な認定基準として定められたもの
である。また,同要綱は,対象となる建築計画の要件として,周辺の市街地環境に
対して十分配慮した建築形態であること等を挙げている。
 同要綱は,総合設計許可のみならず,東京都市計画高度地区に基づく第3種高度
斜線制限の適用除外の許可についても,その判断基準として用いられている。本件
各許可も本件建築物が同要綱所定の各種基準に適合することを確認してされた。な
お,被上告人東京都知事は,本件各許可をするに際し,本件建築物の建築が市街地
の環境整備に支障がないとの東京都渋谷区の意向をも確認した。
- 3 -
 3 原審は,上記事実関係の下において,① 被上告人東京都知事に対する本件
総合設計許可の取消しの訴えをすべて不適法として却下すべきものとし,② 同被
上告人に対する本件都市計画許可の取消請求については,上告人A5外1名の訴え
を不適法として却下すべきものとし,上告人A1,同A2,同A3及び同A4(以
下「上告人A1外3名」という。)の訴えは適法とした上で,その請求を棄却すべ
きものとし,③ 被上告人東京都建築主事に対する本件建築確認の取消請求につい
ては,上告人A5外1名の訴えを不適法として却下すべきものとし,上告人A1外
3名の訴えは適法とした上で,その請求を棄却すべきものとした。原審の判断の概
要は,次のとおりである。
 (1) 本件総合設計許可は,本件建築物につき,容積率制限と南側隣地に係る
斜線制限を緩和するものである。容積率制限は,建築物の過密化を避け適当な都市
環境を確保するとともに,道路等の公共施設との調和を図ること等を目的とするも
のであって,近隣住民の個別的な利益を直接保護する趣旨のものではない。斜線制
限のうち本件で緩和の対象とされた南側隣地に係る斜線制限は,隣接地の日照を保
護することを目的としたものでなく,専ら一般的な採光,天空視界の確保,上空開
放感の維持等を目的とするものであり,一般的な都市空間の確保という公益保護を
目的とするにとどまる。したがって,上告人らは,本件総合設計許可の取消しを求
める原告適格を有しない。
 (2) 東京都市計画高度地区による第3種高度斜線制限は,容積率が300%
の住居地域において,敷地の北側境界線からの距離に応じた斜線方式による建築物
の各部分の高さを制限して隣接地の日照を確保することを主な目的とする。本件都
市計画許可により日照利益に影響を受けることとなる上告人A1外3名は,本件都
市計画許可の取消しを求める原告適格を有するが,上告人A5外1名は,本件土地
の南側に居住し,第3種高度斜線制限によって直接保護された利益を有するもので
- 4 -
はなく,その取消しを求める原告適格を有しない。
 (3) 本件建築物が建築されることによって日照に一定程度の影響を受けるこ
ととなる上告人A1外3名は,本件建築確認の取消しを求める原告適格を有するが
,上告人A5外1名は,本件建築物が建築されることによって日照に影響を受ける
ものではないから,その取消しを求める原告適格を有しない。
 (4) 都市計画法は,高度地区を都市計画において定めるに当たっては,その
具体的内容及び指定地域をどのように定めるかを都市計画にゆだねたものと解すべ
きであるから,高度地区を定める都市計画において,一定の例外的な場合に高度地
区の定めを適用除外とすることを定めることも,高度地区を具体的に指定する方法
の一つとして容認されている。東京都市計画高度地区における第3種高度斜線制限
の適用除外の規定は,都市計画法及び建築基準法に違反しない。第3種高度斜線制
限の適用を除外する許可の要件の有無の判断は,建築や都市計画に関する技術的・
専門的な知識経験を有する特定行政庁の広範な裁量にゆだねられている。本件建築
物は,東京都総合設計許可要綱所定の各種基準に適合するものであり,被上告人東
京都知事が,上記の要件を満たすと判断して本件都市計画許可をしたことに,その
裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるということはできない。
 (5) 本件総合設計許可が違法であるかどうかは,上告人A1外3名の法律上
の利益と関係がなく,上告人A1外3名は,その違法を主張して本件建築確認の取
消しを求めることはできない。また,本件都市計画許可が適法であることは前記の
とおりであるから,同許可の違法を理由に本件建築確認の違法をいう上告人A1外
3名の主張は失当である。
 4 しかしながら,原審が,上告人ら全員につき本件総合設計許可の取消しを求
める原告適格を否定し,また,上告人A5外1名につき本件都市計画許可の取消し
を求める原告適格を否定した各判断は,いずれも是認することができない。その理
- 5 -
由は,次のとおりである。
 (1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条
にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処
分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害
されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数
者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属す
る個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される
場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分
によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消
訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,当該行政法規が,
不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべ
きものとする趣旨を含むか否かは,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当
該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきで
ある(最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集
46巻6号571頁,最高裁平成6年(行ツ)第189号同9年1月28日第三小
法廷判決・民集51巻1号250頁参照)。
 (2) 上記の見地に立って,まず,上告人らの本件総合設計許可の取消しを求
める原告適格について検討する。
 建築基準法は,52条において建築物の容積率制限,55条及び56条において
高さ制限を定めているところ,これらの規定は,本来,建築密度,建築物の規模等
を規制することにより,建築物の敷地上に適度な空間を確保し,もって,当該建築
物及びこれに隣接する建築物等における日照,通風,採光等を良好に保つことを目
的とするものであるが,そのほか,当該建築物に火災その他の災害が発生した場合
に,隣接する建築物等に延焼するなどの危険を抑制することをもその目的に含むも
- 6 -
のと解するのが相当である。そして,同法59条の2第1項は,上記の制限を超え
る建築物の建築につき,一定規模以上の広さの敷地を有し,かつ,敷地内に一定規
模以上の空地を有する場合においては,安全,防火等の観点から支障がないと認め
られることなどの要件を満たすときに限り,これらの制限を緩和することを認めて
いる。このように,同項は,必要な空間を確保することなどを要件として,これら
の制限を緩和して大規模な建築物を建築することを可能にするものである。容積率
制限や高さ制限の規定の上記の趣旨・目的等をも考慮すれば,同項が必要な空間を
確保することとしているのは,当該建築物及びその周辺の建築物における日照,通
風,採光等を良好に保つなど快適な居住環境を確保することができるようにすると
ともに,地震,火災等により当該建築物が倒壊,炎上するなど万一の事態が生じた
場合に,その周辺の建築物やその居住者に重大な被害が及ぶことがないようにする
ためであると解される。そして,同項は,特定行政庁が,以上の各点について適切
な設計がされているかどうかなどを審査し,安全,防火等の観点から支障がないと
認めた場合にのみ許可をすることとしているのである。以上のような同項の趣旨・
目的,同項が総合設計許可を通して保護しようとしている利益の内容・性質等に加
え,同法が建築物の敷地,構造等に関する最低の基準を定めて国民の生命,健康及
び財産の保護を図ることなどを目的とするものである(1条)ことにかんがみれば
,同法59条の2第1項は,上記許可に係る建築物の建築が市街地の環境の整備改
善に資するようにするとともに,当該建築物の倒壊,炎上等による被害が直接的に
及ぶことが想定される周辺の一定範囲の地域に存する他の建築物についてその居住
者の生命,身体の安全等及び財産としてのその建築物を,個々人の個別的利益とし
ても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきである。そうすると,【要旨
】総合設計許可に係る建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予
想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は,総合設計許
- 7 -
可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として,その取消訴訟における
原告適格を有すると解するのが相当である。
 前記事実関係によれば,上告人A3及び同A4以外の上告人らが居住し,かつ,
所有する建築物並びに同A3及び同A4の所有する建築物は,いずれも本件建築物
が倒壊すれば直接損傷を受ける蓋然性がある範囲内にあるものということができる。
したがって,上告人らは,本件総合設計許可の取消しを求める原告適格を有するも
のというべきである。してみると,上告人らにつき本件総合設計許可の取消しを求
める原告適格を否定し,その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判
断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
 ところで,原審は,被上告人東京都知事が本件建築物が東京都総合設計許可要綱
所定の各種基準に適合することを確認して本件各許可をしたことを認定した上で,
本件建築物は上記基準に適合するものであり,同被上告人が第3種高度斜線制限の
適用除外の許可の要件を満たすと判断して本件都市計画許可をしたことに,その裁
量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるということはできないから,
上告人A1外3名の同被上告人に対する本件都市計画許可の取消請求は理由がなく
棄却すべきものと判断している。そして,後述のとおり,原審の上記認定判断は是
認することができるものであり(後記第2参照),上記認定判断に徴すれば,上告
人らの同被上告人に対する本件総合設計許可の取消請求もまた,理由のないもので
あることが明らかである。以上によると,本件総合設計許可の取消請求は理由がな
いものとして棄却すべきこととなるが,いわゆる不利益変更禁止の原則により,上
告を棄却するにとどめるほかはない。
 (3) 次に,上告人らの本件都市計画許可の取消しを求める原告適格について
検討する。
 総合設計許可について前述したところにかんがみれば,東京都市計画高度地区に
- 8 -
よる第3種高度斜線制限は,その趣旨・目的等に照らし,敷地の北側境界線からの
距離に応じた斜線方式による建築物の各部分の高さを制限し,周辺の日照,通風,
採光等を良好に保つなど快適な居住環境を確保することができるようにするととも
に,当該建築物が地震,火災等により倒壊,炎上するなどの事態が生じた場合に,
その周辺の建築物や居住者に被害が及ぶことを防止することを目的とするものと解
するのが相当である。したがって,第3種高度斜線制限の適用除外の許可に係る建
築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存
する建築物に居住し又はこれを所有する者は,その生命,身体の安全等又は財産と
しての建築物を個別的利益としても保護されているものと解されるのであり,上記
許可の取消しを求める原告適格を有するものと解するのが相当である。
 本件総合設計許可の原告適格について前述したところによれば,上告人らは,本
件都市計画許可についても,その取消しを求める原告適格を有するものというべき
である。上告人A5外1名につき本件都市計画許可の取消しを求める原告適格を否
定し,その取消しを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断には,法令の解
釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。しかしながら,原審が上告人A1
外3名の本件都市計画許可の取消請求は理由がなく棄却すべきものと判断したこと
は前記のとおりであり,その判断を是認することができることは後記第2のとおり
であって,上告人A5外1名の同請求についても,その理由がなく棄却すべきこと
は明らかであるところ,ここでも,不利益変更禁止の原則により,上告を棄却する
にとどめるほかはない。
 (4) さらに,本件建築確認に係る本件建築物の工事がすべて完了したことに
より本件建築確認の取消しを求める訴えの利益が失われたことは,後記第3のとお
りであるから,上告人A5外1名が本件建築確認の取消しを求める原告適格を有し
ないとしてその訴えを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認する
- 9 -
ことができる。この点に関する上告人A5外1名の上告は棄却すべきである。
 (5) 以上によれば,論旨は,結局,採用することができない。
 第2 上告代理人吉田忠司の上告理由第二及び第三について
 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,是認する
ことができ,その過程に所論の違法はない。論旨は,採用することができない。
 第3 職権による検討
 建築確認は,それを受けなければ建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事を
することができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきで
あるから,当該工事が完了した場合においては,建築確認の取消しを求める訴えの
利益は失われる(最高裁昭和58年(行ツ)第35号同59年10月26日第二小
法廷判決・民集38巻10号1169頁参照)。
記録によれば,本件建築確認に係る本件建築物の工事はすべて完了したことが認め
られるから,上告人らにおいて本件建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われ
たものというべきである。そうすると,原判決及び第1審判決中,上告人A1外3
名の本件建築確認の取消請求を棄却すべきものとした部分には,判決に影響を及ぼ
すことが明らかな法令の違反があるから,原判決中上記部分を破棄して,第1審判
決中上記部分を取り消し,上告人A1外3名の上記請求に係る訴えを却下すべきで
ある。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田
昌道)
- 10 -


http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52624


事件番号

 平成9(行ツ)7



事件名

 建築基準法に基づく許可処分取消,建築確認処分取消請求事件



裁判年月日

 平成14年1月22日



法廷名

 最高裁判所第三小法廷



裁判種別

 判決



結果

 その他



判例集等巻・号・頁

 民集 第56巻1号46頁




原審裁判所名

 東京高等裁判所



原審事件番号

 平成7(行コ)175



原審裁判年月日

 平成8年9月25日




判示事項

 建築基準法(平成4年法律第82号による改正前のもの)59条の2第1項に基づくいわゆる総合設計許可の取消訴訟と同許可に係る建築物の周辺地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者の原告適格



裁判要旨

 建築基準法(平成4年法律第82号による改正前のもの)59条の2第1項に基づくいわゆる総合設計許可に係る建築物の倒壊,炎上等により直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に存する建築物に居住し又はこれを所有する者は,同許可の取消訴訟の原告適格を有する。



参照法条

 行政事件訴訟法9条,建築基準法(平成4年法律第82号による改正前のもの)59条の2第1項
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耐震偽装をした一級建築士の免許の取消しに理由提示の違法があると、その免許取消し自体が取消される

2014-11-18 23:00:00 | 行政法学
 設計者として,7件の建築物につき建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行って耐震性等の不足する構造上危険な建築物を現出させた上,更に5件の建築物につき構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った者の一級建築士免許の取消において、その理由提示の仕方にあやまりがある違法があると、免許取り消ししたこと自体が取消になるということ。

 それほどに、理由をきちんと提示する義務が、行政にはあります。


********************************************************************

事件名

 一級建築士免許取消処分等取消請求事件



裁判年月日

 平成23年6月7日

<判決文全文>
- 1 -
主 文
1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
2 国土交通大臣が上告人X1に対し平成18年9月1
日付けでした一級建築士免許取消処分を取り消す。
3 北海道知事が上告人X2に対し平成18年9月26
日付けでした建築士事務所登録取消処分を取り消
す。
4 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理 由
上告代理人川守田大介の上告受理申立て理由第1,第2,第6について
1 本件は,一級建築士として建築士事務所の管理建築士を務めていた上告人
X1が,国土交通大臣から,建築士法(平成18年法律第92号による改正前のも
の。以下同じ。)10条1項2号及び3号に基づく一級建築士免許取消処分(以下
「本件免許取消処分」という。)を受け,これに伴い,同事務所の開設者であった
上告人X2(以下「上告会社」という。)が,北海道知事から,同法26条2項4
号に基づく建築士事務所登録取消処分(以下「本件登録取消処分」という。)を受
けたため,上告人らにおいて,本件免許取消処分は,公にされている処分基準の適
用関係が理由として示されておらず,行政手続法14条1項本文の定める理由提示
の要件を欠いた違法な処分であり,これを前提とする本件登録取消処分も違法な処
分であるなどとして,これらの各処分の取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人X1は,昭和56年に一級建築士免許を取得し,上告会社が開設す
- 2 -
る建築士事務所の管理建築士を務めていた。
(2) 国土交通大臣は,上告人X1に対し,平成18年9月1日付けで,本件免
許取消処分をした。その通知書には,処分の理由として,次のとおり記載されてい
た。
「あなたは,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,北海道札幌市厚別区厚
別中央▲条▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区平岸▲条▲丁目▲,北海道札幌市北
区北▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区北▲条西▲丁目▲番
▲,北海道札幌市中央区南▲条西▲丁目▲-▲,▲,▲,▲,北海道札幌市中央区
南▲条西▲丁目▲-▲を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令に定める
構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険な建
築物を現出させた。
また,北海道札幌市東区北▲条東▲丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区豊平▲条▲
丁目▲-▲,北海道札幌市豊平区月寒西▲条▲丁目▲番▲,北海道札幌市豊平区月
寒中央通▲丁目▲番▲,北海道札幌市白石区南郷通▲丁目北▲を敷地とする建築物
の設計者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った。
このことは,建築士法第10条第1項第2号及び第3号に該当し,一級建築士に
対し社会が期待している品位及び信用を著しく傷つけるものである。」
(3) 北海道知事は,上告人X1に対し本件免許取消処分がされたことを受け
て,上告会社に対し,平成18年9月26日付けで,本件登録取消処分をした。
(4) 建築士法10条1項は,建築士が「この法律若しくは建築物の建築に関す
る他の法律又はこれらに基づく命令若しくは条例の規定に違反したとき」(2
号),「業務に関して不誠実な行為をしたとき」(3号)においては,免許を与え
- 3 -
た国土交通大臣又は都道府県知事は,当該建築士に対する懲戒処分として,「戒告
を与え,1年以内の期間を定めて業務の停止を命じ,又は免許を取り消すことがで
きる。」と定めている。
本件免許取消処分がされた当時,建築士に対する上記懲戒処分については,意見
公募の手続を経た上で,「建築士の処分等について」と題する通知(平成11年1
2月28日建設省住指発第784号都道府県知事宛て建設省住宅局長通知。平成1
9年6月20日廃止前のもの)において処分基準(以下「本件処分基準」とい
う。)が定められ,これが公にされていた。本件処分基準によれば,その別表第1
に従い,処分内容の決定を行うこととされており,上記別表第1の(2)は,建築士
が建築士法10条1項2号又は3号に該当するときは,「表2の懲戒事由に記載し
た行為に対応する処分ランクを基本に,表3に規定する情状に応じた加減を行って
ランクを決定し,表4に従い処分内容を決定する。ただし,当該行為が故意による
ものであり,それにより,建築物の倒壊・破損等が生じたとき又は人の死傷が生じ
たとき(以下「結果が重大なとき」という。)は,業務停止6月以上又は免許取消
の処分とし,当該行為が過失によるものであり,結果が重大なときは,業務停止3
月以上又は免許取消の処分とする。」と定めていた。また,上記別表第1の表2
は,「違反設計」に対応する処分ランクを「6」とし,「不適当設計」に対応する
処分ランクを「2~4」とし,「その他の不誠実行為」に対応する処分ランクを
「1~4」とするなど,懲戒事由の類型ごとに処分ランクを定め,表3は,その処
分ランクから,「過失に基づく行為であり,情状をくむべき場合」には1~3を減
じ,「法違反の状態が長期にわたる場合」や「常習的に行っている場合」には3を
加えるなど,情状等による処分ランクの加減方法を定め,表4は,このようにして
- 4 -
決定された処分ランクが「2」の場合は「戒告」とし,「3」ないし「15」の場
合はそれぞれ「業務停止1月未満」ないし「業務停止1年」とし,「16」の場合
は「免許取消」とするなど,処分ランクに対応する処分等(文書注意を含む。)の
内容を定めるとともに,複数の処分事由に該当する場合の処理について,「二以上
の処分等すべき行為について併せて処分等を行うときは,最も処分等の重い行為の
ランクに適宜加重したランクとする。ただし,同一の処分事由に該当する複数の行
為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似性等から,全体として一の
行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキングすることができる。」など
と定めていた。
(5) 上告人らは,本件訴訟の提起の段階で,本件免許取消処分の根拠は本件処
分基準の別表第1の(2)本文であると理解していたが,被上告人国は,本件訴訟に
おいて,本件免許取消処分の根拠を,主位的に,同(2)ただし書であると主張し,
予備的に,同(2)本文であると主張した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,本件免許取消処
分に行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法はなく,その
余の違法事由も認められず,本件登録取消処分にも違法はないとして,上告人らの
請求をいずれも棄却すべきものとした。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に当該不利益処分の理由を
示さなければならないとしている趣旨は,一級建築士に対する懲戒処分の場合,当
該処分の根拠法条(建築士法10条1項各号)及びその法条の要件に該当する具体
的な事実関係が明らかにされることで十分に達成できるというべきであり,更に進
んで,処分基準の内容及び適用関係についてまで明らかにすることを要するもので
- 5 -
はないと解すべきである。国土交通大臣は,本件免許取消処分の通知書の中で具体
的な根拠法条及びその要件に該当する具体的な事実関係を明らかにしているから,
十分な理由が提示されていたといえる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人
に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利
を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保し
てその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便
宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理
由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令
の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分
の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決
定すべきである。
この見地に立って建築士法10条1項2号又は3号による建築士に対する懲戒処
分について見ると,同項2号及び3号の定める処分要件はいずれも抽象的である
上,これらに該当する場合に同項所定の戒告,1年以内の業務停止又は免許取消し
のいずれの処分を選択するかも処分行政庁の裁量に委ねられている。そして,建築
士に対する上記懲戒処分については,処分内容の決定に関し,本件処分基準が定め
られているところ,本件処分基準は,意見公募の手続を経るなど適正を担保すべき
手厚い手続を経た上で定められて公にされており,しかも,その内容は,前記2
(4)のとおりであって,多様な事例に対応すべくかなり複雑なものとなっている。
- 6 -
そうすると,建築士に対する上記懲戒処分に際して同時に示されるべき理由として
は,処分の原因となる事実及び処分の根拠法条に加えて,本件処分基準の適用関係
が示されなければ,処分の名宛人において,上記事実及び根拠法条の提示によって
処分要件の該当性に係る理由は知り得るとしても,いかなる理由に基づいてどのよ
うな処分基準の適用によって当該処分が選択されたのかを知ることは困難であるの
が通例であると考えられる。これを本件について見ると,本件の事実関係等は前記
2のとおりであり,本件免許取消処分は上告人X1の一級建築士としての資格を直
接にはく奪する重大な不利益処分であるところ,その処分の理由として,上告人
X1が,札幌市内の複数の土地を敷地とする建築物の設計者として,建築基準法令
に定める構造基準に適合しない設計を行い,それにより耐震性等の不足する構造上
危険な建築物を現出させ,又は構造計算書に偽装が見られる不適切な設計を行った
という処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号という処分の根
拠法条とが示されているのみで,本件処分基準の適用関係が全く示されておらず,
その複雑な基準の下では,上告人X1において,上記事実及び根拠法条の提示によ
って処分要件の該当性に係る理由は相応に知り得るとしても,いかなる理由に基づ
いてどのような処分基準の適用によって免許取消処分が選択されたのかを知ること
はできないものといわざるを得ない。このような本件の事情の下においては,行政
手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由提示としては十分
でないといわなければならず,本件免許取消処分は,同項本文の定める理由提示の
要件を欠いた違法な処分であるというべきであって,取消しを免れないものという
べきである。
そして,上記のとおり本件免許取消処分が違法な処分として取消しを免れないも
- 7 -
のである以上,これを前提とする本件登録取消処分もまた違法な処分として取消し
を免れないものというべきである。
5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したと
ころによれば,上告人らの請求は理由があるから,第1審判決を取り消し,上告人
らの請求をいずれも認容すべきである。
よって,裁判官那須弘平,同岡部喜代子の各反対意見があるほか,裁判官全員一
致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。
裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に与するものであるが,本件において反対意見が存することに鑑
み,多数意見の論拠等につき以下に私の理解するところを少しく敷衍するととも
に,反対意見をも踏まえて多数意見を補足する。
1 行政処分の理由付記に関する判例法理及び学説について
昭和30年代後半以降の幾多の判例(最高裁昭和36年(オ)第84号同38年
5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁,最高裁昭和57年(行ツ)
第70号同60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁,最高裁平成4
年(行ツ)第48号同年12月10日第一小法廷判決・裁判集民事166号773
頁ほか)の積重ねを経て,今日では,許認可申請に対する拒否処分や不利益処分を
なすに当たり,理由の付記を必要とする旨の判例法理が形成されているといえる
(この判例法理の適用は,税法事件に限られるものではない。)。そして,学説
は,この判例法理を一般に以下のとおり整理し,多数説はそれを支持している。そ
の法理は,平成5年に行政手続法が制定された後も基本的には妥当すると解されて
- 8 -
いる。
① 不利益処分に理由付記を要するのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保し
て,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせることにより,相
手方の不服申立てに便宜を与えることにある。その理由の記載を欠く場合には,実
体法上その処分の適法性が肯定されると否とにかかわらず,当該処分自体が違法と
なり,原則としてその取消事由となる(仮に,取り消した後に,再度,適正手続を
経た上で,同様の処分がなされると見込まれる場合であっても同様である。)。
② 理由付記の程度は,処分の性質,理由付記を命じた法律の趣旨・目的に照ら
して決せられる。
③ 処分理由は,その記載自体から明らかでなければならず,単なる根拠法規の
摘記は,理由記載に当たらない。
④ 理由付記は,相手方に処分の理由を示すことにとどまらず,処分の公正さを
担保するものであるから,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第
三者においてもその記載自体からその処分理由が明らかとなるものでなければなら
ない。
2 行政手続法と不利益処分理由の提示
平成5年11月に制定された行政手続法は,「行政運営における公正の確保と透
明性の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することを目的」として制定
されたものであり,同法は,不利益処分については,行政庁は,不利益処分の性質
に照らしてできる限り具体的な処分基準を定め,これを公にするように努めなけれ
ばならないとしている(同法12条)。
そして,行政庁は,不利益処分をなす場合には,その名宛人に対し,理由を示さ
- 9 -
ないで処分をすべき差し迫った必要がある場合を除き,その不利益処分と同時に当
該理由を示さなければならないと定める(同法14条1項)。
ところで,行政庁のなす不利益処分に関して裁量権が認められている場合に,行
政庁が同法12条に則って処分基準を定めそれを公表したときは,行政庁は,同基
準に羈束されてその裁量権を行使することを対外的に表明したものということがで
きる。
したがって,行政庁が不利益処分をなすには,原則としてその基準に従ってなす
とともに,その処分理由の提示に当たっては,同基準の適用関係を含めて具体的に
示さなければならないものというべきである。ただし,当該基準は行政庁自らが定
めるものであることからして,不利益処分をなすに当たり同基準によることが相当
でない場合にまで,行政庁が同基準に羈束されると解することは相当ではない。し
かし,その場合には,同基準によることができない合理的理由が必要であり,また
その理由についても,処分理由の提示において具体的に示されなければならないも
のというべきである。
そして,行政庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表した後に,その基準
によることなく不利益処分をなし,あるいは,理由の提示においてその基準との関
係についての説明を欠くときは,前記1に述べたところの法理に基づいて違法との
評価を受けるものというべきである。
3 建築士法と処分基準
多数意見2(4)に記載するとおり,建築士法10条1項は,国土交通大臣又は都
道府県知事が建築士法等に違反した建築士に対して戒告,業務停止又は免許の取消
しの懲戒処分をすることができる旨定め,本件免許取消処分がなされた当時,同懲
- 10 -
戒処分の基準として,多数意見にて記載したとおり「建築士の処分等について」と
題する都道府県知事宛ての建設省住宅局長通知が発出され,それが公表されてい
た。
上記通知の法的性質は,通達であって,第三者の権利義務を直接規律するもので
はないが,建築士法に基づく懲戒処分の処分基準(本件処分基準)を詳細に定める
とともに,それが公表されていたのであるから,行政手続法12条に定める処分基
準として公表されていたものというべきものであり,建築士法に基づく懲戒処分を
なすに当たっては,本件処分基準に依拠するとともに,その処分理由において同基
準の適用関係を摘示することが求められていたといえる。
4 本件免許取消処分と本件処分基準及び処分理由の提示
本件免許取消処分においてなされた処分理由の提示(以下「本件処分理由の提
示」という。)は,多数意見2(2)に記載のとおりである。その理由の提示におい
て,本件処分基準との関係について何ら言及することがないばかりか,以下に記載
するとおり,上告人X1の処分対象行為の特定すら十分になされず,また,その提
示された内容は具体性を欠き極めて不十分なものである。多数意見は以下に述べる
違法事由のうち,(3)の点を捉えて本件免許取消処分の違法性を認めているが,私
は,以下の(1)及び(2)それぞれ単独でも,行政手続法14条が定める「理由の提
示」の要件を充足しているとは到底認められず,理由の提示を欠く処分として違法
であり,取消しを免れないものであると考える。
(1) 本件処分理由の提示において,上告人X1の処分対象行為の特定が十分に
なされていない。
ア 本件処分通知書の内容
- 11 -
本件免許取消処分の通知書(以下「本件処分通知書」という。)には,多数意見
2(2)に記載するとおり,上告人X1は番地を特定した土地を敷地とする7件の建
築物の設計者として,建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計(以下「構
造基準不適合設計」という。)を行い,それにより耐震性等の不足する構造上危険
な建築物を現出させ,また,番地を特定した土地を敷地とする5件の建築物の設計
者として,構造計算書に偽装が見られる不適切な設計(以下「構造計算偽装」とい
う。)を行ったと記載されている。しかし,その記載からは,構造基準不適合設計
がされた7件の建築物の種類,規模,構造等は全く不明であり(本件記録上は,地
上9~15階,20~84戸のマンションであったことがうかがわれる。),ま
た,その設計時期,上告人X1の行った構造基準不適合設計のいかなる点が具体的
に問題となるのか,「耐震性等の不足する構造上危険な建築物」とあるが,どの程
度耐震性に影響が存するのか(取壊しまで必要なのか,相当規模の耐震補強工事を
必要とするのか,軽微な補強工事で足りるのか等)について何ら記載されていない
(原判決の認定によれば,上記7件の建築物は,倒壊,破損に類するような危険性
を有すると断定することはできないレベルのものである。)。
また,構造計算偽装に係る5件の建築物についても,その種類,規模,構造は全
く不明であり(本件記録上は,地上9~15階,21~88戸のマンションであっ
たことがうかがわれる。),その設計時期やその偽装と上告人X1の関わり合いの
内容(上告人X1は,構造計算は下請業者に外注していたもので,その偽装を見抜
くことは困難であったと主張している。),その偽装により,実際に建築された各
建物にどのような問題が生じたのか(取壊しが必要なのか,補強工事が必要なの
か,その場合,どの程度の工事が必要なのか等)について何ら記載されていない
- 12 -
(原判決も,上記5件の建築物の耐震強度については認定していない。)。
イ 違反設計建築物自体の特定の不十分及び設計時期の不記載について
上告人X1は,本件免許取消処分の対象である12件の建築物の設計に関わって
いるから,その建築物の内容や設計時期は当然に認識しているところではある。し
かし,前記1④に記載したとおり,理由付記は相手方に処分の理由を示すにとどま
らず公正さを担保するものであって,第三者においても,その記載自体からその処
分理由が明らかとなるものでなければならないことからすれば,本件処分通知書に
おける建築物の特定は極めて不十分であり,また,設計が行われた時期が特定され
ていない点は,理由付記の基礎となる事実の特定を欠くものといわざるを得ない。
なお,設計時期の点は,本件処分基準において,法違反の状態が長期にわたる場
合や常習的に行っている場合には,違反点数の加算事由とされ,他方,「同一の処
分事由に該当する複数の行為については,時間的,場所的接着性や行為態様の類似
性等から,全体として一の行為と見うる場合は,単一の行為と見なしてランキング
することができる」とされていることからして,違反行為を評価する上でも重要な
要素をなすものである。
ウ 違反内容の記載について
アにおいて指摘したとおり,本件処分通知書に記載されている違反行為の内容は
極めて抽象的であって,その違反の具体的内容は明らかではない。仮に,上告人
X1において,本件免許取消処分の基礎とされた違反行為の内容に争いがない場合
であっても,前記1④に記載したとおり,不利益処分の理由提示においては,違反
行為の具体的な内容が,第三者においても認識できるものでなければならないとこ
ろ,本件処分通知書の記載内容からは,専門家たる建築士においても,上告人X1
- 13 -
の行った違反行為の具体的内容を推知することは到底できないものである。
エ 小括
以上述べたところからして,本件処分理由の提示は,前記1④に記載したところ
の要件を満たしておらず,違法との評価を受けざるを得ないものというべきであ
る。
(2) 本件処分理由の提示の内容は,本件処分基準との関連性の点を除いても,
本件免許取消処分の重大性と対比して,理由の提示としては極めて不十分であると
いわざるを得ない。
本件免許取消処分は,上告人X1の建築士免許を取り消すという同上告人自身に
とって極めて重大な処分であり,また,それに伴い同上告人が管理建築士を務める
上告会社の建築士事務所の登録が取り消されることにつながるという重大な処分で
あることからすれば,本件処分基準が定められていない場合であっても,その処分
理由として違反行為の内容を具体的に摘示し,その違反行為が建築士免許取消処分
に該当するだけの重大なものであることを,上告人X1をして十分に認識させるも
のでなければならないというべき筋合いである。殊に,同上告人は,本件免許取消
処分に係る聴聞手続の段階から,構造基準不適合設計及び構造計算偽装の本件処分
基準との適用関係を問題とするなど違反行為の性質や程度を争っていたことからす
れば,なおさらである。
また,本件免許取消処分の重大性に鑑みて,その処分理由は,その理由書を一読
した第三者においても,その処分が適正なものであることを容易に理解できるもの
でなければならない。
ところが,本件処分通知書に記載された処分理由は,上記のとおり,上告人X1
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の設計に係る7件の建築物について構造基準不適合設計を行い,それにより耐震性
等の不足する構造上危険な建築物を現出させ,また5件の建築物について構造計算
偽装を行ったという処分の原因となる事実と,建築士法10条1項2号及び3号と
いう処分の根拠法条が示されているのみであり,上記に記載したような,本件免許
取消処分の重大性からして当然に求められる処分理由の詳細な提示を欠くものであ
る。
かかる不適切な処分理由の提示は,処分理由に求められる前記1②~④の要件を
満たすものとはいえず,違法との評価を受けざるを得ないものといえる。
なお,那須裁判官はその反対意見において,「(上告人X1が行った)各設計行
為につき建築の専門家である建築士の職責(建築士法2条の2)の本質的部分に関
わる重大な違法行為及び不適切な行為があったことは明らかである。本件免許取消
処分通知書には,これらの違法行為及び不適切な行為の具体的事実が示され,また
処分の根拠となった法令の条項も示されているのであり,その違法・不適切な行為
の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを直視することにより,本件懲戒規定
の定める3種類の処分の中から最も重い免許取消処分が選択されたことがやむを得
ないものであることは,専門家ならずとも一般人の判断力をもってすれば,容易に
理解できるはずである。」として,本件処分通知書の処分理由の記載は取消しの効
果に直結する瑕疵に当たらないとされる。
しかし,本件処分通知書に記載された処分理由は,本件免許取消処分に係る事実
関係を争っている上告人X1の主張に何ら応答するものではなく,また,同業者た
る建築士においても,同上告人が具体的にいかなる非違行為を行ったのかが一読し
て明らかなものとは到底いえないのであって,同意見にはその前提において賛成し
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難い。
(3) 本件免許取消処分の理由と本件処分基準の適用関係の摘示について
本件免許取消処分においては,前記3に記載したとおり,本件処分基準が適用さ
れるのであるから,本件処分通知書には,処分理由として,上告人X1の建築士法
違反等の行為と本件処分基準の適用関係について具体的な摘示が必要とされるにも
かかわらず,本件処分通知書にはその記載を全く欠いているのである。
この点に関して原判決は,構造基準不適合設計に係る7件の建築物と構造計算偽
装に係る5件の建築物につき,それぞれ本件処分基準を当てはめると免許取消処分
の要件を満たしていると判示するが,上記のとおり本件では上告人X1の行った違
反行為の具体的内容が特定されていないのにかかわらず,その特定されていない行
為を対象として,判決理由中で本件処分基準の適用関係につき論じることは相当と
はいえない。
ところで,那須裁判官はその反対意見において,行政手続法12条1項は,行政
庁に不利益処分に関する処分基準を設定し公表する努力義務を課しているにすぎな
いから,「行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,
これを前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解す
る余地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,
現実に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。」と主張される。
行政庁が,不利益処分の処分基準を定めた上でそれを一切公表せず(そのこと自
体,行政手続法12条1項の趣旨に反する。),全くの内部的な取扱基準として運
用する場合には,那須裁判官の上記の見解も成り立ち得るといえる。しかし,行政
庁が不利益処分の処分基準を定めてそれを公表することは,前記2に述べたとお
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り,当該行政庁は,不利益処分をなすに当たっては,特段の事情がない限りその処
分基準に羈束されて手続を行うことを宣明することにほかならないのである。そし
て,一旦,不利益処分は自らが定めた処分基準に従って行うことを宣明しながら,
その基準に拠ることなく現実に対応した柔軟な処理をすることもできると解するこ
とは,行政手続の透明性に背馳し,行政手続法の立法趣旨に相反するものであっ
て,上記の見解には到底賛同できない。
(4) 小括
以上検討したとおり,本件処分理由の提示は,多数意見にて指摘するとおり,上
告人X1の行った違反行為と本件処分基準の適用関係についての記載を欠く点にお
いて,行政手続法14条1項本文の要求する理由の提示として不十分であるのみな
らず,前記(1),(2)に記載した諸点からしても,同条の要求する理由の提示として
不十分であって,取消しを免れないものというべきである。
なお,那須裁判官は,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告
人らの請求を認容して本件免許取消処分を取り消しても,処分行政庁が,前回と同
様な懲戒手続により,再度同様の免許取消処分を行うこともあり得るところ,これ
に要する時間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば,逆の評価をせざる
を得ない面もある,と主張される。
しかし,そのような諸点をも考慮の対象とした上で,前記1に述べたように行政
処分において手続の公正さは貫かれるべきであるとする判例法理が,永年の多数の
下級審裁判例や前記1に記載した最高裁判例の積重ねによって形成されてきたので
あり,行政処分の正当性は,処分手続の適正さに担保されることによって初めて是
認されるのであって,適正手続の遂行の確立の前には,訴訟経済は譲歩を求められ
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てしかるべきである。
5 聴聞手続との関係について
那須裁判官は,その反対意見において,上告人X1は,本件免許取消処分に先立
って行われた聴聞の審理が始まるまでには,自らがどのような基準に基づき,どの
ような不利益処分を受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審
理の中で更に詳しい情報を入手できるとされ,このような場合にもなお,不利益処
分の理由中に一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法になると
の原則を固持しなければならないものか,疑問が残る,とされる。
しかし,不利益処分に理由付記を必要とする判例法理は,前記1④に記したとお
り,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらないとするものであって,聴
聞手続において上告人X1が自らの不利益処分の内容を予測できたか否かは,理由
付記を必要としない理由とはなり得ないのである。
それに加えて本件の聴聞手続では,本件記録による限り,国土交通大臣は上告人
X1に対し,本件処分通知書記載の理由と同旨の事項を告知したことが認められる
にすぎず,同上告人の主張によれば,同上告人が本件処分基準の適用関係について
質問したのに対しては,何ら具体的な応答がなされなかったというのであって,那
須裁判官の反対意見の前提とされるところが本件の聴聞手続において満たされてい
ないのであるから,本件において聴聞手続が行われたことをもって,本件処分通知
書の理由記載の不備の瑕疵が治癒され得るとは到底解し得ないのである。
裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
1 本件処分理由の適法性
本件免許取消処分通知書においては,上告人X1が設計者として,7件の建築物
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につき建築基準法令に定める構造基準に適合しない設計を行って耐震性等の不足す
る構造上危険な建築物を現出させた上,更に5件の建築物につき構造計算書に偽装
が見られる不適切な設計を行った,という二つの類型の行為が挙げられている。
指摘されるような構造基準に達しない設計や構造計算書における偽装が存在した
ことを前提とすれば,上記各設計行為につき建築の専門家である建築士の職責(建
築士法2条の2)の本質的部分に関わる重大な違法行為及び不適切な行為があった
ことは明らかである。本件免許取消処分通知書には,これらの違法行為及び不適切
な行為の具体的事実が示され,また処分の根拠となった法令の条項も示されている
のであり,その違法・不適切な行為の重大性とこれによって生じた深刻な結果とを
直視することにより,本件懲戒規定の定める3種類の処分の中から最も重い免許取
消処分が選択されたことがやむを得ないものであることは,専門家ならずとも一般
人の判断力をもってすれば,容易に理解できるはずである。
本件では,処分基準が設定・公表されていることから,その「適用関係」表示の
要否をめぐり後述のとおりの難しい問題が生じている。しかし,本件と同様な事案
において,仮に処分基準がない場合を想定してみると,処分通知の事実記載自体か
ら免許取消しという結論に至ったことに格別の違和感を持たず,これを了解する者
が大半を占めるのではないか。結論として,裁量権の逸脱・濫用等の誤りないしこ
れに関する手続違背の主張を容れなかった原審判断を支持したい。
2 処分基準の「適用関係」記載の要否
本件では,行政手続法12条1項に基づき,本件処分基準(「建築士の処分等に
ついて」と題する建設省住宅局長通知(平成11年12月28日建設省住指発第7
84号))が設定・公表されている。そこで,本件処分基準の存在が,上記1の判
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断に影響を与え,あるいは結論を左右することになるかどうかが問題となる。結論
から先に述べると,一般論としてはともかく,本件の事実関係を前提とする限り,
上記1で述べたところを変更する必要はないと考える。すなわち,
(1) 本件処分基準は,「建築士の懲戒処分の強化」を図ることを目的とし,
「迅速かつ厳正」に処分を行うことを基本方針としている(通知本文1項)。同2
項(建築士の懲戒処分等の基準)には「建築士の処分等の内容の決定は,別表第1
に従い行うこと。」と明記されているが,理由の提示に関しては,3項(処分等に
伴う措置)及び4項(報告等)等にも全く記載されていない。そして,本件処分基
準の内容を見ても,後記(2)のとおり,処分ランクの算定をどうするかを中心とす
る技術的なものにとどまり,その適用関係を名宛人や他の外部関係者に知らしめる
ことに特別な意義を見いだせる内容のものとなっていないように読める。その結
果,本件処分基準を定めた上記建設省住宅局長通知が,果たして「適用関係」まで
理由中に表示することを求める趣旨で作られたものなのかどうかについては疑問が
湧いてくるのである。
もっとも,処分基準については,一旦設定・公表された後は,通達等による場合
でも,外部的効果ないし自己拘束力を持つことになるとして,処分行政庁に一律に
同基準を反映した理由の提示義務を認める見解も有力に主張されている。しかし,
もともと,不利益処分に関する処分基準については,行政庁はこれを設定・公表す
る努力義務を負うにとどまるものとされている(行政手続法12条1項)。そうす
ると,行政庁が,適用関係を理由中に表示することまで必要ないと判断して,これ
を前提とした処分基準を設定することもその裁量権の範囲内に含まれると解する余
地も十分ある。むしろ,そう解することが前記努力義務規定ともよく整合し,現実
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に対応した柔軟な処理を可能にすることになると考える。
(2) 本件処分基準に関し,多数意見が明示すべしと主張する「適用関係」とは
何か。少なくとも,以下の①及び②の判断作業を含むものと理解できる。
① 本件処分基準別表第1の(2)本文を適用すべき場合にとどまるものか,それ
ともただし書を適用することも可能な場合(対象となる行為が故意又は過失による
もので,建築物の倒壊等,結果が重大であるときに限られる。)に当たるのか,に
ついて判別する作業。
② 上記判別の結果に対応して,本文を適用すべき場合には,表2(ランク表)
記載の処分ランクを基本として,表3(情状等による加減表)記載の情状に応じて
加減を行ってランクを決定した上で,表4(処分区分表)に従い文書注意,戒告,
業務停止及び免許取消しの中から処分内容を選択・決定する作業。ただし書を適用
すべき場合には,直接(上記処分ランクの決定作業を省いて),業務停止3月若し
くは6月以上又は免許取消しの中から相当な処分を決定する作業。
上記の意味での「適用関係」を処分理由中に示すためには,本文を適用するか,
それともただし書を適用することもできるのかの判別に始まり,本文を適用する場
合の各種処分ランクの算定方法に至るまで,相当複雑な法的解釈・適用に類する作
業をしなければならない。その作業の一端は,第1審判決及び原判決からうかがう
ことができるが,これらの判示部分は,表2記載の処分ランクの算定及び表4によ
る処分内容の決定を中心とするものに限られていて,表3の情状による加減に関す
る作業にまで及んでいない。しかし,仮に適用関係を表示するとなると,表3の情
状による加減についても表示する必要が生じてくる。そのためには,処分ランクの
数値の算定だけではなく,情状による加減の根拠となる具体的事実についても記載
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せざるを得ない。したがって,一口に「適用関係」を示すといっても,その作業は
相当複雑な内容のものとなり,それだけ時間と労力を要するものになる。結果とし
て,適用関係の表示に誤りや欠落が発見されることも生じ,これに対して処分の効
果等を争って訴訟に及ぶ者も出てくる可能性がある。以上のことを勘案すると,本
件の事実関係の下で「適用関係」を理由中に表示する必要性と合理性の存否につい
ては,なお疑問があり,多数意見にたやすく賛同することはできない。
(3) 原判決は,適用関係の表示の要否につき,行政手続法12条1項が努力義
務を定めたものにすぎないとした上で,「この条項が存在するからといって,直ち
に,行政処分に際し,その理由として,処分基準の内容及び適用関係まで提示しな
ければならないということにはならない。」と判示している。また,訴訟の中での
本文とただし書との間での「理由の差替え」の当否の点に関連してではあるが,
「本件処分基準は,国土交通大臣が処分内容を決定するための内部基準にすぎず,
いわば処分内容を決定するための道具ともいうべきものである」と指摘し,国土交
通大臣がただし書によって本件免許取消処分をした場合であっても,審理の範囲が
ただし書の処分要件を充足する事実の存否に限られると解する理由はない旨判示し
ている。これらの判示部分は,問題とされている処分基準の設定・公表が努力義務
とされていることを重視し,通達の作用の限界をも勘案して,処分基準の適用関係
の表示の要否及びその前提としての本文とただし書の関係について柔軟に考える点
で,上記(1)及び(2)に述べたところと発想を共通にするものを含み,評価に値する
と考える。
(4) 以上,検討したところを総合すれば,本件処分理由の中で本件処分基準の
適用関係を明示していなければ,常に行政手続法14条1項違反等の手続違背が生
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じるとまではいえないと考える。
3 行政手続法の下での処分基準の位置付け
上記2に述べた見解を採ることに関連して,行政手続法の下で不利益処分のため
の処分基準をどう位置付けるべきか,やや一般論にわたるが,私の考えているとこ
ろを要約して記しておきたい。
(1) 不利益処分に関する処分基準の機能としては,行政庁の判断の慎重と合理
性を担保してその恣意を抑制すること,及び処分の理由を名宛人に知らせて不服の
申立てに便宜を与える点が強調されることが多い。しかし,処分基準は,これと並
んで(あるいは,これに先行してというべきか),処分の基準を設けてこれを行政
機関内部に周知徹底させることで,不利益処分を厳正かつ迅速に遂行することに寄
与し,さらに,不利益処分に先立って行われる聴聞の審理に際し,審理の進行及び
処分の内容を予測するための有力な指針ともなる。このように,処分基準は,不利
益処分をめぐる手続の各段階で,多様な形で機能するものであるから,これが設定
・公表されているという一事から,直ちに理由提示においても基準に対応して細か
い事実関係や適用関係まで明示することを必要とすると解したり,あるいはこれを
欠くときは一律に取消事由となるとの解釈を導き出すことは性急かつ硬直にすぎて
賛成できない。処分基準といっても不利益処分の対象いかんで多様なものが想定で
き,その中には適用関係まで明示しなければ理由の体を成さないものから,全くそ
の必要のないものまで存在し得る。行政手続法12条1項及び14条1項の下で
は,理由提示の程度につき,多様な内容のものが併存することを認めるべきであろ
う。
(2) 不利益処分に先行して行われる聴聞手続の審理では,名宛人となる者が,
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自らの非違の有無・程度,不利益処分のあるべき内容等について相応の情報を取得
し,反論の機会を与えられる。この手続によって,処分行政庁による判断の慎重・
合理性を担保して恣意の抑制を図ることや,名宛人による不服の申立てに便宜を供
与することもある程度期待できる。この意味で,不利益処分の理由提示と聴聞と
は,その機能面において一部重なり合い,相互に補完する関係にあるといえる。
特に,一級建築士等の国家資格に基づく専門職に対する聴聞の場合,名宛人とさ
れる者は,自らの資格の得喪に直接関わる不利益処分に関する事項について,質量
ともに通常人とは異なる水準の詳細かつ高度な情報を入手できる環境にある。専門
職として遵守すべき職業倫理の問題に関しては,専門職の資格を保持していくため
に必要不可欠のものであるから,処分基準の内容も含め熟知していると考えてよい
であろう。したがって,不利益処分の名宛人となるべき一級建築士は,遅くとも聴
聞の審理が始まるまでには自らがどのような基準に基づきどのような不利益処分を
受けるかは予測できる状態に達しているはずであり,聴聞の審理の中で,更に詳し
い情報を入手することもできる。このような場合にもなお,不利益処分の理由中
に,一律に処分基準の適用関係を明示しなければ処分自体が違法となるとの原則を
固持しなくてはならないものか,疑問が残る。むしろ,具体的事案に応じてその要
否を決めることで足りると解すべきであろう。
これに対し,聴聞を経た後は,より詳しく理由を示すこともできるはずであると
の指摘もある。しかし,不利益処分の理由の中には,明示しないことが名宛人とさ
れる者の利益につながるものや,質的又は量的な側面から,文章化することに適し
ないものも含まれている。手続的正義も,常に書面の中に痕跡を残さなくてはこれ
を実現できない,ということではなかろう。
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(3) 主として税法を中心にして形成されてきた行政処分の理由付記に関する一
連の判例が存在することは田原裁判官の補足意見が指摘するとおりである。しか
し,これらの税法関係の判例は,所得税法45条2項(当時)を始めとするいくつ
かの税法上の規定で,更正処分等の通知書に理由を付記すべき旨を定めるものがあ
ることを前提とし,その解釈として形成されてきたものである。当然のことなが
ら,これらの理由付記規定にはそれぞれの固有の立法趣旨・目的が存在していたこ
とから,前記各判例もこれらの法令の解釈として上記のような結論を導き出したも
のと解される。税法に関する案件では,理由に金額等の数値を詳細かつ正確に表示
することが必要であり,これを欠いては,不利益処分の理由としての体を成さない
ものが多いという特殊固有な事情もある。これに対し,建築士法等の懲戒に関する
不利益処分では,税法と同様な趣旨での金額等の数値に関する厳格な理由付記を求
める規定は存在せず,これを必要とする現実的な事情があるとも思えない。ただ,
後に制定された行政手続法14条1項によって,理由提示の義務が課せられている
というにとどまる。そして,同規定は,同法3条等が特に定める例外的場合を除
き,行政庁による不利益処分一般に適用されるべきものであるから,理由提示の内
容・程度についても,様々な態様の事実関係にも適用可能な柔軟な内容のものとし
て解釈され,運用されなくてはならない。この観点からすると,理由付記法理と称
されるものの中でも,「処分理由は,その記載自体から明らかでなければならな
い。」及び「理由付記は,相手方がその理由を推知できるか否かにかかわらず,第
三者においてもその記載自体から処分理由が明らかとなるものでなければならな
い。」とするもの(田原裁判官の補足意見1③及び④参照)については,行政手続
法12条1項及び14条1項の下で,税法分野以外の不利益処分に関してそのまま
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妥当するものと解することに慎重でなくてはならないと考える。
4 訴訟経済の視点
本件では,多数意見のように,当審で原判決を破棄し自判により上告人らの請求
を認容して本件免許取消処分を取り消すことも,事例判断の一つとして論理的に採
り得ない話ではない。しかし,この場合,処分行政庁が前回と同様な懲戒手続によ
り,理由中で処分基準の適用関係を明示した上で,再度同様な内容の免許取消処分
を行い,更に訴訟で争われる事態が生じることもあり得る。このような事態も手続
的正義の貫徹という視点からは積極的に評価できる面もあろうが,これに要する時
間,労力及び費用等の訴訟経済の問題を考慮すれば逆の評価をせざるを得ない面も
ある。以上のことをも考慮すれば,本件では,原審の判断を維持するのを相当とす
べきであり,これと異なる多数意見には賛成できない。
裁判官岡部喜代子は,裁判官那須弘平の反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官
大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)
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