「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

感染を制御しつつ、子ども達の学び・育ちの環境づくりをして行きましょう!病児保育も鋭意実施中。子ども達に健康への気づきを。

できることは、今を生きること。 妻が願った最後の「七日間」

2018-03-10 23:00:00 | こども達へのメッセージ

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不合格を経験したときに、聞こえてくるメロディー。自分は、真空状態のように何も聞こえませんでした。

2017-02-15 17:30:49 | こども達へのメッセージ

 こういうときにしか聞こえてこないメロディー。

 恥ずかしながら、自分には、そのときに、メロディーはなかったです。

 理学部時代に、仮面浪人をして、医学部再受験をした時、一度、不合格を経験しました。

 合格発表を掲示板まで見に行きました。
 自分の番号がないことがわかったとき、掲示板で自分の番号を探す人や、自分の合格の番号を見つけて喜ぶ人たちにもみくしゃになりながら、真空状態にいるようになって、耳からはなにも聞こえてきませんでした。

 でも、その時の経験は、今も生きているように思います。

 NEVER GIVE UPでいれば、必ず、成し遂げられるという確信を持つことができたこと。


*******朝日新聞********
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12796416.html 
 
折々のことば:667 鷲田清一

2017年2月15日05時00分


 目の前の楽しさで気を紛らわせるよりも、こういうときにしか聞こえてこないメロディーとか辿(たど)り着かないこととかがあるんだから

 (蜷川幸雄)

    ◇

 大学受験に失敗して落ち込んでいる時、気晴らしに友だちと遊びに行こうとしたら演劇家の父にこう言われたと娘は言う。その場だけ楽しんでやり過ごすのは絆創膏(ばんそうこう)のようなもの。以後、凹(へこ)んだ時は「これがあったからここに辿り着いたんだ」と思えるまで自分を掘るようになったと言う。写真家・蜷川実花の「オラオラ女子論」から。

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子ども達の作品を、東京五輪 晴海選手村のまちづくりの中に 例:壁画

2016-12-22 12:30:32 | こども達へのメッセージ

 子ども達の作品で、東京五輪、晴海選手村のまちづくりできないものでしょうか。

 例えばの例:壁画 http://www.cinra.net/review/20141210-hekigaisetsu
 (イメージのために例を引いています。記載の内容は、せっかく作られた壁画がどうされるかという問題提起がなされていますが、そのことにここでは立ち入りません。)


 もちろん、選手村のあとも、残るものにすべきと考えます。
 その作品を見て、東京五輪を思いだし、良いひとつのレガシーになると思います。

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留年、退学、浪人、落選、不合格は、破滅じゃないと、確信します。 

2016-12-08 09:21:27 | こども達へのメッセージ

 退学、浪人、落選、不合格、それぞれを経験し、自分も多くの失敗人生です。

 その各人にとっての事情はあろうかとは存じますが、留年は、破滅じゃないと考えます。確信します。あせらなくて、よい。

 自分がそれでもやってこれたのは、その時々において、すばらしい友達に恵まれたこと、だから、いまでも、彼らに感謝しています。

********************
http://digital.asahi.com/articles/ASJC73SXPJC7PLZB00D.html 
留年は破滅じゃない 京大生への励まし、ネットで話題に
波多野陽2016年12月7日22時58分

 京都大が留年する学生に向けてウェブサイトに掲載している一文が話題となっている。留年は「破滅」ではないと励まし、授業に通うための方法も助言する。「留年に限らず、生きづらさを感じる人に有効なアドバイス」とネット上でも話題を呼んでいる。

 タイトルは「留年について」。書いたのは京大教授で臨床心理学者の杉原保史・学生総合支援センター長(55)。約30年、学生らの悩み相談を担当。相談者は年約700人で年々増加している。昨年11月にカウンセリングルームのサイト(https://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/ryunen.html)を更新した際、「悩んだら読んでほしい」と掲載した。

 文章はまず、京大では学生の2割が留年するデータを示し、特別なことではないと切り出す。

 《これだけの人がするということは、留年や退学は単に個人の失敗ではない。大学というシステムは一定数の留年や退学を生むようにできています》

 さらに留年を繰り返す学生の行動や考え方をパターン化し、アドバイスをしている。例えば、留年が心の重荷となり、単位のための勉強に忙殺されている学生にはこう伝える。

 《心から笑う、ちょっとした贅沢(ぜいたく)を味わう。小さなことでもいいので、日々を楽しみましょう》

 留年を隠して周囲から孤立したり、「卒業しなければ破滅」と悲観的に考えたりすることも避けるよう促す。授業に行くのがおっくうになった学生には、朝、缶コーヒーを買いに行く習慣をつけることを勧める。家から直接大学に行くよりも心理的に楽だという。

 《コーヒーを飲み終わると、そこから大学に行くことはさほど苦痛ではなくなるのです》

 いよいよ大学に居続けることを悩む人には、アップル社を起業したスティーブ・ジョブズ氏ら大学を中退して活躍した著名人を例に、語りかけている。

 《大学をやめるという選択肢を検討することは無駄ではないはず。その上で続けるという選択は、より積極的で能動的なものになるでしょう》

 そして、文はこう締めくくられている。

 《人生の岐路で、絶対に失敗のない決断などありえません。迷って当たり前、たじろいで当たり前です。必要ならば一緒に考えましょう》

 留年した人以外にも、このアドバイスは胸に響いたようだ。特に今秋以降にネットで拡散し、ツイッターなどのSNSでも話題を集めている。「生きづらさを感じる全ての人に有効なアドバイス」「共感できる」「留年した時の自分に読ませたかった」などと、好意的な反応が目立つ。

 京大の男子学生(24)は1年の留年を経験したが、今春に希望企業への就職を決めた。友人からこの文章を教えてもらい、共感したという。「やりたいことを真剣に考えた結果の留年なら後で肯定できる。失敗した学生の目線に立った文章で、救われる人は多いと思う」と話す。

 杉原さんは「反響に驚いたが、それだけ世の中にしんどい人が多いのでしょう。自己責任という言葉が定着して久しく、自分を責めてしまいがちな時代。悩みを一人で抱え込まないでと伝えたい」と語る。(波多野陽)

*******京大HP****************
https://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/ryunen.html 

学生さんへ

留年について
 高校生までは、留年(原級留置)は、全日制の普通科の高校であれば、たいていの学校においては1パーセントにも満たない少数の生徒のことであろうかと思います。
 けれども、大学ではそうではありません。文部科学省の学校基本調査によれば、4年制学部を4年で卒業するのは、入学者のおおよそ8割弱です。超過して在籍せずに4年で退学したり、それ以前の学年ですでに退学している学生もいますので、残りの約2割のすべてが5年目に突入するわけではないのですが、それでも高校の場合と比べれば桁違いに多くの学生が既定の年限を超えて在籍します。留年も含めてとにかく卒業までこぎ着ける人は、入学者のおおよそ9割です。
 京都大学においても事情はほぼ同じです。ただし学部により留年の発生率はかなり違っており、入学定員の3割台に上る学部もあれば、1割台に留まる学部もあります。けれども、大学全体ではおおよそ2割の学生が留年しています。
 これだけの数の人が留年したり、退学したりするということは、留年や退学は、単に個人の失敗としてのみ捉えられるべきものではないということです。つまり、現在の日本の社会において大学というシステムは、一定数の留年や退学を生み出すようにできているものなのだということです。
 そこには、大学入学に至るまでの進路相談やキャリア教育の体制、大学の入試のあり方、カリキュラムのあり方、修学支援体制、転学科・転学部制度、編入学制度、大学での進路相談やキャリア教育の体制、企業の採用のあり方など、数多くの要因が多重に関与しています。そうした理解に立った上で、留年に取り組み、進路選択をしていきましょう。


留年を繰り返させる行動や考え方のパターン
 もちろん、海外留学その他の自己研鑽、あるいは介護、病気療養など、何らかの目的や事情があって、意図的・計画的に留年する人もあるでしょう。その一方で、学業面で困難を覚えたり、修学への意欲や意義を見失ったりして、不本意に留年してしまう人もあります。
 不本意に留年してしまったとき、その留年がさらに留年を呼ぶという悪循環をもたらすことがあります。留年してしまったら、いかにこの悪循環に陥らないか、もし陥ったならそこから抜け出すかに意識的に注力することが大切です。そのために、以下のような状態に陥ってはいないか、チェックしてみてください。

(1)留年を家族や友人に隠そうとする
 恥ずかしいこと、不名誉なことと感じられるから、あるいは怒られると予想するから、などの理由で、しばしば留年の事実は家族に対して隠蔽されます。友人に対しても隠されます。そのことは、留年した学生を周囲から切り離し、孤立化させていきます。これはたいていの場合、心理的にも、社会的にも、重荷になります。誰にでも言うようなことではありませんが、人を選んで、自分の状況を打ち明けてみましょう。打ち明けてみたら、肩の荷が軽くなっているのに気がついたという人が多いです。

(2)一挙に挽回しようとする
 留年すると、不足した単位を一挙に挽回しようとあせるあまり、たくさんの科目を登録するという履修パターンになりがちです。制度上の限界まで登録する人もしばしば見られます。けれども、多くの科目を履修するには、それだけ多くの学習が必要です。体力も能力精神力も必要です。あせって手を広げすぎた結果、どれも十分に集中して学習できず、結局、壊滅的な結果になる人を見かけます。1日2コマ、週に10科目ぐらいに絞り込んで登録し、受講する方が、結局は着実であることが多いのです。

(3)日々の楽しみを自分に与えない
 「留年している自分には日々の生活を楽しむ権利などない」と考えて、苦痛な勉強をすることだけに専念するような生活をしている人を見かけることがあります。そのように潤いのない生活を続けていると、いったい何のために勉強しているのか分からなくなってくるかもしれません。心から笑うとか、ちょっとした贅沢を味わうとか、がんばった自分にご褒美を与えるとか、留年して以来、そういった時間がほとんどないという人としばしば出会います。小さなことでもいいので、日々を楽しみましょう。

(4)卒業しなければ生きていけないと考える
 「卒業しなければ破滅だ」「卒業しなければ生きていけない」というような、極端な悲観的考えを固く抱いている人を見かけることがあります。しかし、後でも述べるようにストレートで卒業し、就職した人も3割ぐらいは3年以内に離職しているのです。留年、中退、退職などは、人生において多くの人が経験するごく普通の出来事です。こうした出来事に不寛容な社会は、チャレンジを抑制する社会であり、不健全な社会です。いつでもやり直しがきくような社会をみんなでともに作っていきましょう。それに、こうした極端な悲観的考えは、あせりをもたらし、かえって修学意欲を窒息させてしまうのではないでしょうか。

(5)時期尚早に「来年からがんばろう」と考える
 まだあきらめるのは早いのに、まだ試験期間は終わっていないのに、「もう無理だ」「どうせ通らない」などと考え、そして「来年からがんばろう」と決心するということはないでしょうか。より小さなレベルでは、まだ授業は終わっていないのに「今日の授業は、もう遅刻だし、今さら行っても仕方がない。明日からがんばろう」と考えるということはないでしょうか。たとえ不完全でも、たとえ中途半端でも、たとえみっともなくても、とにかく今、行動することが大事です。それを避けて、早々と諦め、未来のいつか行動するための美しい計画を立てるというパターンに陥っていませんか。

(6)自分は他の学生より明確に劣っていると考える
 白か黒かを割り切って考えるように、留年していない(と思われる)周りの学生と留年してしまった自分との間にシャープな境界線を引き、周りの学生は「優秀」で、自分は「劣等」だと考えてしまう人をよく見かけます。現実には、白と黒の間に多様なグレーが連続的に存在しているように、周りの学生と自分との間にもそれほど明確な境界線は存在しないのです。不安は人を二分法的な思考へと駆り立てます。それに加えて、孤立してしまうと、実は周りの学生の多くも実は講義内容をあまりよく分かっていないというような情報は入ってきにくくなります。そのことを理解してください。


留年脱出のためのちょっとした工夫
(1)朝、部屋から外に出るまでが苦痛な人
 朝、起きて、部屋を出るまでが最大の難関だという人がしばしばいます。一旦出かけてしまえば、大学に行くことはずっと容易になるのだけれども、部屋から出るのがおっくうで、部屋でダラダラしてしまうのです。心の中では大学に行かないとと考えながら、ダラダラ過ごします。そうすると嫌なイメージが湧いてきて、ますます出かけるのが嫌になってしまう。1時間、2時間と時間だけが過ぎていき、「明日から頑張ろう」という結果になるのです。
 もし、あなたがこのようなパターンに陥っているのなら、とにかく、朝、出かける習慣をつけることが大切です。ちょっとした工夫でこのパターンから抜け出た人がいます。その人は、朝、起きたら、とにかく近所の自販機まで行って缶コーヒーを買って飲むことにしたのです。出かけるときには、大学に行くことは考えず、ただ缶コーヒーを飲みに行こうと考えます。そして、缶コーヒーを飲み終わると、その時、そこから大学に行くことはさほど苦痛ではなく、すっと行けるのです。
 しばらくそれをウィークデーに毎日続けていると、それが習慣になり、大学に行くことが自然とできるようになったと言います。
 1日130円、1ヵ月で3千円ほどの投資で、朝、部屋から出られず、大学に行けないというパターンを打破することが出来ました。
 自販機でなくとも、コンビニでもいいでしょう。できるだけ近所で、何かちょっとした快を与えてくれる場所を見つけて、そこに行くことを習慣化しましょう。ただし、あまり心地よく長居できてしまう場所はやめましょう。快適なソファがあって何時間も居られるような喫茶店などはお薦めできません。部屋でダラダラする代わりにそこでダラダラするだけになる可能性があるからです。

(2)教室に知人がおらず、欠席時の授業関連情報を入手する出来ない人
 留年してしまうと、同じ授業を取っている知り合いがいなくなってしまうことが増えてきます。そうなると、欠席したときの授業のノートや試験情報などが人づてに入りにくくなります。
 教室に知人がいないのなら、声をかけて作ればいいということなのかもしれませんが、実際のところ、知らない人に声をかけて欠席時の授業について尋ねたり、ノートを見せてくれるよう頼むというのは、かなりの人間力を要求する課題です。授業に出る以上にハードルが高いと感じる人もいるでしょう。
 そこを超えていくための今どきの方法にネット利用があります。
 代表的なものが、kyoto-u.comという京大生のためのコミュニティサイトの談話室でしょう。学部によっては、留年学生の情報交換のためのライングループがあるところもあります。
 ネット利用の強者で、先生の名前や科目名でツイッターを検索し、ヒットしたツイートの中から、現在受講中と思われる人を見つけて、メッセージを送り、必要な情報を教えてもらったという人もいます。
 高校時代の知人が(あるいは知人の知人でも)京大に来ているなら、SNSで連絡を取って、誰か同じ授業を取っている人を知らないか尋ねてみるという手もあります。
 現実の人間関係とネットとを併せてフル活用し、必要な情報を求めることです。

(3)普通の生活、潤いのある生活を
 留年からひきこもりへというパターンを避けましょう。生活のリズムを建て直しましょう。大学の外でもいいので、どこか出かけて活動できる場を持ちましょう。アルバイトでも、ボランティアでも、趣味の活動でもいいです。本業の領域とは無関係の資格や検定に取り組むのもいいでしょう。
 とても憂うつだったり挫折感に打ちひしがれているときは、ひきこもって休むことも必要です。けれども、ある程度休んで、ちょっと元気が回復してきたかなと感じたら、何か活動を始めることを考えてください。ひきこもりの長期化は、悪循環を加速してしまいます。
 そうした普通の生活を続けながら、元気が出てくるにつれて、ぼちぼち大学について考えていきましょう。


留年・中退というキャリア
 もしあなたが「留年したら終わりだ」とか「中退したら破滅だ」とか、悲壮な思いで考えているとしたら、冷静になって欲しいと思います。全国平均で、大学を中退する人は入学生の1割ぐらいいます。つまり、毎年、おおよそ5万人の大学中退者が生み出されているのです。留年する人も2割ほどいます。それだけの数の人が、中退、留年という学歴をもっているのです。厚生労働省の「21世紀成年者縦断調査(2012年調査)」によれば、在学中の者を除く 20 歳代の若者の10 人に1人は中退者(高校・短大・専門学校などの退学者も含む)だということです。
 児美川孝一郎(2013)によれば、高校入学者が100人いるとしたら、そこからの経歴において、留年歴も中退歴もなく就職して3年以上勤めている人は、41人に過ぎません。残りの59人のうち、6人は大学院進学者ですが、53人はどこかで留年、中退、ないし退職しているのです。ストレートな経歴で就職した会社に3年以上勤めているという人は、100人のうち半分もいないのです。
 留年中の人は、中退してしまったら就活で不利になると恐れている人もいるかもしれません。たしかに、企業の採用方針の狭量さゆえに、現在のところそういう現実があることは残念ながら否定できません。調査では、大学中退者は、全体として非正規雇用就労者の割合が高いということが示されています。調査からは他にもさまざまな面で大学中退者の困難な就労状況が読み取れます。詳しくは「大学等中退者の就労と意識に関する研究」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構、2015)を参照してみてください。こうした現実を客観的に知ることは、進路を決める上で大切なことです。
 しかし、そうした不条理な現状を踏まえた上で、だからといって中退したら人生が終わりだとか、破滅だとかいうわけでは決してないということにも目を向ける必要があります。上に挙げた調査でも、大学中退者が全員失業しているとか、誰も正社員になれないとかいう結果が出ているわけではないのです。あのスティーブ・ジョブズも、ビル・ゲイツも大学を中退しています。Facebookを立ち上げたマーク・ザッカーバーグ、ソフトバンクの孫正義もそうです。タモリ、秋元康、堺雅人などなど、大学を中退して社会で活躍している人はたくさんいます。こうした著名人に限らず、当たり前に普通に働いてこの社会を支えている大学中退者はいくらでもいるのです。留年経験者なら、なおのこと、たくさんいます。

 京都大学は難関校です。当然のことながら周囲の人たちは退学を勧めないでしょう。何とか頑張って、何年かかっても卒業するよう勧めることが多いでしょう。たぶん、あなた自身もそう考えることが多いでしょう。本当に卒業したいのであれば、それは当然のことであり、有意義なことです。
 でも、正直に言えば大学生活に意味を感じられず、退学したいし、その方がいいんじゃないかと思っているけれども、退学したら「人生破滅」だという恐怖のイメージから、やはり退学はできないという考えに傾いている人もいるかもしれません。自分には合っていない、やめたい、という心の声がしても、いったん始めたことを途中でやめるのは意気地なしだとか負け犬だとかいう考えのために、その心の声に耳をふさいでいる人もいるかもしれません。期待してくれている親やお世話になってきた先生に申し訳ないという思いから、どうしても退学は口にできないと考えている人もいるかもしれません。
 続けるという選択を支えている根拠の大きな部分が、やめられないという理由にあるのなら、一度、やめるという選択肢を落ち着いて現実的に考えてみてはどうでしょうか。大学をやめてできることを考えてみましょう。胸の奥やお腹の底から聞こえてくる心の声にじっくり耳を傾けてみましょう。そういう作業を十分に経た上で、やっぱり続けるという選択になる場合もあるでしょう。その場合でも、やめるという選択肢を検討することは無駄ではないはずです。やめるという選択肢を十分に検討することで、続けるという選択は、より積極的で能動的なものになることでしょう。
 みなさんの人生の時間は有限であり、貴重なものです。みなさんが有意義な決断をされることを願います。日本の社会の現状において、こうした判断は誰にとっても難しいものです。人生の岐路において、絶対に失敗のない完璧な決断などありえません。迷って当たり前、たじろいで当たり前です。必要ならば一緒に考えていきましょう。それとともに、大学における進路変更がより自由に安心してできるような社会をみんなで実現していきたいものです。


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仕事のあるべき形

2016-06-11 23:00:00 | こども達へのメッセージ

 私の知るデザイナーは、まさに実践しているように感じます。

⇒ 「デザイナーの小言」50か条 http://www.machikado-creative.jp/theory/31399/ 

http://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2016/06/kogoto_re.jpg

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浪人生、がんばれ!後ろめたさなんて、不要。

2016-05-29 23:00:00 | こども達へのメッセージ

やりたい方向性を持っていることこそ、すばらしい。

そのための1年、2年、3年…5年…どうってことないと思うのだけど…

ただ、受験にもコツはいる。

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ムヒカ前ウルグアイ大統領から学生へ「自分を幸せにし、他の人も幸せに」

2016-04-08 09:31:25 | こども達へのメッセージ
 新しい保育園・幼稚園生活、小学生生活、中学生生活、高校生生活そして大学生生活が始まったことと思います。

 4/7、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領(80)が、東京外国語大学でご講演。

 学生からの質問「どんな学生時代を送るべきか」

 ムヒカ氏「世界変革は難しいが、自分を幸せにし、他の人も幸せにする。勇気をもってそれを続けてほしい」

 たくさんの学生の皆様の心に届きますように…
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福島の小学校の黒板に残されていた先生からのメッセージ

2016-03-24 08:00:00 | こども達へのメッセージ

 写真家中筋純が、福島の小学校の黒板に書かれていた言葉を、記録に残しています。

 先生の思いが、子ども達に、どうか届きますように。


白露 智恵子さんの写真

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二十歳の皆様へ、自分の心からやりたいことをやる人生を!

2016-01-12 00:23:06 | こども達へのメッセージ
 成人の日を迎えられた皆様、おめでとうございます。
 今まで育てられてこられた親御様、おめでとうございます。

 成人の日、中央区の成人の集いに、一中央区議会議員として出席を致しました。

 かかりつけの子ども達や、大学病院勤務時代の子ども達が、その親御さんからのお声がけや、本人からの声かけなどいただき、大きく立派に成人になられているうれしい再会が、幾人かすることができ、うれしい一日となりました。
 診察室で診たおもかげは、少し残しながらも、少しであるが故に、なかなかわかりにくくもありました。

 成人されたかたへ、一番伝えたいことを、はなむけの言葉として贈るとすると、ぜひとも、自分のやりたいと思うことをみつけ、それに取り組んでいってほしいということです。

 親に言われたからとか、自分がやるべきであると思うことをやるとか、どうせ自分は無理だからチャレンジをしないとかではなく、「やりたい」ということをやってほしいと強く思います。
 そして、幸いにして、それがまだまだできる時代に生きておられます。

 成人した現段階では、状況が許してくれなかったというかたもおられると思います。
 でも、人生は、長いのであって、今、できなかったとしても、倍の時間ねばって、例えば40歳からチャレンジすることだって可能だと思います。
 事実、私の医学部時代には、40歳代の同級生もおられました。法科大学院に通っていたときも、50歳、60歳のかたもおられました。
 何歳からでも、学び直しは、十分可能です。
 自分も理学部を退学し、医学部に入り直した口です。

 やりたいことを、どうやって、実現したらわからないというかたもおられるかもしれません。
 そう言う時は、ひとりで抱え込まずに、小中高等学校の恩師なり、親友なりにご相談してみてはいかがでしょうか?
 周りにそういうかたが近くにいないというのであれば、私もその相談者のひとりになる覚悟でいます。お気軽にご相談下さい。⇒03-5547-1191、kosakakazuki@gmail.com

 人生は、一度きりしかありません。誰もが平等に一度きりです。
 どうか、やりたいことを思う存分、やってください。
 ひとりではない、それを支えるひとは必ずいます。

 皆様のこれからの人生が、素敵なものとなることを心から祈っています。
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偽善と慈善

2015-12-25 12:53:24 | こども達へのメッセージ

 高校時代、「医者になって、発展途上国で医療をしたい。」と先輩に述べたら、

 「そんなのは、偽善だ。」と言われた覚えがあります。

 ぜひ、行動を起こしてほしい。もちろん、自分にも言い聞かせるべきこと。


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水木しげるさんの『幸福の七カ条』

2015-12-02 10:57:15 | こども達へのメッセージ

学ぶところ、多い言葉です。

 

水木しげるさんの言葉




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いじめの遠因としての日本の官僚制

2015-11-07 23:00:00 | こども達へのメッセージ

 子どものいじめの遠因のひとつの考察ともいえる文章に出会いましたので、メモ程度にご紹介致します。
 日本の官僚制の問題とその改革案を論じようとした文章の傍論であって、いじめの本ではないのですが…

 中央区政においても、「強圧抑制の循環」がないことを信じたいし、そう信じています。

*****『現代政治学の名著』佐々木毅編 中公新書 1989年初版******

辻清明『日本官僚制の研究』

 西尾隆 執筆分担部分( 『現代政治学の名著』213頁)

 福沢諭吉の「強圧抑制の循環」のたとえを援用するならば、官吏が人民に対して過酷に出るのは、その官吏が上官からの抑圧を感じている結果にほかならず、この強制→抑圧→強制という循環は、官僚制の頂点から末端の職員を経て、これと接触する人民からさらにその家族(夫→妻→子供→学校でのいじめ)へと、いわば社会全体の中で連鎖構造を形づくっているということになる。結局、どこかでこの悪循環を意識的に断ち切らねばならない以上、官僚制と民衆の媒介的地位に立つ下級官吏集団の自覚と奮起に待つしかないと著者(辻清明)は考えたのである。

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20代の「あかさたなはまやらわ」の法則

2015-03-03 23:00:00 | こども達へのメッセージ

 私は、「に」が、大事だと思います。

 人間は、弱い。


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「人間万事塞翁が馬」山中伸弥教授の高校生に対する講演録

2015-02-11 10:10:00 | こども達へのメッセージ

 京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授の高校生に対する講演録です。

 山中教授の「人間万事塞翁が馬」
 ものすごく、同感です。

 私も、思い起こせば、理学部を退学して医学部行ったことも、病児保育室併設の小児科専門クリニックを開業したことも、中央区議会議員にかつてなったことも、法科大学院に行ったことも、初めから意図したことではなく、「塞翁が馬」のひとつの過程での結果でした。

******一部抜粋******
高校生特別授業:京都大学iPS細胞研究所所長・山中伸弥教授「人間万事塞翁が馬」
http://logmi.jp/37600 
人間万事塞翁が馬

高校の時に先生にコテンパンに怒られて社会人になって、医者になってからだけでも……。医者になってすぐに、まだ28歳でしたけど、最愛の父親を亡くしました。自分にとっての最大のサポーターを亡くしてしまって。今話したような山あり谷ありがあって、こういう研究ができたんだと。

みんなもこれから、今まではお父さんとかお母さんとか先生とか色んな人に守られて、助けられて、自分ではそう思っていなくても、たくさんの人に守られてここにおれるんですけど。これからどんどん大学生になり、社会人になり、結婚して子供ができる人も多いと思います。そうなっていく上で、色んな事が、いいことも、楽しいことも、辛いことも、悲しいこともあると思いますが、少しでも今日の僕の話を思い出してもらって「万事塞翁が馬」だと。

悪いときは必ずいいことがあります。

いいことがある一歩手前です。かがむとジャンプできます。そうでしょう。いい時は用心しましょう。何か悪いことがあるかもしれません。先生に褒められているときは用心しましょう、家に帰ったらお母さんに怒られるかもしれません。

そんな風に一喜一憂しないということがとっても大切だと思います。僕たちも色んなことに失敗を恐れず挑戦してきました。やらずに後悔するんだったら、やって後悔する方が良いと思います。僕もアメリカに行くときも悩みましたが、本当に行って良かったと思います。

みんなも失敗することは全然恥ずかしいことではありません。これからみんなが日本を支えていく本当の力になっていくんですから。研究のことは本当に忘れてもらっていいです、今日のこの話が少しでも参考になれば本当に今日話したかいがあります。今日は本当にありがとうございました。

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-成人の日に-       谷川俊太郎

2015-01-12 12:12:00 | こども達へのメッセージ
 成人の日、二十歳になられた皆様、心からおめでとうございます。

 親御さんにとりましても、お子様が一人前に立派にご成長されましたこと、本当におめでとうございます。

 成人の日を迎えられた皆様に、谷川俊太郎の詩をぜひ。

 日々、成人の日を生きる私達にも、ぜひ。

********************************
-成人の日に-       谷川俊太郎


人間とは常に人間になりつつある存在だ

かつて教えられたその言葉が

しこりのように胸の奥に残っている

成人とは人に成ること もしそうなら

私たちはみな日々成人の日を生きている

完全な人間はどこにもいない

人間とは何かを知りつくしている者もいない

だからみな問いかけるのだ

人間とはいったい何かを

そしてみな答えているのだ その問いに

毎日のささやかな行動で



人は人を傷つける 人は人を慰める

人は人を怖れ 人は人を求める

子どもとおとなの区別がどこにあるのか

子どもは生まれ出たそのときから小さなおとな

おとなは一生大きな子ども



どんな美しい記念の晴着も

どんな華やかなお祝いの花束も

それだけではきみをおとなにはしてくれない

他人のうちに自分と同じ美しさをみとめ

自分のうちに他人と同じ醜さをみとめ

でき上がったどんな権威にもしばられず

流れ動く多数の意見にまどわされず

とらわれぬ子どもの魂で

いまあるものを組み直しつくりかえる

それこそがおとなの始まり

永遠に終わらないおとなへの出発点

人間が人間になりつづけるための

苦しみと喜びの方法論だ

*****以上、*******

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