原作(戯曲)、脚色はコリン・ヒギンズ。大学の卒業創作として書かれたこの作品が注目され、フランスのジャン=ルイ・バローの劇団で上演されたという才人で、映画でも「大陸横断超特急」の脚本を経て、「ファール・プレイ」「九時から五時まで」の監督・脚本で成功したが、エイズのため47歳の若さで亡くなっている。
インタビューで一番影響を受けた作家としてモリエールを挙げている。モリエールの「人間ぎらい」の主人公のアルセストなど今でいうコミュ障に近いだろうが、この「ハロルドとモード」のハロルドという少年は19歳の若さで自殺ごっこを繰り返し、あまりに繰り返しているので母親も慣れっこになってしまっているという相当な設定だ。
今でも頻繁に見られる引きこもりとか自殺念慮に近く見えるが、「ごっこ」であり手品みたいな技でそういう具合に人に見せるためにやっているわけで、殻を作って自分の中に引きこもっているばかりいるのではなく他者に対する働きかけ、サインであることがわかる。母親がそれをまるで理解しないのが笑わせるのだが、そのあたりの深刻なモチーフを一種の余裕をもって描くのが喜劇の効用でもあるだろう。
サインを理解できる人間が周囲にいないのが問題だったのが、モードという「ごっこ」でない本物の死に近い90歳の婆さんに相対することで、ハロルドは逆に今を生きることを再認識していくことになる。ちょっとだけ見えるモードの手首の番号の刺青で、ナチスの収容所の生き残りであることが暗示されているのが、重々しくならずに深みを与えている。
モードが引き込み線(先がないという象徴)に置かれた家代わりにしている列車に置かれた大きな彫刻があからさまに女性器の形をしているのが、同じ時期に作られた「時計じかけのオレンジ」のネコ婆さんの部屋に男性器をかたどった彫刻が置かれているのと妙に対照的。
母親が鍛え直してもらおうと軍人の叔父の元に預けると、人を殺せるというのにやたらと興奮してノリノリで暴れだし叔父が逆に扱いきれずに戻してしまうという展開がなんとも皮肉。ハロルドとモードの二人がデートを重ねるのが墓地なのだが、そこで戦争で亡くなったであろう凄い数の墓標が並んでいるのも、間接的に軍隊=画一性=死を忘れることに対する批判になっている。それは監督のハル・アシュビーがヒッピー・ムーブメントに対するシンパシーを語っているのにもつながるだろう。
二人が墓地から出て行こうとするところで、外に赤い車がなぜか停まっているのだが、ラスト近くでハロルドが車を暴走されるシーンで赤い車を追い越す。死に捉われていた世界から一歩踏み出すところに置かれていたシンボルから抜け出たという画解きができるだろう。