誘拐されたのは1963年3月31日、逮捕されたのが1965年、主任刑事・堀隆次の原作本の手記が出たのが翌66年2月、映画の封切りが同年の9月8日だから相当な早業。
伊福部昭の荘重な音楽ですいぶんシリアスな調子になったが、キワモノと言われる(実際そうだが、それで悪い理由はない)のを恐れてか、当時の東映社長だった大川博の名前でこのような犯罪が二度と起きないようにするためにこの映画を作った云々の断り書きの字幕が出る。
冒頭、芦田伸介の刑事が聞き込みで子供に「便所でいなくなったんだね」というセリフの「便所」に微妙に時代が出る。今だったら「トイレ」だろう。そういえば、今あまり「W.C」とは言わなくなっているのではないか。
身代金が50万円という金銭価値や、東京オリンピックの実写がはさまるといった大文字の時代背景だけでなく、同時代でないと撮れないなんでもないような背景のディテール全般に時代色、空気が出ている。
そういえば同じ60年前後に作られた「警視庁物語」シリーズがあまり見る機会がないのはなぜだろう。たぶん似た感じだと思う。
助監督に「不良番長」シリーズやテレビの「特捜最前線」などを監督する野田幸男の名が見える。
犯人からの電話を逆探知するのに1分53秒でもムリというのも時代。今だったら五秒とかからないらしい。
犯人役が井川比佐志で虚言壁があってどこまで本当のことを言っているのかわからないのをそれらしてやっている。
後のテレビドラマ版では泉谷しげる(これで役者として注目された)が犯人役で、監督の恩地日出夫の講演で聞いたのだが、子供を殺すところのイメージがどうしても湧かなくて犯人の背後から具体的にどうやっているのか見えないように演出したと語っていた。
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