prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「燃ゆる女の肖像」

2020年12月11日 | 映画
毒蛇に噛まれて死んだ愛妻エウリュディケーを冥界の王ハーデースに無理をいって連れ帰りかけたのを、戻り切る寸前に振り返ってはいけないという約束を破ってしまった為にまた地獄に引き戻されてしまう、というオルフェウスの伝説をモチーフにしている。

この振り返るというアクションが絵に描かれる側のアデル・エネルの登場カットで背後から走っていくのを追っていって崖の前で立ち止まって振り返るのに始まり、絵を描く画家ノエミ・メルランが屋敷を去るところで立ち止まり振り返るという形で再現される。アクションの対応、構造の間に言葉にならない万感を暗示する映画ならではの作り。

画家とモデルという見る=見られるという関係は絵が出来上がるとともに断ち切られるわけだが、絵というのはどこで「完成」するのか実ははっきりしないわけで、その関係をどこまで引き延ばせるのかどこで断ち切るのかというのがひとつの緊張になっている。

念を押すように、オルフェ伝説を描いた絵をこの後出している。
伝説では男女なのを女同士の組み合わせにして何の違和感もなく成立させている。

そして振り返ることは永遠の別れ、というオルフェのモチーフを織り込んだラストの長いワンカットの緊迫感とあらゆる情感を観客の想像に委ねる脚本演出の冴え。
おそらくこういう対応は他にもいくつも配置されているだろう。

簡素な自然背景や建築をバックにした、画面自体をキャンパスに見立てたような画作り。
その対極にあるような蝋燭の灯りだけで撮ったとおぼしき陰影豊かな照明。