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「婦人の友」と言って地味な雑誌があります。もう100年以上も続いている雑誌です。明治一桁生まれの羽仁もと子さん、自由学園の創設者であり、日本初の女性ジャーネリストが始めた「婦人の友」です。主婦のための同じような名前の雑誌が姿を消していきました。「婦人の友」は私が小さい頃から同じ姿のまま刊行されています。「婦人の友」を何十年ぶりに買いました。
「婦人の友」は家庭生活の利便化を目指したクリスチャンでもあった羽仁もと子さんの意思が受け継がれています。明治時代、働きながら子供を産み育てる女性に家庭生活のあるべき姿を提唱したものだと思います。昭和一桁生まれの私の母は、私をこの「婦人の友」で育てました。「婦人の友」は全国に「友の会」があります。子供のためには「幼児グループ」という組織もありました。その幼児グループの通信グループに入っていました。毎月一度小冊子が送られてきます。寒い季節が始まると乾布摩擦を始めましょうとか、紫つる草を植えましょうと種が入っていたこともありました。そうして育った私は、息子をまた「幼児グループ」に入れて育てました。「婦人の友」と幼児グループの小冊子は月に一度送られてきます。これがなんとも楽しみでした。季節季節の絵や写真、その季節にあった行事の食べ物、衣替えや洗濯、衣服計画など子供ながらにしてこの「婦人の友」に教えられたことがたくさんです。
この雑誌に今年の年頭号から知人が挿絵を描き始めました。知人と言っても私なんかよりはるかにお若い方です。息子が寮で過ごした甲府の高校時代に一、二度だけお目にかかりました。もう20年以上前のことです。当時の甲府でルクルゼのお鍋や輸入物の雑貨を扱うお店で働いていらっしゃいました。10年ほど前、Twitterで消息がわかりました。イラストやグラフィックのお仕事をなさっているそうです。その頃、私が乗っていた車と色も形も全く同じものに乗ってらっしゃると聞き、ますます身近に感じていました。
この方の挿絵を早く見たいと思いながらも、私の大きな引越しが終わるまでは余裕もありませんでした。荷物も片付き用事で出かけた繁華街の本屋さんで「婦人の友」を手に取りました。中も確かめずに求めます。帰りのバスに乗るなり、「羽仁もと子著作集」のページを開けました。水彩でしょうか、心が明るくなる色使いです。猫が好きな彼女、空に浮かぶ雲もピンクの猫のように見えます。
若い方がいいお仕事をなさっているのは見るのも聞くのも嬉しいことです。30年ぶりの帰国、私にとってはある意味けじめの年です。この私に小さい頃、毎月「けじめ」を教えてくれた「婦人の友」です。彼女の描く挿絵を楽しみに、「婦人の友」を毎月手に取ってみようと思います。