マリヤンカ mariyanka

日常のつれづれ、身の回りの自然や風景写真。音楽や映画や読書日記。手づくり作品の展示など。

古い地図

2018-08-07 | Weblog
ぼちぼち、ゆっくり片付けをしています。
古い地図が出てきました。
昭和7年、父が7歳の頃の京都市の地図です。
4枚きれいに張り合わせてあります。
父は地図好きだったので、もっとたくさん持っていたはずなのですが、
今はこれだけ発見。

昭和7年がどんな時代だったのか、調べてみました。
軍部の力が拡大し、
不都合な意見を抹殺し、
政党政治が崩壊、
中国(満州)での軍事衝突を美化する似非報道(肉弾3勇士=実は事故)に、
人々が熱狂する、
恐ろしい時代の始まりでした
特攻を美化して称え、
自爆を強要する社会が醸成されていったのです。




(中央が藤森神社)
上の2枚は、今は、観光客でいつも賑やかな伏見稲荷や、
酒蔵のならぶ運河に、優雅な船が浮かんでいる、伏見区の部分ですが、
この地図を見ると、
練兵場や射撃場などの軍事関連の施設が広大な面積を占めています。
電車が4路線走っています。
武器や弾薬や、食料や、衣類、そして兵隊をいっぱい乗せて、
走っていたのでしょう。

我が家のあるあたりは、伏見とは全く違って、
田や畑や林が多く、
地図を見る限りは、のんびりしていたようです。
新葵橋もなく、下鴨本通りもなくて、
小学校の位置も違います。
我が家の前の中通り(鞍馬街道)がメインストリートだったようです。
バスが通っていたそうですが、
家の前を、小さなかわいいボンネットバスが走っているのを想像すると楽しくなります。
驚いたのは加茂大橋が無くて、したがって、今出川通りは河原町以東はありません。

古い地図を見ていると、
タイムスリップして、空から眺めているような気持ちになります。
よく分からない細部がもどかしい…

コメント
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