6月1日 (金) その2
コテージに荷物を置き、プレゼントされたリュックサックに帽子やサングラス、
水、防寒着を詰め、すぐにバスに乗り込み、エアーズロックの登山口へ。
ガイドのイズルさんのお話によると
「イギリスの探検家がオーストラリアを探検中に発見し、
当時のサウス・オーストラリア植民地総督の
ヘンリー・エアーズにちなんで、エアーズロックと名付け、
それ以降はずっとエアーズロックと呼ばれていたが、
1976年にエアーズロック周辺に住むアボリジニ
(オーストラリア先住民)であるアナング族が、
政府によって観光地化されていたエアーズロック一体の
返還を求めて裁判を起こした。
そして9年後の1986年、政府はアナング族にエアーズロックを返還し
ヨーロッパ人がオーストラリアへ来る前から使われていた
ウルルという名称に戻した。
その際に政府がアナング族と交渉し、アナング族が政府に99年間、
ウルルを貸し出す契約をし、
現在では多くの観光客が訪れる地となっており、観光費の一部は
彼等の生活の援助のために使われている。」ということであった。
そして、彼は何度も何度も「ウルルはアナング族の神聖な場所だから、
なるべく登らないでほしい。」と繰り返した・・・・・・が、
登山口に着くと3分の2ぐらいの人達(夫と娘も)は勇んで登り始めた。
一枚岩のウルル、遠くから見るとそうでもないが、
傍に近づくとその大きさは計り知れない。
周囲約9km、海抜867m、地上からの高さ348mもある世界最大級の一枚岩で、
茶色に見えるのは、砂に含まれる鉄分が酸化しているせいらしい。
後方に見えるのが登山口で、写真ではなだらかに見えるが、
4~5人が「やはり無理・・・」と言いながら戻って来た。
ふと、ここまで来たのに全く足を入れないのも
後悔の種になるかもしれないと思い、
慌てて、20メートル位急ぎ足で登って来たが、
その上の鎖場からが厳しそうに見えた。
私と母はイズルさんに付いて、昔のアナング族の生活を探る散策に出かけた。
岩の下の方には屋根のように張り出した箇所がたくさんあり、
その壁に絵が描かれている。
アナング族の男性の仕事、女性の仕事、子供の学校、
いろいろな場所で説明を聞きながら、
日本の昔話に共通する所が多々あると思った。
男性の狩猟活動で得る食料は5%、
95%が草の実やイモムシ類を集める採取活動で、
その全てを女性が担っていたそうだが、水もほとんどない所で、
その頃の人達はどんなに大変な思いをしていたことだろう。
ここで、女性達が台所仕事をしていたという。
写真中央の黒く見える線がウルルの滝。
雨が降ると、この下にわずかに水が溜まり、命の水となる。
そして、この水を求めてやって来る動物達が人間の命の糧となる・・・
この後、エアーズロック・リゾート・ビジター・センターにバスで行き一休み。
5時頃に山に登った人達をピックアップし、サンセット会場に向かう。
登らないで欲しいっていわれたんですね。
そりゃそうだ、彼らにとっては神聖な場所だものね。
遠くからのほうが美しいものってたくさんありますよね。
ふるさと、富士山、月・・・・あ女性も!
ほとんどの方は登らないのではと思ったのですが、
「そこに山があるから・・・」ということらしいです。
ふるさと、富士山、月・・・
女性も年を重ねると遠くからの方が見やすいかもしれませんね。