蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

嫌われる人

2016-09-05 | わたし
どうやらわたしは、上から目線らしい。

自分でも自覚しているが、人に指摘されると、ますますキリリと自認の意識が深くなる。

上から目線コメントは、口に出すのは常識上、また、人格を疑われてもナンなんで、発声して会話として表現しないが、
心の中でベースとして、不動の「上から目線」が、がんと設定されているようだ。

しかし、え?こんなのが上から目線なの?
というような内容がある。
昨日、次女に指摘された、わたしの発言。

「おかあさんが、上から目線の失礼な感想を言っていたお店」
というのが、「卵かけごはん専門店」。

「卵かけなんか、家でも食べれるやん。
なんで、わざわざ遠いところまで出向かにゃならん?」

と、そう言えば、卵かけごはん専門店に対して、先日、さらっと、口から出た感想。

それが、上から目線なら、わたしの発想は1000%上から目線、発言も500%上から目線である。

今後、発言には一つ一つ、言葉に出す前に、アタマの中で精査し、口に出してよいものか、よくないものか、吟味しなければならない。

おそらく、声を失ったカラス(「カナリヤ」と書きかけて、さすがに却下した)になるだろう。
しかし、わたしは、あと20年生きようと思っているので、できれば、嫌われない程度の高齢者になりたい。
が、この、「嫌われない高齢者」というのは、そうとうハードルが高い。

嫌われる熟年から、一足飛びに、嫌われない高齢者にはなれない。
そこで、移行スライドするための緩和時期が必要となる。
「嫌われる」から、嫌われる要素を一つずつ削除。
嫌われる要素は、自分の表裏一体型、分身的要素である。
それを一つずつ削除したら、自分を一つずつ消していくことになる。
全て削除した後には、何も残らない。
嫌われないけれど、生きた屍の自分がそこにいる。
皆さんに不快感を与えない、嫌われない高齢者になるのは、一朝一夕では無理。
長らく時間と努力を重ねて、自分を抹殺した後に、ピュアな、嫌われないわたし、が誕生するのか〜。
しかし、それって、ピュアなんかではない。

とかなんとか、御託を並べ、文句タレの嫌われる高齢者になりそうな予感、大。